カレーは生き物 第二章 料理×生物=クックリーチャー!! 3



          * 3 *



 テーブルに運ばれてきたパフェの数は、四つ。

 僕とロリーナの間に挟まれ、警戒と不安の表情を浮かべてミシェラさんのことをちらちらと見ていたキーマの顔が、一気に明るくなった。

 僕の住むアパートからほんの目と鼻の先、というくらい近い階層にあったのは、商店が集まった商業地区から外れた住宅街の中の喫茶店。

 もしかしたら魔導世界になる前の、旧世界時代のものかも知れない、装飾加工ものではないシックな木をふんだんに使った店内は落ち着いた雰囲気がある。

 魔導ではない不思議な占いっぽいことをしてくれる、ネオナカノの中でもかなり謎な人がいるという噂を聞いたことがあるこの喫茶店、ジャンクションには、いまはにこやかな笑みでパフェを持ってきてくれた古風なウェイトレス服の女性と、店に溶け込んで存在を感じさせないマスターらしき人しかいないようだった。

「食べて、いいの?」

 恐る恐る訊いたキーマに、にっこりと笑ったミシェラさん。

「遠慮なく食べて。ここのパフェは凄いのよ。生クリームもアイスもフレークも自家製だし、フルーツやチョコも地上栽培のものしか使ってないの。そこらの喫茶店の合成調理器ものとはちょっと違うわよ」

 言いながらキーマに続いて柄の長いスプーンを取り、彼女も自分のパフェを食べ始めた。

 ちらりとロリーナの方を見ると、警戒したい気持ちはあるけど、もう我慢できないらしい。

 ロリーナは無類のスイーツ好きだ。

 鼻の辺りにシワを寄せてうずうずしてる彼女を見て、ちょっと笑いそうになってしまった僕は、彼女の分のパフェを押し出してやって、自分の分に手を伸ばした。

 ――あぁ、うん。違うな。

 生クリームを掬って口に運ぶと、ひと口で違いがわかった。

 合成調理器でつくられた料理の味は、技術がそれだけ進んでるだけあって完璧だ。でも完璧に調節された味は、子供の頃に食べた、元の世界のファミレスの安っぽい味の方がマシに思えてしまうこともある。

 なんて言うか、完璧に調えられ不味いとは感じないけど、統一され、画一化された味は、なんとなく味気ない。感覚の問題かも知れないけど。

 ちなみにネットで見てみたら、料理魔術は大人気になってる。

 ロリーナはキーマを生み出しちゃったわけだけど、天然材料を手軽に使えるだけでなく、同じ料理をつくっても、術者によっても、術を使う度にも、味にはばらつきがあるんだそうな。数十年ぶりに母親の味と再会できたなんてレビューもあった。

 僕が家でつくってるような手料理の味が楽しめるのが、料理魔術の人気の理由らしい。

 そして料理魔術ではなく、喫茶店のお手製だというパフェは、上手く表現できないけど、深みがあると言うか、お手製だからこその味わいがあるとかそんな感じで、かなり大きかったのにぺろりと食べられてしまった。

「ごちそうさま!」

「んっ、美味しかった」

「うん、ごちそうさま。あぁ、美味しかった。久しぶりに食べたわ」

「……ごちそうさま。でもいいんですか? ミシェラさん。いま勤務中ですよね?」

 満足そうに余韻を楽しんでうっとりとしているミシェラさんに、僕はそう訊いてみる。

「えぇ、もちろん勤務中よ。でもたまにはこんなことがあってもいいと思わない? 私は昨日の朝まで別の事件に関わってて、昨日の今日で新しい事件の担当なのよ? 休みだって取れやしない。あぁ、でも、君たちが子供で本当によかったわ」

