2-2 国創の魔法使い《マーリン》
ヨミコと二人きりだったはずの密室に突然として白髪の好青年が現れる。
それ自体は別段問題はない。転送や転移、姿を消す魔術がないわけでもない。
そういう魔術はありふれているし、貴族以上の者であれば最終的に習得を必須とされる。
問題は今この馬車が動いていて、更に対魔術的防御を行なっているということだ。
この馬車は上流階級の貴族が乗るものであり、外部からの物理的・魔術的関与を許さない作りになっている。それに、たとえ何者かが内部で魔術を使用、ないしは使用して入った場合、ペナルティが発生するようになっている。
実際そういったペナルティは所持者やそれが認めたものには発生しない。
だとしても問題はこの馬車が絶えず移動しているということだ。
魔術とは魔力を用いて世界を歪めることだ。だからといって万能というわけでもない。
魔術を行なうためにはある程度の下準備と技量、そしてそういったことを行なうための魔力を必要とする。
そして転移・転送系の魔術に必要なものは座標――それも星の運行等から割り出されるより正確な座標だ――が少しでもズレてしまえば魔術は失敗し、魔力が暴発するか転移・転送先のモノが消失したり上書きしたりする。
特に今この馬車は移動している。そんなものに転移できるはずもないし、逆に姿を消す魔法にしても血によって対魔術性の高い私や魔術的に高められているヨミコには幻覚系は効果が薄く、意味がない。何より背景を透過するものにしたって彼の後ろには窓がある。そんなものを連続で全く違和感なく、しかも高速に投影し続けるなんて超高等技術を並の人間ではできるはずもない。
何より、そういった類のものはこの馬車に入った段階で全て無効化されるように日々アップデートされている。――そんな馬鹿なことはありえない。
一人混乱する私に嘘くさい笑みを浮かべ手を伸ばす彼の腕をヨミコが掴む。
「カトレアお嬢様には、指一本触れさせません」
酷く動揺と恐怖が浮かぶ顔でキリキリと彼を掴む指が音を鳴らしている気がした。
今にもへし折られそうな手首を
「それは困った。では君には退場してもらおうか、ヨミコ」
そう呟いた瞬間、先程の空間から出た時のような暗い穴が床に空き、更に掴んでいた彼の手を擦り抜けてヨミコが下に落ちていく。
(ヨミコッ!!)
咄嗟に身を乗り出して手を伸ばすも落ちそうになったところを抱き止められる。
「こらこらこら。君に降りられたら台無しじゃないか。ほら、いいから座って僕のカトレア。今から素敵なところへ向かうからね」
睨みつける私を余所に胡散臭い笑みを浮かべた彼がパンパン、と手を叩く。
ワザとらしいピンクの花弁が視界を覆い、晴れた頃には馬車がファンシーでフリフリな内装のかぼちゃの馬車に変わり、前に座っていたはずの御者は見知らぬ太った男に入れ替わる。
それから違和感に気付き自分を見るとサテンシルクの白いロング手袋にフワフワのロングドレス。足には真っ白なストッキングと綺麗なガラスの靴。もしやと頭を触ってみると、明らかに何かのティアラを被っている。
どこからどう見ても、寓話『シンデレラ』の格好だ。
「うん、やっぱりお姫様はこうでなくっちゃね」
どうやらこの悪趣味な格好は目の前のこの男――始祖マーリンによって着せられたものらしい。
始祖マーリン。偉大なる国創りの魔法使いであり、人と夢魔の混血児。
大いなる戦の後、この国を纏める王を担ぎ上げ、その後も
実際には直系の子孫である我々クロムスフェーン家がその役割を行なっており、マーリン自身は一線を退いて、自ら創設した国立魔導学園の学園長として君臨しているらしい。もっとも、それも運営は理事会に任せきりらしいが。
「おや、どうしたんだいカトレア。久々の再会なのにそんなに怯えないでおくれよ」
(建国から生きる化物がよく言うよ)
「ヤだなぁ僕はあくまで出生が特殊なだけさ。それにその血なら君にも流れているんだからね☆」
念話ベースの独り言を読まれた挙句、ワザとらしくコミカルな星を飛ばす。
この始祖は小さい頃に会った時と何も変わらない。あの頃はかわいいリボン付きの服を着せてくれたり、いろんなお花を出してくれたりと楽しかったが、今となってはその少女趣味も着せる専門なので自分が着ても嬉しくない。
それに、この人は文字通り人の血が通っている気がしないので少し苦手だ。
そんな私を気にする様子もなく、マーリンは楽しそうにヨミコの持ってきた空のポットからお茶を注いでいた。というかそのお茶とポットはどこから湧いて出た。
「いやー……それにしても綺麗になったねカトレア。キキョウが君をどこかに隠してしまったから探すのに一苦労だったよ。うーん! 流石ヨミコ良いお茶を選ぶ。あ、カトレアも飲むかい?」
(いらない。何入ってるか分からないし)
「そういう物言いをするのは君で三人目だ。とっても嬉しいよ」
そういうとマーリンはさも当たり前にバスケットからケーキを取り出すので無理矢理奪取する。
(これは私のケーキ!!)
「……仕方ない、増やそう」
まるで子供の我儘に付き合わされた子供のように肩をすくめ、バスケットから取り出す。
それから
それからマーリンの私を見つけるまでの武勇伝を聞き流しながら、ケーキを食べしばらく
先に降りたマーリンに手を引かれ、外に出る。
「さあ、着いたよカトレア」
――白銀の満月に照らされ咲き誇る月下美人の群衆は、それはそれは美しかった。
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