今ありがとうって、言いに行くから。

麦茶

最終的に、終末的に、決定的に。



刺し貫いた刃は服を切り裂き、皮膚を貫いて、筋肉を切り裂いて、臓腑を破壊した。


刺した箇所だけ見ていて、表情は見えなかったけれど。


時間、が刹那止まる。


じわりとにじむ、鮮血がその綺麗な服に。


透明な水に絵の具を一滴こぼしたように、じわりと滲んで広がって。


「-----」


最期の言葉は何だったのだろうか。


力が抜けて、僕の身体に持たれかかった重さが重い、重い。


あんなに暖かくて、優しかった鼓動はもう止まって。


その言葉が一体誰に向かってつぶやかれた、最期の言葉だったのか


ただの末期の息だったのかは、永遠に、知る手段はない。


大好きだった香りが、触れ合う身体のぬくもりが。


自分の手で失われていくのが、真っ赤な血と一緒に失われていくのが。


悲しくて、悲しくて、ただ、悲しくて。


僕は、ゆっくりと


刺し貫いた


あの人の心を、刺し貫いた


刃を、引き抜いて。


それから見上げた。


笑っているの?


驚いているかな?


怒ってる?


僕は何か貴方に聞こうと思ったけれど。


もう聞こえることは、答えてはくれないのだと気が付いて。


吐息だけが口から漏れた。


力なくうなだれる頭が存外に重いっていう事を始めて知った。


髪の匂いが、甘く鼻腔を抜けて。


過ぎ去りし日々を、記憶をつかさどる脳の一部を、激しく刺激する。




ああ。


アア。


嗚呼。


やっぱり、血の匂いは苦手だった。



さぁ、厳しくて、暖かくて、怖くて、優しかった貴方に濡れた。


赤く染まった刃で。


貴方の元へ。


今、ありがとうって言いに行くから。


もう二度と、泣かないって貴方に誓ったけれど。


許してね?


貴方の腕の中で泣く僕を。


貴方の未来を奪った私を。


貴方の鼓動を止めた私を。


今、ごめんって言いに行くから。


鼻の置くがツンとして、見上げた空は。


貴方の隣で見上げたままのほしぞらだった。





ばいばい。










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今ありがとうって、言いに行くから。 麦茶 @tachik0ma

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