カレーは生き物 第二章 ~料理×生物=クックリーチャー!!~
カレーは生き物 第二章 料理×生物=クックリーチャー!! 1
第二章 料理×生物=クックリーチャー!!
* 1 *
「うぅ……」
僕は思わずうめき声を上げてしまっていた。
授業中の静かな教室。
聞こえてくるのはヒメ先生の声と、……それからキーマの声。
CNGには託児所も設置されてるけど、キーマには住民登録がないし、いまは一杯だそうで、昨日に引き続きキーマは僕と一緒に教室にいることになった。
そのキーマは、いまは彼女専用に置かれた机で、僕が開いて上げたお絵かきモードにしたエーテルモニタに、楽しそうに何かを描いている。
「ふふふんっ、ふふんっ、ふんふんっ」
楽しげなのは嬉しい限りなんだけど、いまは授業中。
私語に厳しいヒメ先生は、キーマのすることについてはお目こぼししてくれるつもりらしい。
それでも僕は、冷や汗をかくのを止められない。
いつもは真面目に授業を受けてるクラスメイトたちも、時折キーマの方を見てクスクス笑っていたり、優しい笑みをかけてきてくれたりした。
キーマはクラスの中でもすっかり人気者だ。
純真無垢で、けっこう甘えん坊で、持ち前の天真爛漫さから見せる笑みは、まだ幼いというのに男子の心を確実につかみつつある。
今日はもうクラスの中だけの人気だけじゃなくて、このクラスの人以外にも、休み時間になると遠い教室の人たちまで彼女の姿を見に来るほどだった。
ひとりだけ、睨みつけるような視線を向けてきているのは、カグヤさん。
校内の人気をロリーナと二分するカグヤさんは、そこに割り込むように人気を獲得し始めたキーマに対抗心を燃やしているのかも知れない。
――さすがに、それもどうかと思うけど。
お菓子の貢ぎ物はスナック菓子から手作りケーキまで、今日もすでに結構な量になっている。あんまりお菓子ばかりは食べさせてやれないが。
わかってくれてる人は、僕宛てに食材の差し入れをしてくれてたりする。
キーマひとりを食べさせてやるくらいはどうにかなるけど、子供とは言えひとり増えると厳しくなるのは否めない。
キーマもそうだけど、僕はいま、クラスのみんなに助けられていることを実感する。
――そんなのも、今日までかな?
鼻歌の止まったキーマの方を見てみると、不機嫌そうに眉根にシワを寄せて、口を尖らせていた。
「わわわっ」
ダンッ、と思い切り机を叩きそうになったのを止めて、僕は焦る。
「静かに、静かに」
「うぅーっ」
見てなかった僕には、キーマが何を不満に感じてるのかわからない。
こういうところはさすがに子供だ。見てても彼女の中で何が起こってるのかは、わからないかも知れない。
「ここは、こうして、こうやって……、ほら」
「おぉー」
「この辺触るとできると思うよ。わからないことがあったら、訊いてね」
「うんっ」
キーマを挟んで隣に座るロリーナが、エーテルモニタを細くて長い指で操作して、やり方を教える。どうやら色を変えたり、ペンの太さを変えたりしたかったらしい。
教えてもらったキーマは、ご機嫌になってお絵かきを再開した。
声を出さずに口だけで「ありがと」と言うと、僕の方を見ていたロリーナは笑みとともに頷いてくれる。
何だかこうしてると、本当に僕とロリーナが子供をつくったみたいだ。
――さすがに、ないけどねぇ……。
勉強も運動もできて、蹴っちゃったけど魔法少女の後継者に選ばれるほどのカテゴリー一〇オーバーの魔法使いのロリーナには、つき合ったり結婚したりするにしても、僕なんかよりふさわしい人が現れるだろう。
そう遠くないうちに僕なんか構ってくれなくなるだろうロリーナのことを考えると、ちょっと寂しくもなるけど、それも仕方ない。
いまは僕にできることを、精一杯やって、手伝ってくれるロリーナと一緒に過ごすだけだ。
今日は放課後、キーマに基礎インプリンティング学習を施しに行く。
それによっていままで知らなかったことを知り、多くのことを考えられるようになるだろうキーマに、どんな変化が訪れるかはわからない。
普通なら六歳から十歳の間に施すそれを、今日施すことは、もう僕の中では決まっている。
彼女がこの先どうしていきたいかは、彼女自身が決めるべきだと思うから。
「できた!」
