1-2 盲目城の少女《カトレア》

『ん~……やっぱりヨヅキの作ったチーズケーキ最高……!』

「ありがとうございます。ほらカトレア口に付いてますよ」

 ヨヅキと一緒に起動した魔法陣はパロメータ不足で想定通り失敗した。

 今はヨヅキの作ってくれたチーズケーキを食べつつ、遅めのティータイムを取っていた。

 いつもだったらヨヅキと一緒にお昼寝をしている時間だが、今日は魔法陣の設置やらなんやらでごたついてしまったため、お昼寝はなしだ。

「そういえばカトレア。当主様よりお荷物が届きました。この前頼まれた寓話です」

『えっ! あれ続き出たんだ! やった~。あれ楽しみだったんだよね』

「そうですね。それとお手紙が来ていますが」

『え? あぁそう。いつものとこ入れといてね』

「……わかりました、カトレアお嬢様」

 渡された包みを破り捨てながら適当に返事を返す。

 ヨヅキと繋がった細い魔力路パスから何かを感じるけれど無視をする。大体こういう時は、気にしても意味のないことだ。


 私、カトレア・M・クロムスフェーンは七歳の時からこの空間へやで暮らしている。

 私のクロムスフェーン家の先祖は建国にかかわったとある魔法使いの直系らしく、代々国に尽くし、あらゆる魔術分野に血縁を輩出し、当代の当主、キキョウ・M・クロムスフェーンは現在国王直近参謀としての職務に従事している。

 そんな由緒正しい貴族の私は七歳になった頃、それまでも上層教育の一環として行っていた魔術の鍛錬を本格的に開始した。

 様々な魔術を覚え、呪文を知り、少しずつ魔術を習得し――それでもまだ魔術を行使することは赦されず。

 ただ繰り返される学習に鬱憤が溜まっていった。

 そんなある日のことだった。

 ヨヅキと二人で裏庭で遊んでいたとき、つい出来心で魔法を使ってみた。

 内容は至極簡単で、ただ「掌に魔法の光を出して、周りを明るく照らす」庶民でも魔力があれば使えるような簡単なものだ。それを使って、薄暗い庭園の陰をちょっと晴らそうとした。


 ――だが、それは失敗し、私の魔術は暴発した。


 後で聞いた話だが、曰く城が光に包まれたかと思うとそれが圧縮、その後大規模な爆発を生んだらしい。

 幸い私の住む城は国外れの郊外にある森の中にあるものだったため、一般庶民には何ら被害は出なかった。

 もっと言えば、私も、近くにいたヨヅキも、そこで働く召使も、誰一人として死ななかった――いや、

 どうやら私の魔術が暴発したとき、瞬間的に城の人たちをと思ったためか、私以外の蒸発した使用人たちはされ、とりあえず人の形になっていた。

 だが、あくまで人の形になっていただけのもの。

 あるものは瞳や腕が増え、あるものは減り、あるものは猫や鳥、昆虫などと同化した。

 唯一まともな形を保っていたのは私と私のそばにいたヨヅキだけであり、そのヨヅキも心臓を失い、父様の手によってその役割を私が行なうようにと置き換えられた。

 城とその周囲の森林がなくなり、城内の半分のものはいなくなった。


 それからしばらく立って目を覚ました私を迎えたのは、分厚い鉄の首枷によって封じられた声と離れられなくなったヨヅキ、そして――この白い部屋だった。

 初めは困惑し、暴れまわりもした。

 それでも扉は現れず、どう頑張っても天井の窓には手が届かなかった。

 その後はヨヅキとその母、ヨミコの献身的な介護により一応今もこうして生きている。

 以前、使用人たちについてヨミコに聞いたことがあった。

 曰く、

 「半数はいなくなり、内半数は自死を選びました。ですが――残った者たちにカトレア様を恨むものはおりません」

 そのときも今も、私では何ができるということもないが、それでも、何かがなしたければ、できることを磨きなさい、というヨミコの言葉に従い、今も魔術の鍛錬だけは続けている。


 正直、今の暮らしに不便はない。

 ヨヅキは変わらず私のそばにいてくれているし、欲しいものがあれば父様が買ってくれる。

 私が悪さをすればヨミコが叱ってくれるし、正午になれば陽の光も浴びることができる。それだけあれば、十分だ。

 それに、今私がいるこの空間へやはどうやら私の魔力を吸って動いているらしく、扉もなく窓にも届かないが自由に浮かんだり物を動かせたり、手狭に感じたら広げたり広かったら狭くしたり意外と使い勝手はいいのだ。


 だから私は寂しくはない。

 だから私は求めない。

 だから私は望まない。

 だから私は――


 ――一生、この部屋で生を送るのだ。

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