「どういうことです?」

「捜査協力を求めた相手が大人だったら、コーヒーくらいしか経費で落ちないのよ。子供が相手ならこれくらいのご褒美つきでも許してもらえるから」

「……いいんですか? そんなんで」

「いいのよ。もう君たちは、全部食べちゃったでしょ?」

 捜査官らしい凄みのある笑みを向けられて、僕はそれ以上なにも言えなくなる。凄みの使い方を間違えてる気がしなくもなかったが。

「さて、最初に言った通り、昨日のクックリーチャーの話を聞かせてもらうわよ」

「クックリーチャー?」

 僕とロリーナとキーマが、聞き慣れない単語に同時に疑問の声を発して、首を傾げる。

「あぁ、それね。うちの上司が名前つけたの。仮の名称で正式ではないけど。料理魔術で生まれた新種の生物、ってことで、クックとクリーチャーをかけて、クックリーチャー」

「はぁ」

「まぁそれはいいから、昨日のジャガイモ怪獣のことよ。ここにいたのは貴女でしょう? ロリーナ・キャロルさん」

 ミシェラさんが開いたエーテルモニタに映し出されたのは、昨日の怪獣に青い光の粉が降り注いでジャガイモに戻り、続いてジャガイモが赤い粉に包まれて料理になるときの様子。誰かが撮影していたらしい。

 映像の中には、怪獣の頭上で浮く三人の魔法少女と、バイクに立って金髪をなびかせているロリーナの姿も映っていた。

 どうせ会場の人に名乗ってるのだから、その場にいたことは否定しても仕方がない。だけどロリーナ主導でジャガイモ怪獣に対処したのも映像から丸わかりだ。

「……なんでわたしのところに?」

「魔法少女の方は正体不明で連絡着かなかったし、現地の人に聞いたら貴女の魔術で怪獣がジャガイモに戻ったということだったからね。貴女が組み上げた魔術で料理魔術を解除したんでしょ? スペルクリエイターのメリーナさん」

「ちっ」

 苛立ちを隠さないロリーナは、にっこり笑ってるミシェラさんの言葉に、いつもはしない下品な舌打ちをして視線を逸らした。

 メリーナは、ロリーナの使ってるハンドルネーム。主にオリジナルの魔術を組み上げて公開するときの。

 その筋ではメリーナの名前はけっこう有名で、パンチラ防止魔術、正式名称ショーツウォッチストッパーは、魔術配信会社から超格安で配信され、スカートスタイルを好む女子や女子以外から絶大な支持と人気があり、相当の利益をもたらしてる。

 その名前を知ってるということ、僕の名前も知ってるということは、もうロリーナのことはある程度下調べが済んでるということだ。

 それでもまだ渋い顔をしているロリーナに、ミシェラさんはエーテルモニタを開いてちらりと見、語る。

「最新情報では発生が確認されたクックリーチャーは全世界で五〇体ほど。おとなしいのも多いけど、暴れるのもいて、自治体の警務隊とうちの執行部隊とで対処中。手こずってるみたいね。さすがにあの怪獣級のは他に出現していないようだけど」

「おとなしいクックリーチャーはどうしてるの?」

「捕縛してる。一応事故で発生した魔導生物だしね」

 ロリーナの問いに答えたミシェラさんは、意味ありげにキーマに視線を飛ばした。

 ――気づかれてる?

 はっきりとは言わないから、キーマがクックリーチャーだとバレてるかどうかはわからない。

 スフィアドールで、捜査官をやってる人のメカニカルアイがどれくらい高性能なのかは、推測つかなかった。

「クックリーチャーは今後、どうするつもりなんですか?」

 思わず僕はそう口を挟んでいた。

「まだ検討中なの。しがない捜査官に過ぎない私は、結論に従うだけ。ただ、事故で生まれたものなのだから、材料に戻すのが最良という意見が強いみたいね。まぁそんなことするより、未報告のクックリーチャーが報告済みのものの数倍はいると予測されてるから、そっちの対処が先になるかな? たとえ料理魔術を解除する方法が見つかっても、ね」

