詐欺師の逸話2

 男の泊まるホテルが、住宅の屋根の隙間から覗いて見える。

「話はここで終わりかな」

 三叉路に差し掛かると男は僕に言った。

 僕はまだ帰しませんよと目で意思を示す。

「おいおい、この続きはろくでもないぞ」

「構いません、なので最後まで話してくれないでしょうか。話の続きが気になって夜寝られなくなってしまいます」

「大袈裟だなあ。俺の話に一体なんの面白さがあるっていうんだ?」

「お願いします」

 僕は強く相手を見つめて、頼み込んだ。

 男は後ろ頭を掻いて、迷っている様子だ。

「ひとつ聞かせてくれ」

「なんでしょう?」

「ドイツに俺がいることを誰にも他言しないな?」

「ええ。あなたがそうして欲しいなら、僕は約束します」

「わかった。他言しないなら話してやろう」

 秘密を明かすみたいに決然とした顔で、男は叙述の続きを語り始めた。


「交際を始めて水族館デートに行ったとこまでは話したな。そうなると次は俺が彼女に信頼を持ち始めるところからだな。

 俺は水族館デートに行った後も、何度か彼女を連れて方々へ出掛けた。

 そこまでの関係になると自分の住まいに招き入れることだって、容易になる。だが彼女は俺に自宅の位置を教えてくれなかった。それでも俺は自分の家に招くたびに彼女との性交を密かに望んでいた。

