第24話

 軍勢と軍勢の戦いが佳境を迎えていた頃、もう一つの戦いも決着が迫っていた。

「ふう、さすがに簡単にはいかんなあ」

 わかっていたことだが、ヴェルもぼやいてしまう。

 メメンタールは才気溢れる若者だ。若者という状態自体が、悪霊族の中では一定の素質を証明する。並みの悪霊は知性を持たず、不安定な存在で、若いも老いもない。自己を確立して成長してゆくというだけで、悪霊としては高級の部類に属する。彼はその中でも傑出した才能があると衆目から認められ、彼こそ未来の魔王だ、と声高に叫ぶ信奉者も少なくない。そんな信奉者たちを表面上は諫めながら、彼自身、まんざらでもない。

 新たな才能が出てくるのは喜ぶべきことだ。こうして手合わせするとなおさらそう思う。強き力、成長していく力との対戦は心が躍る。メメンタールにも強く育ってほしい。だからこそ彼の性格が残念でならない。

 正体を隠し腹を割って話してみると、なおさら彼の性格が傲岸不遜であることがわかった。なんとか矯正してやりたいが、その方法が見つからない。互角の戦いを繰り広げるライバルとして導いてやればいいのか、圧倒的な力で叩き潰して支配者として導いてやればいいのか。そんなことを悩みながら力の応酬を繰り広げていると、うっかり、ミスをしてしまうこともある。

「貰った!!」

 ヴェルが無造作に着地した一瞬の隙を狙ってメメンタールが必殺の一撃を打ちこむ。回避できず、大剣を盾にして防ぐが、四属性を束ねた白銀の閃光は鉄の塊を易々と溶かす。小さな体を強烈な波動が飲みこみ、メメンタールは勝利を確信するが、光線が拡散するとそこには覆面の少女が未だ平然と立っていた。

「なに……!?」

 さすがにメメンタールもこれには不審を感じた。

 精霊族と悪霊族では長所が異なる。精霊族は多彩な魔法や高い知性、社会性に秀でており、集団で力を発揮する。対して悪霊族は個体差が大きく、弱く生まれた者は生涯、精霊族の子供にも勝てないが、強く生まれた者は無敵とも思われる肉体や魔力を持っている。

 混合波動を受けて平気でいられるというような肉体の強さは、精霊族よりも、むしろ悪霊族の領分だ。だが悪霊族であるなら、それこそこれほどの強者を自分が知らないはずはない。精霊族らしく特殊な魔法で防いだのだとしても、それほどの魔術師ならばなぜ、大剣での戦いにこだわっているのか。いずれにせよ不可解だ。

 大剣は溶けて、覆面戦士はもはや丸腰。それでもメメンタールは一気呵成に止めを刺そうとはしなかった。この強敵が抱える秘密を暴いてからでなければ、決着はつけられないと直感していた。

「貴殿、何者だ」

「だから言っているだろう。名乗るつもりなどない」

「そうではない。もっと本質的なことを聞いている。どこで生まれ、どのように育ち、どのように力を得た――それが聞きたい」

「それこそ答える義理がない」

「無論、返礼はする。どうだ、我が軍に入らぬか」

「……なんだと?」

「貴殿は頼りの大剣を失い、もはや絶体絶命。だが私の問いに答えてくれるのならば、我が軍で相応の地位を用意しよう。それも嫌だと言うのなら、この戦場から平和裏に離脱させてやってもいい。悪くない条件だろう?」

「確かに、交渉としては公平だ」

「ならば」

「だが断る。貴様のそういう態度、やっぱりどうにも虫が好かんわ」

「……身の程知らずのゴミめ!」

 メメンタールはプライドが高い。

 圧倒しているはずの相手に最大限譲歩した提案が断られるなど、とても許すことができない。そういうところが、ヴェルの気に入らないところなのだが。

「せめてもの情けだ。最大パワーで跡形もなく消し飛ばしてやる!」

「朕の正体を知りたいのではなかったのか。それなら最小限の力で倒せよ」

「やかましい! なんだこれから死ぬ分際で――ん、朕?」

 唐突に浮かび上がった疑惑を抱えながら、メメンタールは最大出力の一撃を放った。

 覆面戦士は光に飲みこまれ、大地は抉れ、大気は震えた。光が消え去った後には、確かに覆面は跡形もなく消え去っていた。そこにいたのは、覆面を失った戦士、魔王ヴェルであった。

