第25話

 勝利したとはいえ、精霊側も疲れ切っていた。

 勝ち鬨もそこそこにアルカナは兵士たちは小休止を取らせ、士官たちを通じて状況の把握に努めていた。ヴェルが戻ってきたのはそんな折だった。

「さすがに貴様は無事だったようじゃな」

 周りの兵に聞こえぬようヴェルが囁く。

「おかげさまで。あなたも役目を果たされたようですね。なによりです」

「ふん、当然よ。それより他の奴らは?」

「誰のことでしょう」

「そうさな。今回の策、最も危険だったのはやはり赤毛の女騎士か」

 ヴェルはずっと主戦場から離れた位置にいたので、カーディナルが窮地に陥っていたことは知らない。それでも事前の戦術から、なにかあれば彼女が最も責任を引き受ける位置にあるのは理解していた。

「カーディナルなら無事ですよ。気になるのなら、会ってきたらどうですか」

「そうさせてもらおう。それで、どこだ」

 アルカナの指したほうへ向かうと、カーディナルと遊歩がいた。

 女騎士は無事のようだが、なにやら、うなだれている。疲れ切っているというよりも、なにか取り返しのつかないことが起きたような雰囲気だ。こんなとき、性格が出る。ヴェルは遠慮せず話しかけるタイプだった。

「おおい。どうかしたのか。暗い顔をして」

「まお――ヴェル殿」

 カーディナルが顔を上げる。やはり目立った怪我はない。

「なんじゃなんじゃ。勝ったんじゃろ。それならもっと喜ばんかい」

「ですが……私の力不足のせいで……」

「だから気にすることじゃないって」

 遊歩が宥める。

「やられたって言っても、ゲームのキャラクターなんだから」

「だが……!」

「おいこら、朕にもわかるよう話せ」

 相手が落ち込んでいようが関係ない。

 まず自分の理解が優先のヴェルであった。

「――なるほど。事情は理解した。つまり女騎士、お主を守るために大使の召喚した女騎士のコピーが死んだ、ということじゃな」

「はい」

「ややこしいのう」

 撤退する悪霊軍を壊滅させるため、分身のカーディナルは限界まで戦いそのライフポイントが尽きた。だが所詮はゲームのキャラクターということで、遊歩は大して気にしていない。なぜなら――

「あんたはゲームに馴染みがないから知らないだろうが、ゲームのキャラってのは死んでも死なない――復活するんだよ」

「なにを馬鹿な……下手な嘘はよせ」

「日本人には常識なんだけどな。異世界だと通じないか」

 遊歩はへらへらと笑っている。カーディナルにとっては笑いごとではないのだろうが、そのうち彼女も理解するだろう。そうしたらいい思い出になる。一方で、カーディナルと負けず劣らず難しい顔をしていたのがヴェルだった。

「朕の知識じゃと……いやしかし……断片的な知識で決めつけるのは……」

「どうかしたんですか、ヴェルさん」

 気楽に話しかける遊歩。それがまさか、地獄への入り口とも知らずに。

「ん、いや……のう……。実に言いづらいんじゃが、なあ、ユーホ。お主、分身がやられたあと、その『すまーとふぉん』とやらで確認をしたか?」

「いいえ。戦いが終わったばかりで、そんな余裕はなかったので」

「だったら見てみい」

 遊歩が画面を弄る。その隣でヴェルが言う。

「お主が使っているのはアルカナの究極魔法の力じゃ。その魔法の仕様じゃと、確か、実体化した上で死亡した精霊は端末上からも削除されるのではなかったか、と思うのじゃが……いや、思い過ごしならいいんじゃよ。万々歳じゃな。うん。で、どうじゃ?」

 答えは聞くまでもなかった。

 遊歩の顔色を見れば一目瞭然であった。

「ない……俺のカーディナルが……ない」

 ARPEGIOはキャラロストがないゲームである。

 しかし魔法世界でその力を使う場合にも同様であるとは、そういえば誰も言っていなかった。

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