カレーは生き物 第二章 料理×生物=クックリーチャー!! 2



          * 2 *



「おー。なんかすごーい」

「……相変わらず凄いね、この辺は」

 放課後になり、僕たちが訪れたのはネオナカノの中でも中層の下の方のエリア。

 建造開始から二百年近くになるネオナカノは、いまでは増設による成長はほぼ止まり、再開発が中心となっている。

 ロリーナと一緒に訪れたこの辺りは、ネオナカノの中でも割と初期に浮かべられた敷地プレートが集まっている地域で、他の自治区に対抗する形で建造を急ぎ、ほとんど無計画に増設されたという。

 ひとつ上の階層との距離が充分でないため、大きな建物をプレートの上に建てることはできず、日照のこともあんまり考えられなかったため薄暗く、再開発も諦められているため、住んでいる人は少ない。

 魔導科学によりエネルギー問題がほぼ解決し、原子素材さえあれば魔術によって無限に食料を供給できるようになったメルヘニック・パンクでは、忙しなく生きる必要はない。

 病気や身体的な疾患は魔導医療でどうにでもできるし、最低限の仕事をしていれば、味やバラエティの問題はあるにしろ、自治体から食料も供給され、狭いけれど住居も割り当てられる。

 生きるだけなら本当に最低限、ちょっと身体を動かす程度で何とかなってしまう。

 そんな、僕が生まれた二一世紀を基準に考えるなら、天国に近接した生活ができる。

 人はいまや趣味や欲によって仕事をし、趣味で死ぬ。

 それがメルヘニック・パンクの世界。

 もちろんそうした生活をするためには、住民登録が必須なわけだけど。

 わざわざスラム街となっているこの地域に好きこのんで住むのは、そういうところが好きな人だけだ。

 そして僕たちがこれから訪れるのは、好きこのんでここに住んでいる人の家。

「ここぉ?」

「そうだよ」

 僕がスカイバイクを乗りつけたのは、このスラム街の中でもとくに凄いところだった。

「本当、相変わらずだね」

「まぁ、あの人が住んでるところだからねぇ」

 発着場でホウキから降り立ったロリーナは、僕の言葉にそう応えてため息を漏らしていた。

 ここの辺りでもとくに大きな敷地プレートのここは、まるで森のようだった。

 それも木々が鬱蒼と生えてるんじゃない。

 金属の塊だとか、何かの機械だとか、ゴミとも使えるものとも知れない、そうしたものが突き立てられたり積み重ねられたりしてできた、無機質な森だ。

 発着場からただ一本敷地の中心に伸びている道を、キーマと手を繋ぎ、ロリーナと並んで慎重に歩き出す。

 道を外れたらいったいどんなことになるのかわかったもんじゃない。

 少し歩いて見えてきたのは、大きいけど平屋の家。

 ケーブルが蔦のように巻きついていたり、金属部品とか基板とかがコケのように貼りついているその家は、まるで鬱蒼とした森の中にひっそりと建つ魔女の館。メカメカしいが。

 機械の木々の影から野生のメカアニマルでも飛び出してきそうな雰囲気だからか、キーマは僕の脚に身体を寄せてきていて、静かだ。

 事前にロリーナにアポイントを取ってもらっていたけど、玄関扉の前までたどり着いた僕は、ライオンの顔を模した古風なノッカーを鳴らす。

 カチリと鍵が解除される音がして、扉は押してもいないのに開かれていった。

 屋内は、奥の方に外と同じように機械が積み上げられていたり、小型の機械が床とかに転がっていたりするけど、意外に整理されていた。

 入ってすぐの玄関ホールとリビングを兼ねたような広い部屋にあるのは、実験に使いそうな広い机と、応接セットと、ソファと、それから壁際に並べられた本棚。

 データと言えばデジタルデータばかりとなったメルヘニック・パンクで、紙の本はあるだけで希少だ。

 それもたくさんの本棚に並んでいるのは、すべて魔導に関する本ばかり。もちろん妄想や嘘で書かれたものではなく、古今東西から集められた本物の魔導書。

「久しぶりだね、克彦君。それにロリーナ。たまにはボクに顔を見せろと言っているのに、ご無沙汰じゃないか」