「そういうのを調べたり対処したりするのが、WSPOの仕事なんじゃないの?」

「そうなんだけどね。料理魔術の解析はうちの鑑識班がやってるけど、カテゴリー二の魔術の割にスペルコードが無茶苦茶巨大でね。解析には最低一ヶ月はかかりそうだって。捕獲や退治の方も、クックリーチャーは頭がいいみたいで難航してるわね」

 ただ説明をしているようで、ミシェラさんはこっちの嗜好を誘導してるのがわかる。

 捜査官という割に親しみやすい感じをしてるけど、かなり頭が回る人のようだった。

 言いたいことがあってもはっきり言わず、こちらを誘導してることが気に食わないんだろう。ロリーナはミシェラさんを睨みつける勢いで見つめてる。

「もしだけど、貴女が料理魔術を解析してて、解除魔術を組み上げているとしたら、それを提供してもらえないかしら? もちろんタダとは言わないわ」

 言ってミシェラさんは新たなエーテルモニタを開き、僕たちの方に見せてきた。

「利用料の方はどれくらいになるか予測がつかないけど、うちの執行部隊だけに配信するとしても、それなりにはなるはずよ? 地球外への配信は止められたけど、クックリーチャー発生の根本原因が不明で、地球では料理魔術の配信停止には至ってないしね。まだ増えそうだから」

 示された金額は、たぶん契約料に当たるんだろう捜査協力報酬だけでけっこうな金額。

 それに一回使うごとに利用料が入ってくる形で、使用回数にもよるけど、報告済みの五〇体全部に使ったとしたら、大人がまともに働いた場合の月給よりも遥かに高かった。

 不機嫌そうだったロリーナは、すでにそのエーテルモニタに釘付けだ。

 ――これはミシェラさんの勝ちだな。

 ロリーナはそんなにお金にこだわるタイプじゃなく、楽しいことや好きなものへはお金を出すことを惜しまない。

 確かもうすぐロリーナが贔屓にしてるファッションブランドのセールが開催される。そんな時期にこんな金額を提示されたら、誘惑に勝てるわけがない。

「もちろん正式には解除魔術の効果が実証できてからになるけど、料理魔術の解析データもあるならここに上乗せもできるでしょうね。効果次第ではもっと高くてもいけるかも知れないんだけど、この金額以上となると、上層部にかけあって、通ったとしても振り込みは半年から一年後とかになると思うのよ」

 解析データ提供の際の上乗せ金額が書き加えられ、ロリーナは唇を噛む。

「いまならここのパフェ回数券十一枚綴りを三つ、おまけしちゃう!」

 いったいどこの通販番組だ、と思ったけど、それが駄目押しになったらしい。

 がっくりとうつむいたロリーナは、大きなため息を吐く。

「クックリーチャーは魔法力がある程度高い人が料理魔術を使って、それが暴走したときに生成されるものだから、魔法使いか、何人かの魔術師で連携して使わないとたぶん解除できないと思う」

