1-3 盲目城の少女《カトレア》
六つ一組の
それと同時にどこともなく現れた扉からディナーワゴンを押したヨミコが入る。
「お嬢様、勉強は捗りましたか?」
『うんヨミコ。ダメなことはダメって学んだ』
「そうですか。それはよかったです」
それだけ言うとヨミコはニッコリと小さく笑い、部屋を操作していく。
不必要な家具が仕舞われ、三人が座って食事できるだけの小さな机に晩御飯の準備を進める。それを待っている間に私はティータイムで残ったクッキーを――
「――ところでディナー前にお茶菓子を食べることもましてそれをベッドの上で寝っ転がりながら食べるのもダメなことですよ、カトレア?。ヨヅキもお嬢様をあまり甘やかさないように」
『……はーい』
「申し訳ありません」
ヨミコは怒らせると母様より怖い。大人しくクッキーを袋に戻し席に着く。すぐに二人が横に着いて配膳を進める。それが終わればそれぞれの食事を用意し、席に着く。
「それでは、いただきましょうか」
『いただきまーす』
「いただきます」
三人揃い、食事をとる。昼間忙しいヨミコと一緒にゆっくりできる唯一の時間だ。
しばらく黙々と食事を取り、口が汚れればヨヅキに拭いてもらい、飲み物がなくなるといつの間にかヨミコがお代わりを用意してくれる。
そんな彼女は私にとって、第二の母と言って過言はない。
私が起こしたあの一件のとき、ヨミコは数人の召使と共に街に出ていた。たまたま街の買い付けに付いて行っていたらしい。だが、いち早く城の異変に気付き、戻ってきて事後処理の指揮を執ってくれたという。
だから彼女は、魔術の影響を受けていない。
ヨヅキと同じ長く美しい黒髪も、溶けるような漆黒の瞳も、あの時のままだ。
以前、彼女の時間が変わらな過ぎて何か呪術の類でも使っているのかと訊くと、
「乙女はいつまでも乙女であれば美しくなれるものです」
と返された。それ以降訊くのを諦めた。
対照的にヨヅキの瞳は私のせいで赤黒く染まってしまった。
――どこまでも底知れぬヴァイオレットも美しく感じてしまうのは私の業だろう。
「――何かありましたか、カトレア様?」
『え? ううん、何でもないよヨヅキ。今日も君と食べるご飯は美味しいなって』
気付かず視ていたことをごまかして、食事に意識を戻した。
それからしばらくはヨミコから今の季節の草花やそれの魔術的な要素や他愛のない世間話をして、デザートにミルクのアイスクリームとヨミコの入れてくれるコーヒーを嗜んで、今日の晩餐は終了となった。
食事の後はいつも通りテーブルをなくしてベッドに戻る。
それから新しく来た寓話の続きを読みつつ湯浴みの時間を待っていると、珍しくヨミコが部屋に戻ってきた。
「カトレア様、本日の湯浴みは私が担当しましょう」
「え? あー……じゃあ、頼もうかな」
ヨミコが私の湯浴みをするときは、大抵何か私かこの城に関する大きな問題が起きた時だ。あの一件があってから、そういうことが何度かあった。
だがここから出られない私にとって、何があるかなど関係はない。私ができることなど、彼女にその身を委ねるくらいだ。
空に投げると読んでいた本は自動的に本棚に戻り、本棚が消える。
代わりにバスタブが現れ、ヨミコとヨヅキが準備をする。垂らされたバスオイルが部屋の中に薫ってくる。
その香りを合図に私はベッドから降り、途中、ヨヅキとヨミコに服を脱がしてもらう。バスタブの縁に座れば、後はヨミコによって体の隅々まで洗われていく。
体を洗われた後は、張り替えられたお湯でのんびりと過ごす。
その間にヨヅキが体を洗おうと服を脱ぐと、ヨミコが珍しくそれを止めた。
「ヨヅキ。あなたも洗ってあげますからこちらへ来なさい」
「え? ……わ、わかりました」
普段ヨヅキに体を洗ってもらっている私からすれば当たり前のことだが、そういった経験がなくなって久しいヨヅキは少し恥ずかしそうに
薄っすらと鳩尾の辺りに輝くヴァイオレットの結晶が恥ずかしそうに煌めいた。
『そんなに恥ずかしがらなくても、ヨヅキの肌はいつも綺麗だよ?』
「っ! わ、私はカトレアと違って慣れてないの! あ」
珍しく赤らめて反論するヨヅキがうっかり私を呼び捨てにしてしまい、しまったとばかりにヨミコを見る。だが、ヨミコは何も言わず、ヨヅキの体を洗っていく。
しばらくの間沈黙が続き、ヨヅキを洗い終えると今度はおもむろにヨミコが服を脱ぎだした。
『えっ!? ヨミコも入るの⁈』
「いけませんか? たまには若い子の細胞を取り入れないといけませんから」
思わずヨヅキとこれ以上若くなってどうするんだと顔を見合わせてしまった。
それから体を洗ったヨミコは私とヨヅキが入るバスタブに本当に向かってきた。慌ててバスタブを少し大きくしてヨミコの入るスペースを確保する。
自分のスペースが確保されたことをどこか満足げな鉄面皮で見ると、私たちの後ろに回って一息を吐き、
『はわっ⁈』
突然私とヨヅキの体を
『何! どうしたの?!』
「いえたまには娘たちの成長具合でも確かめておこうかと」
『さっき散々触ってたじゃん!!』
「あれはほら……洗うためですから」
「だからって何で私まで……」
しばらくヨミコに首胸腰回りと順番に
「カトレア様はいい感じに育ってきていますね。胸も大きすぎず小さすぎず……ただ腰回りに少し肉が付きすぎではないですか? これではコルセットを考えなければなりませんし……。逆にヨヅキ。あなたは少し肉を付けなさい。あばらが浮きかけていますし胸も小さく……いえ、これは遺伝でしたね、すみません。でもまあ将来的には大きくなりますから安心してください」
『それはよかった』
「……よくない」
少し薄い娘は程よく育ち切った母を不機嫌そうに睨みつける。
それをどこか楽しげに見てヨミコは静かに私たちを抱きしめていた。
突如として現れた
残された私たちは一抹の不安を抱えながらも、いつものようにベッドに座る。
『なんか、今日のヨミコ変だったね』
ヨヅキの髪からは先ほどの香油の匂いとヨヅキの薄い体臭が混ざり、甘い匂いが薫ってくる。
どこか上の空のヨヅキは手持ち無沙汰に毛先を弄んでいた。
『何か知ってる?』
「いえ何も」
これは嘘。詳しくは知らないだろうがおおよそ何かあったのだろう。
私と、そしてヨヅキにも関わる問題だ。ヨミコが話さなくてもヨヅキは気付くし、ヨヅキが話さなくても私は気付く。ただ、
(ヨヅキが話さないことは、私が知らなくていいことだから)
甘い香りの背に顔を埋め、その日の夜は終わりを告げた。
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