「えぇっと、お久しぶりです」

「ん、久しぶり。あんまり来れなくてゴメン」

 ソファに寝そべったまま話しかけてきたのは、いまではアンティーク調となってしまったゴシック・ロリータファッションの服を身に纏う女性。

 ロリーナが私服として好んで着ているメルヘニック・ロリータのような今風ではなく、極々昔風のゴスロリ服を着たその女性は、僕たちより少し年上の、十代後半に見える。

 銀色のセミロングの髪と、青くすら見える白い肌が、黒いゴスロリ服で生えるその女性は、まるで人形のようにも思えるが、人間だ。

「それで、その子が君たちふたりの子供かい?」

「いや、違いますから、エジソナさん」

 もう何人に言われたのか思い出せないほど言われた言葉を、ボクは半ば諦めながらその女性、エジソナさんに否定で返す。

 エジソナ、という名前を、この世界で知らない人はいない。

 少なくとも基礎インプリンティング学習を施した人が、知らないなんてことはあり得ない。

 歴史に名を刻みつけた、地球で最も有名な女性、それが彼女だ。

 マナとエーテル場の存在を実証し、魔導量子力学などの数々の学問を確立したのが、いま僕たちの目の前で憂鬱そうにソファに寝そべっている彼女自身だ。

 彼女は多くの伝説を残している。

 魔導世界となる前、魔法力が高く、魔法少女の家系に生まれた彼女は、四歳で魔法具を受け継いだその日、効力を確かめた直後に解体し、その構造を解析し始めたと言う。

 それによりマナとエーテル場を発見し、魔法を扱いやすく体系化し、魔術として使えるようマジックスペルを開発したのも彼女だし、一般人でも魔術が使えるようエーテルアンプと、それに関係するエリクサーとかマナジュエルの製造方法を確立したのも彼女だ。

 たまたまそのとき開催されていた世界博覧会で、天才としてすでに名を馳せていたエジソナさんは、各国首脳相手にマナとエーテル場の存在を主張した。

 信じない彼らに、彼女は事前に周辺に設置してあった魔術装置で博覧会会場の敷地を浮かせて証明してみせたのは、あまりにも有名なエピソードだ。

 他にも世界魔導不大戦を勃発前に終結させた自然災害は、彼女が起こしたという噂とか、エピソードには事欠かない。

 生まれは魔導世界以前だから、すでに三〇〇歳を超えているのに、一〇代後半にしか見えない彼女の容姿を含めて、エジソナさんは謎と不思議の塊のような人だ。

「君のことをパパと呼んでいるのは聞いているし、やはりロリーナとの間にできた子供ということだろう?」

「いや、ないですから。僕がロリーナとなんてあり得ないですから」

「……君はもう少し、自覚を持った方がいいと思うぞ」

 エジソナさんに言われた言葉の意味がわからず、僕は首を傾げてしまっていた。

 何でかロリーナも不機嫌そうに目を細めているし、キーマも口を尖らせて脚に抱きついてきていた。

「まぁいい。そこのところはもう少し時間をかけてわからせてやるしかないだろうな。なぁ、ロリーナ」

「……そうですね」

 やっぱりわからないけれど、エジソナさんとロリーナの間では通じているみたいだから、僕は気にしないことにする。

「それで今日はその子に基礎インプリンティング学習を施してやりたいということだったね」

「えぇ」

 答えた僕は、エーテルモニタを開いて、サリエラ先生に取ってもらったキーマの診断データをエジソナさんの方に滑らせる。

 寝そべっていた身体をソファに座らせてそれを受け取ったエジソナさんは、表示を大きくして内容を読んでいく。

「あそこじゃたいした機材はないだろうに、よく調べているね。まぁ、ボクがその子に施術してやる義理もないと言えばないんだが、面白そうな素材ではあるね」

 じっとエジソナさんに見つめられて、キーマはさらに僕の脚に強くしがみついてくる。

「そこを、なんとか……」

「ふむ。まぁボクと君たちの仲だからね。さほど面倒なことでもないし、構わないよ。ただもう少し検査をしてからでなければ、施せるかどうかは判断できないな。大丈夫だろうが、念のためね」