「そういう風に使えるよう改良は可能?」

「明日まで待ってもらえれば」

「えぇ、もちろん待つわ」

 見やすいように斜めにされていたエーテルモニタを、ミシェラさんはテーブルの上に水平に置いた。

 渋々といった様子で、それに自分のサインを書き込むロリーナ。

 でも彼女の左腕が、テーブルの下でガッツポーズを決めてるのが、僕の位置からだと見えていた。

「ありがとう。貴女のところに来てよかった。ロリーナさん」

 にっこりと笑ったミシェラさんは、「これが連絡先」と言って名刺サイズのエーテルモニタを指で弾いて渡してきた。ロリーナだけじゃなく、何故か僕にも。

「では明日、連絡を待ってるから」

 立ち上がったミシェラさんは喫茶店の出口に向かって行くけど、ふと立ち止まって振り返った。

「念のためだけど、長谷川蓉子という人は知ってる?」

「……いいえ」

「僕も知らない」

「キーマも知らなぁい」

「そっ。それならいいんだけど。料理魔術をほぼひとりで組み上げた人でね、参考人として話が聞きたいんだけど、行方不明なのよ」

 ミシェラさんがエーテルモニタで見せてくれた顔写真の人には、見覚えがなかった。

 おとなしそうで、でも少し気難しそうな女性。

 ――そう思えば。

 いままで気にしてなかったけど、料理魔術が暴走したのには、原因があるんだ。

 ロリーナが昨日、カグヤさんと話してるとき「バグが仕込んであった」と言っていた。

 最初のときロリーナが使って暴走したから、彼女が原因のように思えていたけど、たぶん違うんだ。偶発的な事故なんかじゃなかったんだ。

 長谷川蓉子という人か、料理魔術の配信用スペルコードを触れる人が、バグを仕込んだからクックリーチャーが世界中で発生してるんだ。

「長谷川蓉子が捕まれば、もう少し捜査も進展すると思うんだけどね。クックリーチャーについても、判断するならそれからになるかな? もしもだけど、安定して存在し続けられて、充分に知能が高い生物だと認められれば、新種の知的生命体として認められるかも知れないわね」

 口元に笑みを零しながら語るミシェラさんは、キーマのことを見つめていた。

「何はともあれ、長谷川蓉子を見つけないとね。配信会社の方には捜査が入ってるけど、会社は関与してないっぽいし。彼女から事情を聞かないことには話が始まらないわ」

「料理魔術に仕込まれていたのは、意図的なバグ。どんな理由でそんなの仕込んだのかはわからないけど」

「やっぱり? だとしたら面倒になりそうねぇ」

「どういうことでしょう?」

 腕を組んで口元に手を当てて考え込み始めたミシェラさんに訊いてみる。

「んー。意図的かどうかは改めてこちらで判断することなんだけど、もしそうだったとして、目的が見えないのよ。長谷川蓉子を捕まえてバグを修正させて、方針通りにクックリーチャーを対処すれば終わり、になるかどうかがわからなくてね。前の事件同様、イヤな予感もするし」

 前の事件というのがどんなものかはわからないけど、頭の上半分だけを闇につけ込んだような暗い顔をしているミシェラさんの様子から、相当酷い事件だったのはわかる。

 それと似たようなことだったとしたら、クックリーチャーは、キーマは、どうなるんだろうか。

「まぁ貴方たちも気をつけなさい。長谷川蓉子を確保できるか、目的がわかるまではね」

「はい」

 そう言ったミシェラさんは、入り口にあるレジで会計を済ませ、軽く僕たちに手を振って外に出て行った。

 ――これからまだ、何かありそうなんだろうか。

 わからないけど、少し怖かった。

 でも僕はキーマを守る。少なくとも彼女がこの先どうしたいのか、それを聞くまでは守るという決意だけは変わらない。

 基礎インプリンティング学習は今日施したばかりだから、それを問うにしても最低でも数日後でないと難しいと思うけど。

 僕のことをキーマが見つめてきていることに気づいて、微笑みをかけると、彼女も微笑んでくれた。

 この笑みを絶対に守ると、僕は誓っていた。



            *



「本当に大変ね……」

 言ってロリーナはテーブルに突っ伏す。

 彼女のまだわずかに湿気を含んだ髪が、金色の川のようにテーブルを彩った。

「うん。大変なんだよ。はい」

「ありがと」

 入れてきたミルクと砂糖いっぱいのコーヒーを差し出すと、起き上がって髪を整えたロリーナは、カップを受け取って口元に寄せた。

 ミシェラさんと別れて家に帰ってきて、ロリーナは一端自分の家に帰っていったけど、夕食時にまたやってきて、今日は食事の後にキーマをお風呂に入れてくれた。

 生活系魔術が充実してるから、身体の生活さを保つだけならお風呂に入る必要はないし、対応素材を使った服ならカテゴリー一の魔術ひとつで洗濯も簡単だ。

 でも僕は、やっぱりお風呂に入るのが好きだから、キーマをお風呂に入れるようにしたいと思ってる。

 と言っても、生後三日のキーマは、昨日は寝ちゃって入れられなかったから、一昨日と今日の二回しかお風呂に入れてないけど。

 基礎インプリンティング学習を施したからだろう、キーマは家に帰ってきて夕食を摂った後、眠そうにしていた。眠かったからか、昨日辺りまではロリーナともちょっと険悪そうだったのにそれもなく、眠気に堪えつつロリーナと一緒にお風呂に入って、いまはもうベッドの中だ。

