2-3 国創の魔法使い《マーリン》

 明朝にはあり得ざる満月の下、私とマーリンは月下美人の花畑に座り込み、黙々と花飾りを作っていた。

 始めは私のことを探しているであろうヨミコが私を迎えに来てくれるまでの暇潰しのつもりだったが、私より上手い花飾りを見て対抗心が沸いてしまい、ついにはこうして花飾りに夢中になっていた。

 といっても今はほとんど惰性で、ただ手持ち無沙汰だから作っているだけだが。

 マーリンはマーリンで私に構ってほしいらしく、私より上手い花飾りを作ってドヤ顔を見せたり町の子供みたく両手足をバタバタさせて暴れてみたりしていた。

 だが私が特に反応示さず花飾りを作っているので、今は大人しく花飾りを作っている。

 最初は花冠をずっと編んでいたが二桁を超えたあたりで流石に飽きてしまい、それからは小さな指輪を量産していた。今は途中マーリンが首に掛けてくれた首飾りが可愛かったので五本目を作成中だ。

「――できた。……あれ?」

 不意に吐いた言葉に気付き、首元を触る。いつの間にかあの無駄に大きな首枷くびかせがなくなり、久々に動かした声帯も正常に動作していた。

 では首枷はどこに行ったかと探してみれば――花飾りを掛けた時に外されたらしい――首枷はマーリンの横に転がっていた。

「……なんで外したの?」

「ん? あー……女の子の首に付けるものじゃないし……」

 特に意味はなさそうだ。今も彼はつまらなそうに花を編んでいる。ただ単純に、そういうものだからそうした、ということらしい。

 久々に何もない首元は軽く、だがその重荷が私の心を重くした。

 いつの間にか、あの枷が私を地面に立たせてくれていたらしい。


 しばらく、空を眺めていた。久々の星空だ。

 あの部屋にも天候はあった。雨の日は雨が、雪の日には雪が降った。

 それでもそれは天井のわずかな窓から見えるだけの風景で、私の人生には関係のないものだった。

 あの部屋からも星は見えた。日々ひび様々さまざまな星々が煌めいた。

 だがそれらはすべてまやかしで、いつどこの星座と取らし合わせても一致しなかった。

 月の運行も、風の流れも、あらゆるものと無関係なあの城の中から、私はまた自由になってしまった。そんな事実が心細くて、今はいない半身の代わりについ体が枷を欲しがった。

 不意に、甘い匂いに包まれ、瞳が塞がれる。どことなく懐かしいその匂いは、多分きっとお父様のものだろう。こうして抱きしめてもらえることは少なかったが、会えば必ず抱き留めてもらった。そんな甘い思い出が、私の頬を濡らしていった。

 ――何も持たない子の私を、誰も助けてはくれなかった。


 しばらく、私は泣き腫らし、いつの間にかそれにも飽きて、また花飾り作っていた。

 先程まであんなに綺麗だった花飾りは、どうしてかうまく作れなかった。そんなときはマーリンが手を貸して、一緒にそれを完成させてくれた。

 私が求めた枷は、いつの間にか花に変わっていて、それで編んだ花飾りをマーリンは私に掛けてくれた。

 それから疲れて寝っ転がれば、マーリンは膝を貸してくれた。

 マーリンからは、ヨミコのような優しい匂いがした。


「ねえカトレア」

「……何?」

 あれからずっと変わらない満月を見ながら、どこか間の抜けた返事を返す。

「魔導学園に来ないかい」

「…………」

 なんとなく、想像はしていた。

 マーリンは今、学園の経営には関わていないものの、素質あるものをスカウトして特別枠で魔導学園に入学させているらしい。そんな話が数年に一度新聞の一面を飾っていた。

『だからきっと、私もそのうちに見つかって、魔導学園に連れて行かれるんだ』

 そんなことをあそこに入った頃、泣きながらヨヅキに話した気がした。

「君が思っているほど、魔導学園のレベルも低くはない。それに、君には僕がいるから、よっぽどのことがない限りは君やヨヅキが死んだり、周りの子が傷付けられることはない」

 マーリンの甘い言葉が、私の中に入ってくる。

 ――受け入れてしまえば、すぐ楽になる。

 そんな言葉が、私の心を濡らしてゆく。

「君もそろそろ気付いているんだろう? いくらヨヅキが魔術を教えてくれたって、ヨミコが魔導書を持ってきたって、自己学習には限界がある。そろそろ、ちゃんとした先生に教えてもらうべきだよ」

 マーリンの声が聴こえないように、そっと丸くなって耳を塞ぐ。

 どうしようもない。どうしようもないんだ。どうやったって、それは――

「――それに、君が変えてしまった人々だって、戻せるかもしれないよ」

 ――私のなかで、何かが折れる音がした。

 私の中の決心か、幼い子供の我儘か。

 今まで独り抱えた問題が、急に全て解決した気分だった。まるで氷漬けにされたその体に、温かいスープを渡されたような、そんな甘い幻覚が、私を襲った。

「……わたし、は」

 私はもう、疲れていた。数年間独りで抱えてきた事の大きさに、私は疲れ切っていた。

 どんな言い訳も赦されず、どんな思い出も満たされない。叶えなければならないという思い。

 忘れようとしても、日々目の前で繰り返される、あの日の悪夢。

 それらすべてを、解決できるかもしれない――そういうのだ、この魔法使いは。

 あの日消えれなかった半分の人たちを、元に。

 あの日から縛り付けている従者トモダチを自由に。

 そうできるかもしれないと彼は言うのだ。

 あまりにも卑怯で、卑劣で、どうしようもなく最低な魔法使いマーリンの言葉に。


「私は……――」


――私はただ、それを受け入れるしか、術を知らなかった。

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