「お願いします」

「ロリーナ。準備をするから手伝ってくれ」

「はい」

 エジソナさんはロリーナを連れ、奥の部屋へと行ってしまった。

 取り残されて手持ち無沙汰な僕がキーマを見てみると、不安そうに顔をうつむかせていた。

 しゃがんだ僕は、顔を歪ませてる彼女の視線に自分の視線を合わせる。

「大丈夫だよ、キーマ。僕も今日することと同じことをしたことがあるからね」

「パパも、やったことあるんだ?」

「うん。何も問題なかったよ。ちょっと疲れるかも知れないけどね」

「それだけ?」

「うん。それだけだよ。終わったら、いままでわからなかったことがいっぱいわかるようになるし、できなかったことができるようになるよ」

「本当に?」

「うん」

「それが終わったら、ロリーナマ――、ロリーナよりも、いろんなことできるようになる?」

「……それはどうかな。ロリーナはいろいろ破格だからなぁ。キーマ次第では、かなぁ」

「じゃあ頑張るっ。いっぱい、いろんなことができるように!」

「うんっ」

 元気を取り戻して笑ってくれたキーマに、僕も笑みを返す。

 少し余裕が出てきたらしいキーマは、改めて部屋の中を見回して、机の方に歩いていった。

「これは、何?」

 実験にでも使うような広い机の上には、白い容器のようなものがいくつか置かれていた。

「これは……、ラーメン、かな?」

 上から下に向かって若干窄まりがちの容器には、剥がして開けるようになってる蓋がついていて、印刷がまったくされてなくて真っ白だということを除けば、僕が元いた世界にあったカップラーメンそのままだった。

「ラーメンって何?」

「ラーメンは食べ物だよ。今朝食べたスパゲティとはちょっと違うタイプの、麺の食べ物」

「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

「食べたい! ラーメン食べてみたい!」

 いきなりはしゃぎ始めたキーマは、届かない背を伸ばして、机の上の容器を取ろうとする。

「いやいやキーマ。人の家のものを勝手に食べたりしちゃダメなんだよ」

「えーっ。ラーメン食べたいなぁ……」

「今度家でつくってあげるから」

「むぅ!」

 一気に不機嫌になったけど、横目でちらちらと見てるところからも、まだラーメンに興味があるのは明らかだ。

 見た目はカップラーメンだけど、いったいどんなものなのかわからないものを勝手に触るのは危険だ。とくに、エジソナさんの家にあるものとなったらなおさら。

「ふむ。それに興味を持ったか。お目が高いね、キーマ君は」

 機材を持って現れたエジソナさんは、そんなことを言いながらソファに座り、エーテルモニタを開いて何かを打ち込み始めた。

「残念だが、それはラーメンではない。というか、食べ物ではない」

「そっかぁ……。ラーメン食べたかったな……」

「じゃあなんなんです? これは」

「ふふふっ。君も興味があるか。男の子だね」

「いや、何だかまったくわからないから訊いてるんですが」

 エーテルアンプを発明したことからもわかる通り、エジソナさんは発明好きだ。

 三〇〇年以上生きて、エーテルアンプのパテントだけで飛んでもない資産を為してると思うけど、それだけでは飽き足らず、というより発明すること自体が好きな彼女は、いまでもいろんなものを発明したり企業と協力して開発していたりする。