「さて、克彦」

 ロリーナの正面に座ると、改まった表情をしたロリーナ。

 いつもの格好良くて可愛い服と違い、下着は身につけてるようだけど上はシャツ一枚の彼女。いつもと違って砕けた感じでなんかいけないものを見てるようで、若干目のやり場に困るけど、できるだけ気にせず向けられる碧い瞳を受け止める。

「これから、どうする? 基礎インプリンティング学習は施せたけど」

「うん……。少ししてからどうしたいかを訊くところからかな。何日かは頭の中が大変だろうし」

 僕も基礎インプリンティング学習を施してから数日は、ボォッとして何もできなかった。それくらい大量の情報が頭の中にかき込まれたんだから、仕方ない。

「それもあるけど、むしろその後だよ、問題は」

「その後?」

「そっ。あの子がこの世界で生きることを望んだとして、克彦が育てられる? ママには事情は詳しくメッセージで飛ばしてあるし、たぶん協力してもらえると思うけど。それから、WSPOがどう動くのかがわからないのが気がかりかな? キーマのことは学校には話し通してあるんだから、情報をつかんだWSPOがいつ踏み込んできてもおかしくないよ」

「そうだね……」

 ミシェラさんの話だと、WSPOはとりあえずクックリーチャーを捕縛し回ってるらしい。

 捕縛したクックリーチャーをどうするかまでは決まってないようだけど、あそこは平穏と原状復帰を原則にしているような組織だから、本人の意志なんて無関係に解除魔術で材料に戻してしまう可能性は低くないと思う。

「それに、長谷川蓉子のことも気になるのよね」

「料理魔術のスペクリエイターのことが?」

「うん」

 カップを細く白い指で包むようにして持ちながらひと口飲むロリーナは、眉を顰めている。

「料理魔術に意図的に仕込まれてたバグは、魔法力がある一定以上高い人が使うと暴走するようにされてた。単純に世の中を騒がせたいとかそんな理由なら、ランダムに暴走するようにしてもいいし、特定のレシピと組み合わせたときにだけ暴走するようなトリガーがあってもいい。でも魔法力の高い人のとき、ってのが気になるのよ」

「どういうこと?」

「生まれたクックリーチャーは、必ず高い魔導エネルギーを宿してるの。それが料理の材料から生き物の身体を構成するための核みたいに機能してるんだけど、魔導エネルギーなんて一ヶ所に長く留めておけるものじゃないから、少しずつ発散してしばらくすれば普通の生き物と変わらなくなる。生まれたクックリーチャーがアッという間に崩れたり、すぐに解除されないためにそうしてる、ってのは魔法力をトリガーにした理由にはなりそうなんだけど、何となくイヤな予感がするのよねぇ」

