第8話

 昨日のこと。

 王宮では御前会議が開かれていた。

 大理石の長机に重臣がずらりと並んで、上座に女王アルカナが座る。大使となった遊歩の席は女王の隣に据えられた。重臣たちは参謀の報告を聞きながら、ちらちらと、上座のほうへ目を向けた。女王の反応を伺っている者もあろうが、多くは遊歩のことを気にしている。

「――負傷者三名、撃破七体。続いてゴゾ沼地の戦い。派遣されたのは第四部隊で――」

 参謀の報告は延々と続く。

 この世界には時計がないので――さりとて時間の感覚がないわけでもないだろうが、極めて大雑把――議事進行も非常にルーズ。必要があればいくらでも喋り続けてよい。参謀はこの一ヶ月ほどの間に起きた戦闘の記録を逐一発表した。彼の報告にはこれといった意見や主張がなく、ひたすらにデータの羅列。官吏としては優秀なのかもしれないが、聞いていると眠くなるのは否めない。ただでさえ遊歩にとってこの会議は不毛なものだから。

 遊歩が御前会議に出席したのは他ならぬアルカナの頼みによる。大使という役職に就いた以上、王宮の行事にも最低限は出席してもらわねばならない。御前会議は最も重要な行事の一つであり、ここを欠席されたら遊歩の信頼も彼を推したアルカナの評判も傷つく、とのことだったから、選択の余地はなかった。しかし今までの人生でまともな会議になど出席したこともなければまして執政の経験もない彼にとって、重臣たちから上げられる報告や建白など理解不能、ただただ難しい顔をして座っていることしかできなかった。しかも、それすら満足にできない、威厳に欠けるありさまで、本当に自分がここに出席するべきだったのか疑わしく思われる。ちらりと隣を見ると、アルカナはやはり堂に入った面持ちをしていた。発言しない、肯定も否定も示さない。それでも居並ぶ臣下たちに緊張感と安心感を与える君主の顔ができている。さすがは女王。

 ようやく参謀の報告が終わると、会議の雰囲気もさすがに倦んできていた。そこでアルカナが口を開き、君主らしく、皆が言いづらいことを代弁した。

「一旦、休憩にしましょう」

 誰も反対するはずがなかった。

 王宮は執務の場である外朝と居住の場である内朝に分かれている。王宮に入れる者は多くないが、内朝へ入れるのはさらに限られている。女王から特別の信頼を受けている者だけ。遊歩はアルカナに連れられて内朝の柱廊を歩いていた。静謐の中に二人分の足音が響く。

「申しわけありません。さぞ退屈だったでしょう?」

「そんなことは……」

「女王として長い時を過ごしていますから、気持ちを見抜く力には自信があるのです」

「まあ、興味津々、というわけにはいきません」

 周囲には人影の一つもない。だから本音で話せる。

「雰囲気だけでも掴んでいただければ、と思ったのですけれど」

「まったくなにも分からなかったわけでもありませんが」

「無理をならさなくて結構ですよ。私があなたをお呼びしたのは計画のアドバイザーとしてであって、戦争の軍師としてではないのですから」

「あなたたち精霊族は追い詰められている。その原因は戦力の質ではない。個別の戦いでは、むしろよく勝っている。しかし圧倒的に数が足りない。勝って制圧した土地も、他の土地へ兵を転戦させると、その隙を突かれて奪い返されてしまう。それが現状」

「……あら。これはこれは。大使様はどうやら軍師の才能もおありのようですね」

 参謀の長時間に渡る報告は、細部はともかく、要約するとつまりそういうことだった。

 こちら側の戦力が圧倒的に足りない。それを補うことこそ遊歩の役目。

「現在、この城にいる兵力を十とするならば、あなたがた――地球世界から参加していただいている戦力はおよそ二十五といったところです」

 アルカナの世界、魔法世界と遊歩の世界、地球世界はつながっている。まだ詳しい仕組みがわからないが、単に魔法世界の情景が地球世界にゲーム画面として投射されているだけでなくて、地球世界でゲームとしてプレイされた成果がこの魔法世界に影響を及ぼしているらしい。だからゲームのプレイヤーが増えるほど、課金によって財政が潤うだけでなく、プレイヤーが悪霊を倒すことで直接的に戦況が改善する。

「地球世界からの戦力を百まで増やすことが当面の目標です」

「つまりユーザー数を四倍」

 一般的な運営目標としては難しい数字だが、ARPEGIOでは決して不可能ではない。なにしろ現在のユーザー数が極端に少ない。成長の余地は大いにある。問題はどうやって成長するか。

「遊歩、どうですか。演説であなたが言ったことは私も覚悟しています。劇的な改善などありえないのでしょう。しかし、小さくてもいいから、なにか目に見える変化を起こせないものでしょうか。この停滞した世界に、変化を」

 カツ、カツ、カツ――足音だけが響く。

「……それは俺も考えていたところです」

 アルカナからあらためて頼まれるまでもなく、遊歩は大使として、ARPEGIOというゲームを盛り上げる方法を考えていた。問題はいくつもある。やるべきこともたくさんある。だが最初にやるべきことはやはり決まっていた。

「そろそろ会議を再開しませんか。話したいことがあります」

 二人が会議室に戻ると、すぐに重臣たちも集まり、会議が再開された。

 アルカナの指図でまず遊歩に発言権が与えられる。この会議に出席する重臣たちは皆がARPEGIO計画に賛成しているわけではない。計画そのものは説明されて知っているが、よく理解していない者、理解した上で反対している者、経営方針で異論がある者が少なくない。だからこそ遊歩は単刀直入に切り込んだ。ARPEGIOというゲームに足りないもの。それを補う一手。

「近日中に、新しいイベントを開こうと思います」

 足りないもの――それはなによりもイベントだ。

 イベントが一ヶ月に一度あるかないかのスマホゲームなんてありえない。

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