第二章

第7話

 朝焼けがゾディアック城の尖塔を闇から浮かび上がらせる。

 ゲームのオープニング画面とまったく同じ光景に、思わず見惚れてしまう。隣に座っている女騎士は、しかし、なんの感慨もなさそうだ。毎日のように見ているのだろうから、当然か。

 遊歩はカーディナルと共に城を出て近郊の森へ向かっていた。森に現れた悪霊の群れを蹴散らすという日常的な防衛任務と、遊歩がこの世界についてもっと詳しく知るための勉強を兼ねている。通常であれば兵士がそれなりの人数で部隊を組んで挑む任務も、今日は王国の誇る最高戦力カーディナルに彼女と互角の戦いを繰り広げた遊歩まで加わるということで、二人の他には馬車の御者と雑用の従者だけ、少数精鋭。おかげで雰囲気は最悪。

 馬車が進む道は一応平坦だが舗装されているわけでもない。揺れるところでは酷く揺れる。遊歩はその度に身体を大きく跳ねさせる。慣れた様子の女騎士は冷ややかに言う。

「我々の世界に来た以上、いつまでもその調子ではやっていけぬぞ、大使殿」

 言うまでもなくカーディナルは遊歩に批判的だ。

 さすがにもう正面から彼の存在を否定することはない。しかし完全に受け入れたわけでもない。態度の節々から滲み出ている。アルカナがいれば控えることもあったが、こうして二人きりになると、もう本心を隠さない。露骨に敵意を向けてくる。

「これから行く場所だが」

「ブルードーンの森なら、俺も行ったことがある」

「大使殿のそれは、ゲーム、とやらの話だろう」

 この魔法世界をゲームとして地球世界に投影、その利益で魔法世界を救う『ARPEGIO計画』――カーディナルはアルカナの側近でありその計画についても知ってはいるのだが、いまいち理解できていないようだ。なんでも地球に来たことがないらしい。そのせいで実感がないのかもしれない。

「机上の空論と実践の論理は異なる。ゆめゆめ、慢心しないことだ」

「肝に銘じとく」

 言われずとも。

 ARPEGIOは典型的なRPGだ。キャラクターを集めてダンジョンへ向かいモンスターを倒しゲットしたリソースでキャラクターを強化してさらに難しいダンジョンを攻略する。ただし極めて自由度が高い。初めてプレイしたときは驚愕した。実在する世界の投影である、という事実を知った今では当然のことにも思えるが。チュートリアルを受けてから最初に行けるダンジョンが十二個もある。十二個すべてをクリアするとさらに六十五個のダンジョンが解放され、その先には二百以上のダンジョンがあると予告されている。ブルードーンの森は最初の十二個のダンジョンの一つで、難易度は低い。それでも油断はできない。ゲーム画面を通した冒険と生身で赴く冒険ではまったく危険度が違うことくらいは、遊歩も理解している。

 目的地に着くまでの間、遊歩はスマートフォンを弄っていた。ARPEGIOのゲーム画面を操作する。カーディナルとの決闘でそうしたように、今回もゲームで所有しているキャラクターを召喚して戦うつもりで、その準備をしていた。

 ブルードーンの森は水属性の敵が多い。

 ゲームでは数多くのキャラクターを所持できるが、一度のダンジョン攻略で使えるのはパーティー編成した五体まで。また、属性の相性が重要だ。風属性の敵が多いダンジョンには火属性のキャラクターを、火属性の敵が多いダンジョンには水属性のキャラクターを、そしてブルードーンの森みたいに水属性の多いダンジョンには地属性のキャラクターを中心に編成して挑むのが定石。もっとも、初級ダンジョンであれば、SSRのキャラクター一体で相性の不利を覆してクリアできてしまったりもする。ガチャゲーにおいてレアリティは正義。

 悪霊の群れが発見された地区へ着くころには陽も高くなっていたが、樹々が鬱蒼としていて、夜明け前よりも暗い。遊歩はスマートフォンのフラッシュライトを点けて周囲を照らすが敵を発見できない。やはり現実の冒険は不便なものだ。豪語しただけあって、カーディナルはその点ではるかに優っていた。

「いるぞ。八体だ。中型が六体、大型が二体」

 彼女は虚空を指さす。遊歩にはまるで見えない。御者や従者は身を伏せる。敵は沈黙している。先制攻撃はこちらから、赤い炎が渦巻いて闇を切り裂いた。炎の輝きによって一面明るくなると、鈍感な現代人の目にも敵の姿を捉えることができた。

 青い肌で四角い大きな角のある、サイのようなモンスターがいた。カーディナルの先制攻撃が直撃して二体が倒れる。同時に炎は森を焼いて空から陽射しが差しこむ。四匹の怪獣と、それより二回りほど大きい二匹の怪獣がはっきりと視認できるようになった。遊歩が硬直している間にカーディナルは馬車から飛び降り、敵に突進していく。野生の獣より訓練された戦士のほうが獰猛だ。さらに中型二匹を斬りながら、大型の頭突きを紙一重で避けて、その角を踏み台に背中へ飛び乗る。大型怪獣の首筋に両手剣が深々と突き刺さった。流れるような手際であっというまに敵の数は半分以下に減った。ゲームでたとえたら範囲攻撃と通常攻撃の二回行動みたいな戦いぶり。この場面だけ見ていると、もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、とすら思われる。だがそうもいかない事情がある。敵を全滅させると、遊歩たちは急いでその場を引き上げた。

 今回、討伐へ来たのは積極的に精霊族を襲う悪霊が発見されたからだ。それ以外の、森に潜んでいる悪霊すべてを撃破するには、カーディナルでも到底体力がもたない。だから任務が終わったら早々に敵地からは撤退しなければならない。それがこの世界の現実なのだった。

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