 そう言って髪を掻き上げるロリーナは、難しそうな顔をしていた。

 ミシェラさんも言っていた長谷川蓉子の目的は、確かに気になるところだった。それにWSPOの今後の対応も気がかりだ。

 でも僕の思いは、変わらない。

 そして、キーマをこの先も生き続けられるようにするためのヒントを、僕は得ている。

「これからどうするの? キーマのこと」

「……僕はキーマを、クックリーチャーを、住民登録できるようにするために、知的生命体の新種申請をしたい」

 もう一度問うてきたロリーナに、僕は彼女の碧い瞳をしっかり見つめて、そう答えた。

 いまでも魔法生物として登録すれば、キーマを生存させることはできると思う。でもそれだと、一緒に所有者を登録しなくてはならず、キーマは自由に生きることができない。

 このまま住民登録もできずにいたら、いつWSPOが来るとも限らない。

 やり方ははっきり言ってわからないけど、WSMに、そして他の自治体で知的生命体として認められれば、どこでも住民登録ができる。

 成長して、大人になったキーマは、僕がいなくても自由に生きていけるようになる。

 僕はそれができるようにするために、やれることをやっていきたいと思った。

「まぁ、克彦のことだから、そう言うと思った。だったらとりあえず、エジソナのところにもう一回行かないといけないかな?」

「エジソナさんのとこ? なんで?」

「あれ、克樹は知らないんだっけ? 魔導暦の割と最初の頃の話だけど、あの人がスフィアドールを初めてつくって、新種申請したんだよ? 異星人はともかく、スフィアドールはファントムより早かったから、地球で初めて人間以外で住民登録できるようになった知的生命体だよ」

「……そうだったんだ」

 エジソナさんが底知れないのはわかってたけど、さらに凄かったことを改めて実感する。

「あと、長谷川蓉子の行方も追った方がいいかも知れない」

「気になるの?」

「うん。こっちは余裕がないとできないけどね」

 話してる間に乾いてきたのか、掻き上げられたロリーナの髪が、さらさらと宙を舞う。

 どこか遠くを見て考え事をしている彼女の碧い瞳に、僕は視線を釘付けにされていた。

 やっぱりロリーナは綺麗だ。

 最初に出会ったときと変わらず、僕がこんな風に一緒にいるのが畏れ多いくらいに。

 そして、僕の願いを叶えようと考えてくれる。動いてくれる。僕のわがままに過ぎないことを、彼女は手伝ってくれる。

 だから僕は、そんな彼女に言う。少しでもいまの気持ちを伝えられるように。

「ありがとう、ロリーナ」

「な、なに突然言ってんのよ! か、克彦のためじゃなくて、キーマのためなんだからね! キーマが生まれたのはわたしの責任でもあるんだから、そりゃああの子を助けたいって克彦の気持ちも尊重してるからだけどさっ」

 声が大きくなって早口に言うロリーナが、何だか可愛い。

 いつもは綺麗だと思う彼女だけど、こういうときは可愛らしくて、ちょっと笑ってしまう。

「なによぉ。笑ってんじゃないの! ……でも、本当にいいの? 新種申請するとなると凄く大変だと思う。それに言ってる通り、キーマを克彦が育てるのはいっぱい苦労することになると思うよ?」

「うん。わかってる。でもやりたいんだ。僕がやれる限りは、キーマにやって上げたいんだ」

 僕を映す碧い瞳を真っ直ぐに見つめた僕は言う。

「ロリーナが、あのとき僕にしてくれたみたいに。いまも助けてくれるみたいに」

 この世界に来てしまった僕を、文句を言いながらも助けてくれたロリーナ。

 彼女がしてくれたように、僕とは発生原因は違っても、突然この世界に生まれてしまったキーマを、助けて上げたいと思う。

 その気持ちは、変わることはあり得ない。

 いまこうして、ロリーナが僕の前に居続けてくれる限り。

「うっ……。うん」

 何でか顔を真っ赤にして、頷くロリーナ。

 そんな彼女に、僕は笑みとともに頷きを返していた。



            *



「――でも、本当にいいの? 新種申請するとなると凄く大変だと思う。それに言ってる通り、キーマを克彦が育てるのはいっぱい苦労することになると思うよ?」

「うん。わかってる。でもやりたいんだ。僕がやれる限りは、キーマにやって上げたいんだ」

 聞こえてきた声に、キーマは目を見開いていた。

 眠かったけれど、聞こえてきたふたりの声。

 自分のことを話していることを意識して、キーマの眠気は消えてしまっていた。

「ありがとう、パパ。……ママ」

 喉に込み上がってきたものを必死に飲み込んで、キーマはベッドの上で寝返りを打つ。

 まだ続いているふたりの声を聞きながら、彼女は静かに、目尻から涙を零し続けていた。



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