 その結果が外の無機質な森だったりするわけだけど。

「使い方は簡単。蓋を半分ほど開けてお湯を注ぎ三分待つだけだ」

「カップラーメンと同じですね」

「そうだ。手軽さを一番に開発したものだからね!」

 部屋に入ったときの憂鬱な様子など欠片もなく、目を光らせて嬉々として語り始めたエジソナさん。

 たぶん、語り終えるまでは彼女を止めることはできない。

「三分後、容器を破って中から現れるのは、インスタント・ホムンクルス!」

「……即席の、ホムンクルス?」

「あぁそうさ! サイズは人間と同じ一五〇センチ程度。中に入っている顆粒状にしたホムンクルス素材にお湯を注ぐことによって、容器に仕込んである魔術が発動し、人型のホムンクルスが出来上がるのさ!」

「すごいですね」

 素直にそう思うけど、エジソナさんの勢いに圧倒されてしまって、それ以上のことを言うことができない。

 隣のキーマも、ぽかんと口を開けてしまっている。

 ホムンクルスは魔導的につくられる魔導生物の一種。

 一部にはそうでないものもあるけど、基本的にはごく短期間のみ行動が可能な一時的な魔導生物で、使い捨ての形でつくられることがある。

 ただ魔法でつくる分には意外と簡単らしいんだけど、魔術でつくるとなると効率が悪くて、魔法使いがたまに使っているのを見る程度。

 それをもし即席でつくれるとなったら、革新的とも言える技術だろう。

「何に使えるんです?」

「色々だよ。臨時の手伝いや実験の素材など、一般的な用途での引き合いもあるし、姿形や機能や知識は事前に設定した通りのものになるからね。……大人向けの用途も検討されているよ」

 最後の言葉は僕の側までやってきて、耳元でこそりと言われた。

「な、なんかすごいですね。もうすぐ発売されるんですか?」

「ふんっ。それなんだがね、まだふたつほど課題を抱えていて、発売の予定が立たないんだよ」

「問題?」

「あぁ。ひとつはインスタント・ホムンクルスは裸で生まれてしまうのでね、手伝いのために一々服を用意しなければならない。どうにも使用の際の効率が悪いんだ」

「……それは、お手伝いのための奴は、完璧な人間型にしなければいいのでは? 表皮を服状にしてしまえば、ボディペインティングのようなものですけど、裸には見えないじゃないですか」

「おぉ、なるほど。それはいいアイディアだ。メモしておこう」

 新しいエーテルモニタを開いて、僕が言ったことをメモし始めるエジソンさん。

「もうひとつの問題は?」

「もうひとつは素材の変更で対応予定なのだが、根の深い問題でね……」

「どういうことです?」

「例えばだ。夜を伴にした美女が、朝起きたらぐずぐずに溶けてしまっていたら、君はどう思う?」

「……かなりイヤですね」

「そうだろう。インスタント・ホムンクルスは水と顆粒素材でできているものでね、ラーメンと似た性質をしている。つまりはだ、半日から一日程度で、麺がのびるようにふやけて、ぐずぐずになってしまうんだよ」

「……」

 想像してみたらかなりイヤだった。

 ベッドに一緒に入るかどうかはともかくとして、さっきまで人間の形をしていたものが、気がついたら肌色のふやけた何かになってるんだとしたら、さすがに使いたいとは思えない。

