第12話

「――というわけなの」

 地球のオフィスに戻り、アルカナがエレクトラに事情を説明した。

 今後はできるかぎり遊歩とアルカナが契約精霊を使ってエレクトラの代役を務める。その間、君は休むといい。すると意外な反応が返ってきた。

「女王陛下の仰せのままに」

 エレクトラは喜びも悲しみもせず粛々とサーバールームを退出した。

 遊歩は追いかけてたずねた。

「やっと休めるのに、嬉しくないのか?」

 振り返った彼女の目にはなんと涙が浮かんでいた。

「わからないんです……」

 それは悲しき生き物の慟哭であった。

「お休みをいただける――陛下が私を気遣ってくれたのはとても嬉しい。けれど、私一人が陛下を支えているという事実が、今まで私にとっての誇りだった。あなたはそれを奪った……感謝はしています。でも、同時に私はあなたが憎い……!」

「なんて哀れな奴なんだ」

 遊歩は胸が締め付けられる思いであった。

 去っていく世界の犠牲者の背中を黙って見つめるしかできなかった。

 立ち尽くす遊歩に背後からアルカナが声をかけた。

「ありがとうございます、遊歩。あなたのおかげで運営も今後はより安定するでしょう」

 遊歩は応えなかった。

 彼は考えていた。アルカナが顔をのぞきこむと、そこには決意の色が浮かんでいた。

「……やっぱり根本から変えないと駄目だ」

 と呟き

「女王様。明日、会議を開いてくれませんか」

「かまいかせんが……なにか?」

「はい。どうしても話さないといけないことがある」

 翌日、約束通りに御前会議が開かれた。

 重臣たちは残らず集まった。彼らは少なからず困惑していた。女王によって緊急招集され、大使から重大な発表があると言われた。まったく内容が予想できない。そして立ち上がった遊歩の顔を見ると、重臣たちの困惑は緊張に変わった。その表情はかつてないほど強張っていた。

「……先日、自分はできるだけ早く新しいイベントを開くと言いました」

 口振りは極めて重々しい。

「そのためにここ数日、情報収集と事前準備をしてきました。ですが、その結果――現在の体制で新しいイベントを開くことは不可能、との判断に至りました」

「なんと……」

 重臣たちがざわめく。だが本題はここからだった。

「しかし今後、イベントを開かなくては我々の計画に未来はありません。そこで熟慮を重ねた末、一時的に、ARPEGIO計画を休止することに決定しました」

 これにはすぐさま異論が噴出した。

「どういうことだ!」

「世界を諦めるのか!?」

「この男を吊るせ!」

 騒然とする議場。

 混乱を収めたのはやはり女王だった。

「静粛に!」

 普段は清楚なアルカナが一喝した――その効果は強烈だ。

 重臣たちはたちまち沈黙し、息をするのも遠慮するほどであった。

「大使様、続けてください」

 恐ろしいほどの威厳に、味方されたはずの遊歩まで怯む。

 なんとか気を取り直して説明を再開する。

「休止というのは、文字通り、休止です。中止、廃止、終了じゃない。つまり、俺たち――地球人の言葉で言うところの、リニューアルオープンをしようって話です」

「リニューアル……?」

「なんだそれは」

「今あるシステムを活かしつつ、大幅な変更を加え、新しいゲームにする。既存のユーザーは維持しながら、新規のユーザーも獲得する。そういう試みです」

「そんなことが可能なのか」

「できるかどうか、ではない。やるしかない。そのためにあなたたちの協力も必要だ」

 遊歩が指図すると、召使いが地図を運んできた。

「これは現在、王宮が展開している戦域をまとめたものです。ごらんのとおり、我々の勢力圏は決して狭くない。それにもかかわらず生活が苦しいのは、勢力圏が不安定で、十分に利用できないからです」

 これはカーディナルの見解でもある。彼女は王宮の軍事責任者であったが、すべての方針を独裁できるわけではなかった。重臣たちの意見も汲み取らねばならず、不本意な作戦も実行せざるをえない。それゆえ不満を抱えていた。遊歩は昨日それを聞き取って資料としてまとめていた。ゆえに彼が提案する作戦にはしっかりとした軍事的正当性がある。

「そこで提案するのは、この勢力圏を大幅に放棄して――」

 地図の中心に大胆な線を引く。

「戦力を残った地域、王城周辺に結集させるという作戦です」

 重臣たちの顔色がまた変わった。

 女王に叱られたばかりなので、ヤジを飛ばすことはできない。

 だから口々に呟く。

「素人がなにを言うかと思えば」

「どうかしている」

 一部、遊歩のプランに賛同しそうな者もいたが、大部分は反対が明らか。このままでは議論が破綻することは避けられない。もちろん遊歩もこれくらいの反発は覚悟していた。無策で挑んだわけではない。切り札を用意している。今こそカードを切るタイミングだ。

「あくまで戦線縮小は一時的なものです。作戦では、リニューアルから一ヶ月以内に、放棄した土地の半分を奪還します。しかも恒久的にです」

 実現すれば素晴らしい戦果になる。消極策どころか強烈な積極策と言える。現状では四分の一も安定していない勢力圏内を、半分も確定させるというのだから。だからこそ今度は別の角度から批判が出る。

「根拠はあるのか」

「聞こえのいいことを言って煙にまくつもりでは?」

「計画の実効性についてお聞かせ願いたい」

 さっきのヤジよりもこちらのほうがよほど厄介だ。

 今、批判しているのはむしろ遊歩に好意的な者たちである。作戦が現実的なら支持しようという気持ちがある。それゆえに厳しい質問をぶつける。感情的に言いたいことを言うだけの連中より、的確に急所を突いてくる。

 こここそ遊歩にとって最も覚悟のいる場面だった。

 数秒ほど間を置いて、意を決した。

「実効性については、五十万個の妖精石を用意することで担保します」

「ごじゅ……!?」

 批判や中傷の雰囲気は吹き飛んだ。

 確かに五十万個の妖精石があれば大規模な作戦が可能だろう。しかし今度はその入手方法が問題になる。妖精石を作れば反動で悪霊も生まれる。五十万個もの妖精石を作って、生まれる悪霊はどうするのか。

「皆さんが心配している問題については、私もよく理解しています。ですから対応まで含まてお任せいただたい。つまり、リニューアル作戦の実行については、私が妖精石を用意した後ということでいかがでしょうか」

 こう言われると重臣たちは反対しなかった。

 まず妖精石を五十万個も用意する方法が考えられないからだ。

 賛成もしないが、反対もできない。つまり黙認ということになる。

 こうして会議は解散し、遊歩は作戦実行の第一歩を許された。

 重臣たちが退出し、議場に遊歩とアルカナ、二人だけが残った。

「それで、実際、どうなさるおつもりですか?」

 作戦の核心、妖精石五十万個の出所についてはアルカナも教えられていない。

「もちろん、あなたに作ってもらう」

「ですが、そんなことをすれば、一気に我々は破滅です」

「わかってる。だから一週間だけ待ってくれ。その間に状況を変えてくる」

 百戦錬磨の女王をしても、このとき、遊歩の真意を図ることはできなかった。

 それほど彼の秘策はあまりに大胆すぎるものだった。

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