大声を上げるキーマに、さすがに教壇に立つヒメ先生も、片眉をぴくりと反応させる。
「うぅ……」
放課後が来るまでに、僕の胃が保つのかどうか、それの方が気がかりだった。
*
「カグヤさま、どちらに向かわれているので?」
「四の五の言わずに着いてこい、ツクヨ」
放課後となり、カグヤは膝裏まで伸びる髪を左右に揺らしながら、ツクヨとともに廊下を高い足音を立てて歩いていた。
特別教室が集まるそこには人通りはなく、ひっそりと扉が閉じられているだけで静まり返っていた。
「ここだ!」
大粒のマナジュエルがはめ込まれた魔法具で認証して鍵を解除したカグヤは、扉を大きく開いた。
「……ここは、調理実習室?」
メルヘニック・パンクのいまは、フライパンを振るって料理をつくる人は決して多くない。
ペースト状の合成用食材を使い、味はもちろん、見た目や食感も完全再現できる魔導科学の粋である合成調理器が普及しているため、食事を手でつくる必要はあまりない。
食材のゴミも出ず、栄養価も衛生面でも手でつくる料理よりも優れている。
それを使うのも面倒臭ければ、世界には全世界では数千種類に達するという味のバラエティがある、スティックフードやゼリーフードがある。
エーテルアンプと魔術によって稼働する停蔵庫は、旧時代の冷蔵庫とは違い、限られた空間のみであるが時間を限りなく遅くすることができるため、買ってきて入れておいた出来立ての料理を取り出せば、数日後でも暖かいまま食べることもできる。
それでも学校では、経験学習として調理実習が行われているので、CNGでも料理実習室が設置されている。
「ふふふっ」
魔術で火をおこすコンロや、流しが取りつけられた机がいくつも並んでいる調理実習室に踏み込み、カグヤは含み笑いを漏らす。
「こんなところに来て、何をされるおつもりです?」
「お前は悔しくないのか? あのキーマという、ロリーナの生み出した娘ばかりに人気が出ているではないか!」
「なるほど。キーマ様にばかり構うようになってしまった克彦様に手料理をプレゼントして、気を引きたいということですね?」
「な?! ち、違うわ! な、何故そこで克彦の名前が出てくる?!」
明らかに取り乱し、顔を真っ赤に染め、ヘアバンドから伸びたウサギの耳を忙しなく動かしているカグヤ。
そんな可愛らしい彼女に、ツクヨは頬に手を当ててにんまりとした笑みを浮かべてしまう。
「つくった料理は、克彦様にプレゼントされるのではないのですか?」
「それは、その……、そうだが……。ち、違うぞ?! あやつだけがわらわに振り向かぬからだ! だから、その……」
「そうですね。克彦様には、カグヤ様の魅力も届きませんものね」
月下人の首長の娘に産まれたカグヤには、特別な力がある。
すべての月下人は高い魔法力を持つ魔法使いで、首長の血筋であるカグヤはその中でも飛び抜けて力が強い。
そして魔導科学が発展したことで判明した事実として、昔からカリスマ性が高く、人心を惹きつける人は、チャームの魔法を無意識のうちに使っている。ナチュラルチャームと名づけられたそれは、月下人首長の娘で魔法力の高いカグヤは、かなり効力が強い。
魔導科学の発展により、服には防御魔術が標準的となり、事故や事件で怪我をする人はほとんどいなくなったのと同時に、精神や身体に直接作用する魔術や魔法からも保護する対抗魔術が当たり前となった。
ナチュラルチャームはそうした対抗手段が執られる以前より効力は大幅に減少してしまったが、カグヤの持つそれは生半可な対抗魔術を貫き、ある程度の影響を相手に及ぼす。
決して悪意を持って使っているものではないので、個人の魅力のひとつとして、封印措置はされずに放置されているナチュラルチャームによって、歩くだけで多くの人がカグヤに振り向く。
しかし克彦だけは、一度としてカグヤに魅力を感じて振り向いたことがない。
彼の持つ特別な体質が、カグヤの魅力を完全に無効化してしまっている。
「あやつがロリーナばかり見ているのが悪いのだ! 少しくらい、わらわのことを見ても悪くはなかろうに!!」
「そうですね。カグヤ様にとって、克彦様は特別な方ですものね」
「い、いや、そういう、ことではなくってだな……」
突っ込まれて耳たぶまで赤くしているカグヤのうろたえ具合に、ツクヨは噴き出すのを必死で堪えていた。