「あ、き、貴様は魔王――」

「様をつけんか蛇野郎」

 魔王の力は悪霊たちの間でも未知数とされている。

 滅多に戦場に出ず、悪霊同士での交流にも消極的――などの事情もあるが、最大の理由はやはり、単純に彼女があまりにも強すぎるからだった。すべてに秀でているからなにが得意なのかわからない。常に圧勝してしまうので本気を出すことがない。本来の戦闘スタイル、必殺の戦術その他戦士としての特徴がまるで知られていない。

 メメンタールはそれを虚像だと考えた。確かに並外れた実力者ではあるのだろう。しかし現在語られる伝説は噂に尾ひれがついた妄想の産物だ。本人が社交を疎んで、噂も膨らむに任せているうちに、誰も手出しできない幻想が育ってしまった。自分がそれを打倒して、実力のはっきりした世界を作る。そんな大それたことまで、彼は企んでいたのだが、このとき、そんな考えはあっさり打ち砕かれた。

「おい、今の技、もう一回撃ってみい」

「四極交差白銀極光収束波動(プラチナディレクトバイブレーションコンバージェンス)のことですか……?」

「なんでもいいからさっさとやれ!」

「は、はい!」

 力を貯めて、最大奥義をふたたび撃ちこむ。

 攻撃が終わると、ヴェルはそよ風に吹かれたような顔をしていた。

「あのな、これは一体どういうときに使う技なんじゃ?」

「どういうとき、とは」

「大軍を一掃するときか? 強敵を倒すためか?」

「どちらにも使えるはずですが……」

「はあ~、そんなことでは中途半端な技になるわな」

 ヴェルは両手を別々の方向へをかざす。

「いいか。必殺技とはこうやって使い分けるもんじゃ」

 右手からは糸のように細い光線が、左手からは波涛のように大量の光線が発せられた。細い光線はヴェルが手を振るのに合わせて動き、地面に深い傷跡を刻んだ。大量の光線は川をさかのぼり、流水を蒸発させてしばらく水が流れてこなくなった。

「雑魚を蹴散らすなら威力は抑えめでいいし、強敵を倒すなら範囲は最小限でいい。それをどっちとも付かない技を作りおって。自分の力を過信するからこうなる」

 たとえ針の先程の大きさまで力を集約したとしても、メメンタールではヴェルの肌を突き破ることはできなかったろう。それでも彼女の歓心を買って制裁を避けることはできたかもしれない。だがすべてはもう終わったことだ。彼の命運は尽き果てていた。

「……大魔法閣下。恥を忍んで申し上げます。度重なる無礼、どうかお許し願いたく。さすればこのメメンタール、一念発起して今後全てを貴女様に捧げる所存であります」

「いやーそれは無理じゃ。だってお主、朕の姿を見てしまったもん」

「もちろん今日のことは誰にも口外いたしません! 停戦命令についても、私が率先して呼びかけ、逆らう輩は誅伐に参ります!」

「それに前々からお主のことは気に入らんかったじゃて」

「改善します」

「なにより――朕をロリコンと呼んだな」

「それは……」

「朕はロリコンではない。ロリじゃ! ロリコンではない! その間違い、死に値する」

「ど、どうかご寛恕を」

「安心せい。悪霊は死んでもなかなか滅びん。お主ほど自我が強ければ、百年もムシケラとして頑張ればまた力を取り戻せるじゃろう」

「嫌だ、地べたを這いずり回りたくなーい!」

「じゃあな。せいぜい頑張れよ」

 幕切れはあっけなかった。

 癇癪玉のような爆発と共に大蛇の悪霊は消滅した。

 その精神はしばらく空中を彷徨い、羽虫かなにかとして転生することになる。

「さて、あっちはどうなったかな」

 ヴェルは魔力で覆面を作り直し、遊歩たちが戦う戦場へと向かった。

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