第14話

 遊歩は王宮に執務室を与えられている。

 執務室と言っても、しかし、ほとんど私室のようなものだ。荷物を置いておいたり、寝泊まりするのが主な用途で、会議を開いたりするわけではない。遊歩が直接王宮の人間に指揮を出すことは滅多になかった。それは極めて例外的な事例だ。執務室の扉がノックされて、兵士が入ってきた。

「大使殿。お探しの人物らしき少女を発見しました」

「そうか、見つかったか! ありがとう。それで、どこに」

「別室に待機させています。ですが――どうにも言動がおかしいので」

「かまわない。会わせてくれ」

「承知しました」

 遊歩は密かに数名の兵士へ依頼を出していた。城下を捜索し、少女の姿をした行商人を連れてきてくれ、と。彼にそのような指揮権はなかったが、女王親任の大使という肩書には強烈な権威があり、毒にも薬にもならないような命令であれば兵士たちは喜んで従ってくれた。

 先日出会った謎の行商人。

 あれはどう考えても普通じゃない。

 アルカナですら入手不可能と考えていた、召喚儀式を改変する粉末。それを所持していて、あっさりと譲ってくれるなんて――そもそも、悪霊によって大半の土地が汚染されて交通が危険極まるこの世界において、行商人などという職種が存在しうるのか?

 後になって考えれば考えるほど不自然なことだらけだ。

 ぜひ、もう一度彼女と話したい。彼女ならば、遊歩の考えている秘策の助けになってくれるかもしれない。

 兵士が少女を連れて来た。

 期待して待っていた遊歩は、少女の顔を見て、がっかりした。同時に驚きもした。

「ど、どうも~おひさしぶりです~」

 それは軽妙な盗賊ライアだった。

 なぜ彼女がここに? 兵士が連れてきたからだ。なぜ兵士が連れてきた? 盗賊だから逮捕されたのか。いいや、遊歩が依頼したからだ。それらしい少女を連れてきてくれと。つまり人違いというわけだ。

「では、我々は失礼します。また、なにかあればお呼びください」

 驚いていたら兵士がその隙に退出してしまった。

 部屋に二人きりになる。

「えへへへへ」

 ライアの様子は先日会ったときとはずいぶん違う。

 あのときは尊大、傲慢、自信家という印象だった。

 今日はまるで小悪党を絵に描いたようにごますっている。

 理由はわからないでもない。

「大使殿におかれましてはごきげんうるわしゅう……? とにかく元気そうでなにより」

「……なあ」

「いや、アタシはね! 一目見たときからこいつはモノが違うなあ~と思ってたの。だから言ったでしょ。あんたは同業者とは思えないって。あれはそういうこと。そんで、ほら、大正解。いやあ、さすがアタシ。見る目があるゥー!」

「……ちょっと」

「短い間だったけど、アタシたち、結構いいコンビだったんじゃん? 立場は全然違うけど、意外と気が合うっていうか、性格の相性はいいと思うんだよね。それならもう友達未満、他人以上、みたいな。少なくとも全然知らない仲ではないわけだし、その、ほんのちょっとくらいは、温情ってもんが……」

「おい!」

「ひゃあ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。しかたなかった――なんて言うつもりはないけど、べつに悪気があったわけじゃないんだって。必要だから盗んで、知らなかったから馬鹿にした。それだけなの。だからお願いします拷問だけはやめて!」

「……え、この世界って犯罪者に拷問とかしてんの?」

「いや、そんな習慣はないけど――大使様は野蛮で危険な別世界から来た人なんでしょ? 向こうではノコビキハリツケウチクビハラキリ、ありとあらゆる手段で罪人が生まれてきたこと後悔するまで痛めつけるって聞いたんだけど」

「なんでそんな情報だけ伝わってんだよ」

「えっ、じゃあやっぱり――!?」

「嘘じゃないけどもう何百年も前の話だから。少なくとも俺はやらない」

「な、なんだあ……ハッ、ま、そーだよねー。あんたがそんな度胸あるようにはまったく見えないもん。他人を殴ったどころか殴られたこともなさそー。じゃあなんで私が捕まったわけ?」

 からからと笑うライア。一瞬で以前会ったときの調子に戻った。

「人違いだ。行商人の少女を連れてきてくれ、と頼んだらお前が来た」

「ま、そういうことなら一安心だわ。いや、あんたが大使様だったってわかってから夜も眠れない生活だったんだよね。王宮の兵士を総動員してアタシを捕まえに来るんじゃないかって、不安で不安で。だから旅人のふりをして隠れてたんだけど、それが逆効果だったわけだ。でももう解決したからね。じゃ、大使様もお達者で。アタシは帰ってぐっすり寝るとしますよ」

 そそくさと立ち去ろうとするライア。遊歩はその腕を掴んだ。

「ひっ」

「待て」

 錆びた機械のようにぎこちなくライアが振り向く。

「な、なんでしょうか……?」

「お前が泥棒なのはなんも変わってないよな」

「あ、はい。そーですねー」

「兵士に引き渡すのが正しい処理だろう」

「できればそれも勘弁してほしいな、なんて」

「この城のルールだと、普通は捕まるとどうなるんだ」

「えーと、女王様のとこで一ヶ月強制労働……らしいけど、私は捕まったことないんだよね。経験ある人に聞いても、口止めされてるのか、全然教えてくれないし」

 ライアはあっけらかんと語るが、遊歩はその判決の恐ろしさを理解できた。

「女王様のとこで働くってのも、興味はあるけど、堅苦しいのは面倒だし。できることなら、このまま見逃してくれない?」

「……試しに聞くんだけど、お前、一週間眠らずに働けるか?」

「はあ? 無理無理、そんなの。体力には自信あるし、三日くらいなら徹夜したことあるけど、さすがに一週間は死ぬでしょ。フツーに。あんた、常識ないの?」

「……」

 無知とは幸せであり罪である。

「なあ、ライア。まだ死にたくはないよな」

「えっなにその物騒な質問。当然。生きてて死にたいやつなんていないわ」

「それなら二つに一つだ。お前が食糧を盗んでたのは俺しか知らない。だから黙っておいてやる。その代わり、これから俺の手下として働け。それとも死ぬか。どっちかだ」

「ええええ!? やっぱりあんたって残虐非道の殺人鬼――!?」

「俺が殺すわけではないが、ほっといたらお前はたぶん死ぬ」

「な、なにそれ怖い。でも、ま……いいよ。兵士に捕まった時点である程度は覚悟決めてたからね。大使様の手下になれば今までの盗みもチャラだろうし。悪い話じゃないわ」

「そうか。物分かりがよくて助かるよ」

「馬鹿じゃないからね、アタシは」

 こうして遊歩は頼れる仲間を手に入れた。

 彼女はこの日から数日間、四方八方かけずり回ることになる。

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