 でもそれは容易には叶う望みじゃなかった。

 彼女を自宅へ招き入れたが、性交渉は拒絶された。

「なぜだ?」

 俺はどうしても嫌だという彼女に尋ねた。

「だって……今はそういう気分じゃないもの」

「お前いつもそう言って断ってるけど、何か事情があるんだろ?」

 彼女は押し黙った。だがその時の表情は肯定とも否定とも取れないものだった。

「どうなんだ?」

 俺は彼女が怯えないように優しい口調で重ねて問う。

「やっぱり気が乗らない」

 彼女は主張を変えずに首を横に振った。

「なら聞くけど、どういう時ならいいんだ?」

「……どうだろう」

 彼女は自身でも操を俺に空け渡す条件が決まっていないらしい。

「どうなんだ、答えてくれ」

 俺は彼女が黙ったので、懇願するように急かした。

「そうだわ」

 彼女は唐突に膝を叩いた。良案を思い付いたようだ。

「合鍵を作ってくれない?」

「合鍵、俺の部屋のか?」

 問い返すと頷く。なぜ合鍵などが必要なのだろうか。

 俺の疑問に答えるように、彼女は理由を話す。

「合鍵を作ってもらえれば、私があなたとしたいと思った時に、あなたの家で待つことが出来るでしょう?」

「別に部屋に入らなくてもいいんじゃないか」

「ダメよ、やる前はきちんと身体を洗わないといけないもの。お風呂が使えないじゃない」

「ふーん」

 合鍵を作るのは少々面倒だったが、彼女がそれで俺とヤッてくれるなら安い物だと思った。彼女と交わることでより一層緊密な関係になれるんだから。

「わかった。お前のために合鍵を作るよ」

「ほんと、ありがと」

 彼女は心の底から嬉しそうに笑顔になり、嬉しさを分かつかのように俺に抱きついてきた。

 その服越しの温もりを素肌で感じられることを想像すると、合鍵を作る危険性など一切頭に上らなかった。

 合鍵を業者に作ってもらい次のデートの時に渡した。

「ありがとう」

 邪念のない顔で彼女は微笑んだ。

「好きな時に訪ねていいよね?」

「そのために作ったんだろ」

「うん、突然行って驚かせちゃおうかな」

 意地悪な笑顔でそう言った。

 その日は彼女の自宅の近所で別れたよ。

 それから数日後のことだ。俺が彼女とのデートから家に帰ってしばらくすると、不意に電話がかかってきた。

 電話に出ると相手は活動を共にしている詐欺仲間の一人だった。

「おい、どういうことだよ」

 男の声は逼迫していた。

「どういうことって、なんのことだ?」

「俺達の居場所が誰かにバレたんだよ」

「一回落ち着け、それは事実か」

「確証はねえ。でもよ、俺達の身辺を調べてる奴がいるってお前以外は意見が一致してるぜ」

「なんの情報もなしに警察が居場所を割り出せるわけがないだろ。存在は関知されていたとしても俺達だと特定するのにかなりの時間を要するはずだしな」

 十年以上のキャリアから出た俺の見解だった。

 経験豊富な俺の判断に、仲間は不安は拭えないながらもおうわかった、と同意してくれた。

 相手が電話を切った。思いがけぬ懸念すべき情報に、念のため俺は他のメンバーにも情報の真偽を確かめた。

 他のメンバーからも似た気配を感じた、という意見を言われて、警戒はしておいた方がよさそうだ、と告げおいた。

 それから一週間後、ついに恐れていた事態が発生した。仲間の一人の自宅に刑事が訪ねてきたんだ。それを聞かされて俺を含め、仲間は色めき立った。

 俺のもとにしつこく仲間から対抗策を考えてくれと言う、救済の電話が寄せられた。しかし俺が手をこまねいているうちに、仲間の一人が詐欺容疑で検挙された。そこから芋づる式に仲間の所在が判明していくのも時間の問題だった。

 危急存亡の危機に立たされて、仲間は俺からの指示を待っている状態だった。それも俺が指示を出さないといずれ無策で前科持ちになることに怯えながらな。

 そこで俺は決断した。グループは解散するが、海外へ逃げるなり親族にかくまってもらうなり詐欺師の往生際の悪さを見せつけてやれ、ってな。

 仲間は最後になる俺の指示に、全会一致で賛成してくれた。

 各々思いつく逃亡先へ万全な準備もせずに行方をくらました。俺の話はこれで終わりだ」


 男は言い結んだ。

「最後の指示、リーダーらしくてまるでドラマ主人公みたいでした」 

僕は感想を告げると、思い至ったことがあったので吐露した。

「それにしても。多分あなたの彼女さんが裏で糸を引いてたんでしょうね」

「ほう、お前も気付いたか」

「あれ、あなたは知らなかったんじゃないんですか?」

 男はびっくりする様子もなく、平然と僕を見た。

「こっちに飛んでくる機内で気付いたよ。よくよく考えてみたら、彼女が俺に自宅を教えてくれない時点で、何か企んでいると察するべきだった。あいつは俺の自宅に盗聴器を設置していたんだ。俺は詐欺師だっていう自覚が足りていなかったんだな」

「きっと彼女さんはあなたがお金を騙し取った人の、娘かお孫さんだと思いますよ」

 男は僕の推測を聞いて、鼻から息を出して笑った。

「それはないな」

「え、どうしてですか?」

「だったよ、俺達の手口はターゲットが老人じゃないからな」

「それじゃ、大手企業を名乗るみたいな手口ですか?」

「それも違うな。従来の詐欺手口の盲点になっている搾取方法だ」

「興味がありますね、教えてくださいよ」

 僕は本心から男が行っていたという詐欺の手口が、どんなものか知りたくなった。

 男は手を突き出して首を横に振る。

「ダメだダメだ、ドイツで流用されちまう」

「大丈夫ですよ、けっして他言はしないと約束したじゃないですか」

「それに人が持っている思い遣りの心を利用するような詐欺を、これ以上広めるのはよくない」

「それ、先日まで詐欺師をやっていた人の言う台詞じゃないですよ」

「いいや、元詐欺師だからこそ一家言あるんだ」

 そう言い返されては僕は引き下がるしかない。確かに彼の言っていることには強い説得力がある。

 男は僕に背を向ける。

「それじゃあな。酔いも醒めたしホテルに戻るよ。唯一俺を詐欺師として扱わない人が待ってるんでな」

「お話、ありがとうございました」

 僕に向けて背中越しに手を上げ、男はホテルに歩いていく。

 街路には僕と同じ民族衣装の格好が、ちらほらと見えた。

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