第18話
ライアは呆れるしかなかった。
「――で、ノコノコと魔王を王宮に連れてきたと」
「敵対的ではないわけだし……」
「信じらんないっ!」
彼女が怒ってるのには理由がある。王宮に魔王を連れて来たから、それだけではない。遊歩が魔王と一緒に王宮へ飛んで行った後、ライアは魔王城の傍で一晩中彼を待ち続けていた。それでも遊歩が戻ってこないので、いよいよ絶望して王宮へ帰ると、彼がニコニコと歓談していた。怒らないほうがおかしい。
「大使殿、来てくれ!」
カーディナルが遊歩を呼ぶ。女騎士は意外にこの状況を受け入れていた。最初こそ激しい拒否反応を示したし、警戒心を解いたわけではまったくないが、魔王との連携という青天の霹靂、その有用性を軍事の責任者として誰よりも理解している。
ヴェルのほうも、自分は戦争のことなんて知らない、と言ってはいたがお飾りでもさすがに魔王は魔王。悪霊の陣容について豊富な知識を持っている。カーディナルとヴェル、二人の知識と知能が結集されて、今後の作戦計画はすさまじい速さで決まった。
特大の黒板に描かれた緻密な軍略の半分も遊歩は理解できないが、肝心の部分は二つだけ、明らかにされている。それは敵味方総大将の配置と主力部隊の配置。
「総大将メメンタールは朕が相手をする」
これは決定事項だ。ヴェルの言葉に誰も異論はない。
残りはカーディナルが説明する。
「魔王の話によると敵軍は総大将と主力部隊を離して配置、挟み撃ちを狙ってくる。そこで敵大将は魔王に任せて、敵主力はアルカナ様の率いる精鋭部隊で食い止める。その隙に私と大使殿が中央突破、敵主力を背後から殲滅する」
無難な作戦だ。ただ一点を除けば。
「せめて援護部隊を付けてもらうとかできないかな……?」
「足手まといになるだけだ」
俺はそうならない、と?
こんなときだけ信頼を寄せてくるカーディナルを恨めしく思う遊歩だった。
「華麗な戦術――とは言えんが、現状、これが最善じゃろう。貴様もそう思うな?」
「ええ。それぞれが役割を果たせば、勝利は確実でしょう」
ヴェルはあれだけアルカナを嫌っていたわりに普通に話している。アルカナのほうも、最初にヴェルを見たときは驚いていたが、すぐに受け入れた。魔王と悪霊たちの関係についても、もともと知っていたようで、だからこそ今まで顔見知りであるにも関わらずヴェルに協力を要請しなかった。
戦術は満場一致で決まった。
(遊歩はあくまで大使なので軍事に関する議決権はない)
(じゃあなんで戦場に引っ張り出されるんだ――誰もその疑問には答えてくれない)
会議が解散して執務室に戻ると、遊歩には次の仕事が待っていた。
「しゅしゅしゅ、大使殿……ご依頼の件、整いました」
訪ねて来たのは老秘書グレゴア。
彼にもいくつか、地球での手続きを頼んでいた。
「うん。よし、ありがとう」
渡された資料に目を通す。内容は完璧。
あの外見で不思議なのだが、グレゴアは折衝に優れている。なにか秘訣があるのだろうか。特殊な魔法が使えるわけではないが、コンピューターにも人並みの適応をしていて、資料作成できる。有能だ。普通に有能。
「スケジュール調整も完了――あとは下見だな」
仕事が一区切りついたので、王宮内を散歩する。
一大決戦を控えて王宮はせわしなく動きだした。遊歩がヴェルを連れて来たことでリニューアル作戦は実行が確定した。魔王の勅令は数日前に発せられ、悪霊たちの動きにも変化が生じ始めている。その隙を突いて、アルカナも妖精石の生成を開始。重臣たちは魔王の来訪を知らないがその他、目に見える変化に押されて自分の仕事に奔走している。
忙しく働く人々の中で、当事者であり原因でもある自分だけがのんびり散歩しているというのは奇妙な気分でもあったが、なんだか偉くなったようでもあった。しかしそんな慢心も、本物の威厳を前にすると、たちまち萎えてしまう。向こうからアルカナがやってくる。女王は女王の仕事で忙しいだろう。そのまますれ違おうとすると、直前で彼女がぴたりと止まった。
「ユーホ、今日までの働き、私はあなたに深く感謝します」
「どうしたんですか、あらたまって」
「今回の作戦はあなたがいなければ立案も実現も到底不可能でした。そして作戦が終わったとき、私たちがどうなっているか、如何なる保証もできない。それだけ大きな作戦でもあります」
「だから先にお礼を言っておこうって?」
女王がうなずく。
そういうのは、あまり好きじゃない。
「大丈夫です。なんとかなりますって」
根拠のない言葉。威厳も論理もない。それでも意味はあった。
「そうですね。なんとかなるでしょう」
女王の口から繰り返してもらえば、本当になんとかなる気がしてくる。
「では、また明日。九時に集合ということで」
「はい。私からカーディナルたちにも伝えておきます」
二人は予定を確認して別れる。
運命の日は近い。
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