回顧編 コブレンツで出会ったワイン農家親子
甘酸っぱい届け物
「Itakura!(板倉!)」
取材先からベルリンのアパートメントに戻って来るなり、一階廊下の最前の部屋に住む初老男性のオーナーが、僕をしわがれ声で呼び止めた。
「Was ?(なに?)」
「Es wird geliefert.(届け物だ)」
郵便物の段ボール箱を突きつけてくる。
「Bitte(どういたしまして)」
僕は郵便物の箱を受け取った。
「Was hat das mit den Landwirten hier zu tun?(ここの農家とどういう関係なんだ?)」
オーナーは差出人の欄を指さして訝しげに尋ねる。差出人のところには、Kinoshita Farmer(木下農家)と記されている。
差出人の名に確かな記憶があったが、その記憶が気恥ずかしくて誤魔化すことにした。
「Ich bin nur ein wenig interviewt worden.(ちょっと取材したことがあるだけです)」
「Ich verstehe.(なるほど)」
オーナーはそれ以上追及せず、納得した様子で部屋に引っ込んでいった。追及された際の言い訳は考えてなかったから、ほっとした。
オーナーの追及の関門を潜り抜けたので、箱を抱えて二階にある自室に向かった。
部屋の照明を点けて、箱を食卓テーブルに置く。届け先が自分になっているか確認してから、丁寧に梱包を破った。
箱を開けて中を覗くと、ワインボトルが三本と一通の葉書がボトルの上に伏せてあった。
葉書を手に取って表裏を見てみると、文字が全て日本語だ。
拝啓
日に日にコブレンツは冬の寒さが強まる一方です。
板倉様はいかがお過ごしでしょうか。私はガイドのアルバイトと父の葡萄畑の手伝いに明け暮れる日々です。
先日は父娘共々お世話になりました。父も板倉様によろしく頼む、と仰っておりました。そこ先日の御礼と板倉様の益々の御清栄を願って、我が家で作ったワイン三本をお送りさせていただきました。
またお越しくださることを父と待ち望んでおります。
末永いお付き合いの程よろしくお願いします。
敬具
十一月十八日 木下このか
板倉朋音様
女性らしい柔らかな筆致で書かれていて、僕は久々の日本語に俄かに祖国への郷愁を感じた。
それとともに、口当たりの酸っぱい思い出が脳裏に去来する。
この思い出は、いつのことだったろうか――――
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