「その辺は解決法がいくつか出ているんだが、決定打がなくってね。発売にはもう少し時間がかかりそうだよ」

「……そうですね」

 ソファに戻って打ち込みを再開したエジソナさんに同意の言葉を返して、まだ興味を持っているらしいキーマには絶対触れないよう、容器を机の真ん中に集めておいた。

「そうだ。いいアイディアをもらったことだし、ひとつ持って帰ってくれても構わないよ。どうせテスト用の試供品だ」

「いや、さすがに――」

「確かその中のひとつに、夜のお伴用のが入っていたはずなんだ。美少女型だったはずだ。どれだったかは見分けがつかないからわからないけれどね」

「え……」

 思わず僕は五つあるインスタント・ホムンクルスの容器を見つめてしまう。

「克彦ぉ?」

 奥からいくつかの機材を抱えて現れたロリーナの絶対零度の声に、僕は凍りついた。

「いやっ、いりませんっ」

「くっくっくっ。本当に面白いね、君たちは。さてと、準備は整った」

 勢いよくエーテルモニタを閉じたエジソナさんは、応接セットのひとつに持ち出した機材を設置した。

 元の世界の理容店にあったパーマ機のようなそれは、僕も一〇年前に使ったのと同じ、基礎インプリンティング学習用の装置だ。

「ここに座ってくれたまえ、キーマ君」

「うん……」

 また心細そうにしているキーマと手を繋いで、機材が設置された椅子まで彼女を誘導する。

「大丈夫だよ、キーマ」

「うん……」

 僕の呼びかけでもまだ不安そうではあるけど、笑ってくれたキーマ。

「まずは検査からだ。ちゃんと基礎インプリンティング学習ができる身体かどうかを確認してから、実施する」

「はい。お願いします」

「お願いします!」

 元気に言ったキーマと笑い合い、僕はその場から少し離れた。

 これから先のキーマのことを考えたら、絶対に必要な処置が、始まった。



            *



「大丈夫だったか? キーマ」

「うんっ。……でも、なんか凄かった」

「わかるよ。僕もそうだった」

 検査の結果は問題なく、無事基礎インプリンティング学習を施し終え、僕はキーマと手を繋いでエジソナさんの家を出た。

 普通、基礎インプリンティング学習を施すのは、早くて六歳。遅いと十歳を超えてから施す人もいる。

 身体としては四歳のキーマに施したからだろう。いまは何かを考えるように押し黙っている。

「とりあえず帰ろ」

「うん」

 一緒に出てきたロリーナと並んで歩き、無機質な森を抜けてバイクを停めていた発着場から飛び立つ。

 中層下部のエジソナさんの家から、中層上部の僕が住むアパートまで飛んで帰る間も、キーマは黙ったままだった。

 ――大丈夫かな、キーマ。

 僕も基礎インプリンティング学習を施してもらったときは、いままで知らなかったことが一気にわかるようになって、しばらく混乱した。

 僕の場合はある程度したら安定したけど、キーマがこの先どうなるかは、経過を見ていくしかない。

「ありがとうっ」

 発着場についてキーマをバイクから降ろすと、彼女はにっこりと笑ってそう言った。

 いままでは、バイクを降りてもはしゃいでどこかに走って行ってしまいそうなくらいだったのに、礼儀を覚えたってことなんだろう。

 とってもよいことなんだけど、何だか寂しくも感じる。

 それでもキーマが見せてくれた笑みはいままでと変わらなくて、僕は寂しさと同時に安堵を覚えていた。

 アパートの駐機場にバイクを置き、何でか自分の家に帰らずに着いてくるロリーナも一緒に、僕の部屋に向かって歩いているときだった。

「ちょっといいかしら?」

 かけられた声に振り向くと、深緑の髪をポニーテールにしたパンツスーツの女性に声をかけられた。

「貴女がロリーナ・キャロルさんね」

 落ち着いた大人の雰囲気を漂わせてるけど、ロリーナよりも背が低いくらいの小柄なその女性は、ロリーナの名を呼びながらも僕とキーマにも視線を向けてくる。

 ――この人、地球人じゃない。

 警戒してるキーマを後ろに隠して、僕は愛想笑いを浮かべてる女性から向けられた視線を受け止める。

 女性の目は、人間の瞳ではなく、メカニカルアイだった。

 身体の一部を機械化してる人はとくに珍しくない。

 稲生さんのように全身を機械化してる人はそんなにいないけど、目や耳を機械化したり、エーテルアンプやエーテルリアクター、ネット用のアンテナを身体に取りつけたり埋め込んだりといった改造は、よく見るものだ。

