2-4 国創の魔法使い《マーリン》
泣きつかれた私は、マーリンに手を引かれ馬車に乗った。
あの
途中、馬車に乗るときにガラスの靴を落としてやろうかとも考えたが、それを拾ってくれる王子さまはいない。
ここにあるのはただ優しいだけの魔法使いと白々とした月下美人たちだけだ。
私が馬車に乗り込んだことを確認すると、マーリンが手を叩いた。
そうして私の魔法は解けて、現実に戻る。
周りに人はいなく、どこか見覚えのある木々が不自然にこんがらがって上下左右に伸びていた。さも共生関係にあるように成木が絡み付き合って大きな大樹を成している。
ボーっとそれらを観察して、そこがかつて遊んだ城下の森であることを認識した。
いくつかの記録で見たことはあっても、実際に見るのは初めてだった。
(……これが、あの時の)
久々に視た木々はかつての若々しさを保ったまま、明らかに異質な何かがそこにある。
本来あるはずのない魔鉱石が地表に転がり、魔力結晶が木々に実る。
たまに聞こえた野生動物たちは消え失せ、魔術的に変質した獣の気配だけがひしひしと肌に感じられた。
――もう、魔法は解けてしまった。
そう考えて、一人天を仰いでいると、不意に
文句を言おうとさっきまでの感覚で喉を震わせようとして、
(……そういえば、魔法は解けたんだった)
仕方ないので、念話の要領で話しかける。
『何? 僕はそんなに惨めだったかな?』
「ん? あぁ、違うよ。何か苦しそうだったからね。こうすることが最適だと
先程と同じく、あまり感情の感じられない薄笑いで微笑みかける。
何事をも映していないその瞳は、今の私には最高の慰みだ。
森の異物のをサンプルとしていくつか採取して、私はまた馬車に戻った。
相変わらず御者の顔は見えず、目の前の始祖の表情も読めない。明朝にも関わらず森は静かで、羽ばたくカラスは三つ足だった。
ふと、
それからやけに嬉しそうにそれを食べ始めた。
『そんなに美味しい?』
「んーどうだろう? おそらく美味しいとは思うんだけど、僕はこういった粗雑なものをあまり食べさせてもらえないからね。それが嬉しいのさ」
何とも人らしからぬ――いや実際人ではないが――答えに溜息を吐いて、私はまたしばらく外の景色を眺めていた。
不意に、何かが近付く気配を感じ、馬車から身を乗り出す。
すると、私に反応するように更に速度を増してこちらに近付いてきてくる。
(人……? いやでもこの速度は明らかに馬とかそういう類だし……人にしては気配が異質……というか私の魔力かこれ)
この森において、何かが私の魔力を帯びていること自体は別におかしくはない。
森全体が私の魔力によって変質しているため、大なり小なり私の魔力を感じられる。逆に言えばこの森にいる何かが高速で私に接近しているということであり、検体として確保して解剖したいという気持ちのほうが強い。
問題はその大なり小なりの私の魔力の濃度が明らかにおかしいのだ。
まるで、ついさっきまで隣で寝ていたような――
(――……まさか、ヨ)
突如として馬車が左曲がりに軽くスリップし、同時に私の頭の後ろから、強烈な殺意と私の魔力が現れる。
「ご無事ですかカトレア様!!」
驚いて声のほうを見上げてみれば、そこにはどこか獣のように髪を逆立て、明らかに魔術的な強化のかかった手足で馬車側面にへばりつくヨヅキがいた。
『な、何してんの?!』
思わず心から声が出た。
だがそんな声が届いていたかは分からない。が、私が特に何もないことを確認すると、少し安心したように一瞬表情を柔らかくする。
――そして私の手を掴んで窓の外へと飛んだ。
一方馬車はというと、反動で吹き飛び、
『あー……』
流石に死んだかもしれない。
「ゲホッ! ゲッホっ! 何するんだ! ちゃんと城に向かっていただろ!!」
『あ、生きてた』
「チッ……しぶとい奴」
今私の可愛い従者から聞こえてはいけない暴言が聴こえた気がする。
「カトレア様、少し下がっていて下さい。すぐ終わらせますので。後私には念話が通じますからそれでお願いします」
『え、あ、うん。ところでそれ我らが始祖……』
「すぐ賊は殺しますから安心してください。後持ってきたバスケットに朝ご飯が入っていますから食べて待っていてください」
……本当に聞こえているのだろうか。
明らかに戦闘モードに入ってしまった従者には何を言っても無駄そうだなと諦めて木の近くに置いてあったバスケットを覗く。あ、フルーツサンドあるじゃん。
「ねえ待ってカトレア! どうして君は僕を見捨ててそんな楽しそうにバスケットを漁って……あ! フルーツサンド! それ僕も食べ……おっと危ない。いいから早く君の従者を止め……よっ!」
『おぉ、凄い凄い』
念話と発声どちらも使って私にマーリンが話しかけてくるが、ワザと聴こえないフルをして
はたしてどちらが追われる側かと言われるといささか困るが、それはそれで楽しみ方はある。
『どっちも頑張れー』
たまに上がる土煙からサンドイッチを守りつつ、私は朝の享楽を楽しんだ。
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