第一の邂逅
「私は当時十二歳の少年でした。欧州の血が混ざった捨て子ありました私は、父母にもあまり優しくされていませんでした。
戦後まもない頃で復興への兆しが芽生え始めていました。私の家のあった地域は田舎で、米軍の空襲を受けずに人家も被害なく残りました。
昨年に初等学校を卒業していまして学業の嫌いだった私は、連日ぶらりぶらり外を出歩いておりました。
自堕落な日が続く中、ある日の夕方です。当てもなく歩いていますから、知らない村に来てしまっていたのです。
山稜に紅色の陽が沈みかかっている時分で今から帰る気にもならず、風雨を防ぐために近くの神社の境内に入り込みました。
社殿は厳重に閉められており、少年の私の力では到底開けられそうにありません。
その年は暑夏でありまして、仕方なく涼むことのできる社殿の奥の鬱蒼とした木立の中で、一夜を明かそうと考えました。
いざ夜の木立の中に入ると、子ども心に微かに恐怖を覚えるほど不気味でした。
一日歩いて疲れたせいもあったのか、地面に埋もれた石に凭れたまま寝入ってしまいました。
「アノ、ナンデソンナトコロデネテイルンデスカ?」
たどたどしい日本語に驚いて目を覚ましました。
目の前にぼさぼさの髪の毛と軟弱そうな身体の輪郭だけがありました。
「誰だ!」
石に凭れたまま身構えて、謎の人物に誰何しました。日本語の発音が変な人でしたのでアメリカ人かと思って、木立に入る時よりも強い恐怖を感じました。
謎の人物はビクリと肩を震わせると、私の顔をじっくり見てから名乗りました。
「リヒャルト・グリジッド、トイイマス」
「アメリカ人か!」
強気に訊きました。
「ノーノ―、ワタシハアメリカジンデハアリマセン。ドイツジンデス」
「ドイツ?」
第二次大戦でドイツは日本の同盟国でしたから、敵ではないのでドイツ人に悪い印象はありませんでした。
「Ja, ich bin ein deutscher Mensch(はい、私はドイツ人ですよ)」
ドイツ人は多分笑ったのだと思います。夜分で表情がわかりませんでしたから、推測ですが。
ドイツ語はさっぱり理解できませんでしたが、とりあえず頷きました。
「キョウハモウオソイデス。ワタシノトコロ二キマセンカ」
「えっ」
現在では当たり前のことですが、知らない人についていくのは危ない、と瞬時に思いまして、
首を横に振りました。
ドイツ人は明らかに気を落としました。
「ソウデスカ」
彼は背を向けると、僕の前から離れました。
とぼとぼと歩き去る彼が、何か大きな瓢箪のような形のものを背負っていることに、宵闇を透かして薄ぼんやりと見えました。
それが私と奏者グリジッドとの出会いでした」
老紳士は話を止めて一息ついた。
店内に流れている音楽の曲調が、混成の歌声が朗唱する曲に変わっていた。
「今、流れている曲は?」
「同じくワーグナーの『ローエングリン』です」
「賛美歌かと思いました」
「女性の高い声が目立ちますから、無理もないでしょう」
高々と女性の声が歌っているものだから、声だけ聴いて勘違いしてしまったのだ。
音楽を勉強する必要性を、恥じ入りながら痛感した。
「グリジッドと再会するのは……」
老紳士は昔語りを続けた。
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