 他にも髪や肌や目をファッション感覚で機械やバイオ素材に置き換えるプチサイバーは、女の子の間ではけっこう流行っている。

 魔導医療を使えば痕跡もなく元通りにできるし、手術も日帰りでできる。CNGでも身体の一部をとっかえひっかえしてる女の子はさほど珍しくはない。

 でも目の前の女性は、そうしたサイバー化したものとは違っていた。

「貴女は、スフィアドールですね」

「よく、気がついたね。初対面で気づかれるのは久しぶりよ」

 僕の指摘に、女性は驚いたようにメカニカルアイの目を見開いた。

 スフィアドールは地球人、異星人、ファントム以外で、住民登録が可能な知的生命体と認知されている人間の一種。

 魔法や魔術の発動に必要なマナジュエル製造の際、ごく希に大粒のものが出来上がることがある。

 偶然できたカテゴリー六以上のマナジュエルの中には、精神を宿したものがあったりする。そうした精神を宿したマナジュエルの中で、人間として生きることを望んだものには身体が与えられ、スフィアドールとなる。

 スフィアドールの外見は様々で、完全に機械の身体をした人もいれば、バイオ素材を使ってる人もいる。

 僕たちの前に現れた女性は、身体の半分以上がバイオ素材なんだろう。目以外には外見からじゃ人間と見分けがつかなかった。

 でも僕には、僕の持つ特殊な体質で、彼女の身体から放たれるマナが、人間のそれとは違うと感じられていた。

「ん……。確かに、スフィアドールね」

 目を細めて女性を見たロリーナも、僕の指摘を認める。魔法力の高い彼女も、マナの波動の違いを敏感に感じ取ることができる。

「わたしにいったい何の用なの?」

「少しロリーナさんに話を聞きたくてね」

 微笑みを浮かべているが、彼女はまだ自分の正体を明かしていない。

 望む機能や性能の身体をつくることができるスフィアドールは、若干扱いがロボットに近く、特殊な機能を持っていることが多い。

 身体が持つ特殊機能を活かした仕事に就いてる人も多いわけで、中には物騒な仕事をしてる人もいる。

 名指しで訪ねてくれば、警戒しないわけにはいかない相手だ。

 いつでも動けるように僕はキーマの身体に手を伸ばし、険しく目を細めているロリーナの右手は、制服のスカートに――ポケットに入ってるクイックキャストに特化したマジカルスティックに伸ばされている。

 でも、と思う。

 このタイミングで、ロリーナに用がありそうな人種に、僕は思い当たるものがった。

「たぶん、警察の方ですよね」

「ほぉ。これから名乗ろうとしてたところだったのに、君は観察眼もあるし、頭も回るようだね、音山克彦君」

 空中で手を振って、自治体に認証されていることを示す印つきのエーテルモニタを開いた女性。そこには彼女の写真や名前、それから所属などが書かれていた。

「WSPOの捜査官、ミシェラよ。ふたりはもう結婚してるのかしら? その子は貴方たちの子供?」

 ここ数日で何度もされてきた質問。

「そ、そんなんじゃないから……」

 怒ってでもいるのか、顔を真っ赤にしてそう答えるロリーナ。

 でも僕は、その質問に答えず、キーマを自分の身体で隠す。

「まぁいいや。私の所属がわかればだいたいの用事の内容も予想がつくでしょう? 昨日現れたあの怪獣について、詳しく話が聞きたいの」

 キーマについて、でなかったことに安堵する。それでもまだ警戒は解けないが。

「ここから近いところにいい喫茶店があるんだけど、そこまで着いてきてくれる?」

 顔を見合わせた僕とロリーナは、頷き合う。

 警戒は解けないけど、とりあえずキーマについてじゃなく、逮捕しに来たとかでないなら、ヘタな拒絶はしない方がいい。

 踵を鳴らしてフライシューズに仕込まれた浮遊魔術を起動したミシェラさんを見て、僕はいま仕舞ったばかりのバイクの元へと急いだ。



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