カグヤはいまでこそ同期の学生の中では、ロリーナと二分するほど校内の人気者であるが、入学当初は違っていた。
ある日、突然に父親である首長から地球に下りるよう命じられ、CNGに入学することになったカグヤは、凄まじく荒れた。
ツクヨも一緒であったが、首長の娘としてわがままし放題だったカグヤは、CNGに入学当初は変わらぬ振る舞いをし、話しかけてくれる人はほとんどいなかった。友達ができなかった。
そんなときに声をかけてきてくれたのが、克彦だった。
近づいてきたら近づいてきたで、ナチュラルチャームによって僕(しもべ)のようになってしまう人たちと違い、それが効かない克彦は、してはいけないことはいけないとはっきり言い、わがままを爆発させても変わらず話しかけてきてくれた。
何ヶ月もかけて少しずつ学校という場所での振る舞い方を学んだカグヤは、ナチュラルチャームを自分の意志で抑え込むようにし、いまでもわがままな性格は矯正しきれていないが、以前のように傍若無人に振る舞うことはなくなった。
克彦と話すようになって、近い魔法力を持つロリーナと喧嘩をしながらも話すようになったことも大きい。
そんな克彦のことは、カグヤが視線で追ってしまうほどの存在となっていたが、当の克彦はロリーナとばかり一緒にいることが多く、キーマも現れたことで、ここ数日カグヤに話しかけてくることがなくなっていた。
そろそろカグヤの不満は、堪えがたいほどになりつつあった。
「ふんっ。以前世話になったというのに、少しも礼ができていないのもあるからな! それも兼ねてのことだ!!」
「そうですね、はい」
口元に笑みを貼りつけてわかっているように答えるツクヨに、悔しげに歯を食いしばってそれ以上なにも言えなくなったカグヤは、調理室の中を歩いて奥手に置かれている停蔵庫を開く。
「ですがカグヤ様、何をつくられるおつもりで?」
「クッキーだ。プレゼントと言えば定番であろう? あのキーマという娘も必ずや気に入り、わらわに尊敬の眼差しを向けるようになるであろう!」
克彦だけでなく、キーマにまで気を遣っているカグヤに、彼女の成長を感じつつも、言葉との裏腹さに噴き出しそうになるのを口に拳を添えてツクヨは抑え込む。
「で、ですがカグヤ様? 言い難いのですが、カグヤ様はほら、料理の方は……」
「ふんっ、わかっておるわ!」
月世界では合成調理器は当たり前に受け入れられている上、首長の娘であるカグヤは包丁一本握ったことがなかった。料理が必要なときは、ツクヨの出番だった。
調理実習でほんの少しやったことはあるが、ロリーナと同じように、カグヤには料理をするということに関するセンスが決定的に欠けていた。
「そこはほれ、便利な魔術が配信開始になっている」
「料理魔術ですか? ですがあれは、先日ロリーナ様も失敗されてキーマ様を生み出す結果になっていますし、学校全体に注意を促すメッセージも届いていたではありませんか」
停蔵庫から小麦粉やバター、砂糖といったクッキーの基本材料を取り出して近くのテーブルに並べるカグヤを見ながら、ツクヨはそう指摘する。
「ロリーナの奴が失敗した魔術をわらわが華麗に成功させる。そうすればあやつの無能さをみんなに知らしめてやれるではないか!」
「それは、そうかも知れませんが……」
克彦のこともあって、ロリーナに対し熱い対抗心を燃やすカグヤを止めることは、ツクヨにも難しい。
不安になりつつも、一度言い出したらツクヨの言うことを聞いてくれないカグヤのことは、半ば諦めてもいた。
「さて、準備完了じゃ!」
若干いびつになりながらも、金属プレートにクッキングシートを敷き終えたカグヤは、並べた材料を目で確認し、大きく頷いた。
「止めた方がよいのでは……」
「そこで見ておれ。わらわが華麗に料理魔術を成功させるところをな!」
エーテルモニタを開いたカグヤは、ツクヨの制止も聞かずに料理魔術とクッキーのレシピを選択し、魔法具である指輪への読み込みを開始させた。
「ふふふっ」
読み込みが完了し、ピンク色に光り始めた指輪のマナジュエルを確認したカグヤは、手を振って赤い光の粉を材料に振り撒いた。
直後、調理実習室は爆発的な光で満たされた。
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