第6話

 帰宅ラッシュで混みあう電車を降りて、駅を出る。

 遊歩は未だ夢を見ているような気分だった。

 アルバイトの面接を受けに行って、異世界の大使になって帰ってきた。

 現実味がある、ないという次元の話ではない。実際に体験したのでなければ、あまりにも突拍子がなくて、理解すらできなかっただろう。だが現実だ。彼の右手には青い金属の指輪が嵌められている。大使の証、ということだった。

 王宮前広場で演説を終えた後、遊歩はひとまず地球の自宅に戻ることにした。アルカナにも、そもそも、ずっと遊歩を魔法世界に引き留めておくつもりはなかった。地球と魔法世界の往来は容易だから『通い』で働いてくれればいい、ということだった。遊歩としてもそれはありがたい。大使様として丁重に扱われるとはいえ、向こうの世界では不便なことが多すぎる。永住するほどの勇気はない。

 夕暮れ。ちょうど腹もすいてくる。遊歩は牛丼屋に入った。

 注文を待つ間、スマートフォンを取り出してゲームを起動する。

 ARPEGIO――そのゲーム画面には何十ものキャラクターが表示されている。このうちの数人と、実際に出会い、会話し、触れもしたのだと思うとなんとも奇妙な感覚がした。しかもそれが一夜の幻でなくて、今後も続く新しい生活の一部なのだから、課せられた責任の重さを考えてもなお、気持ちの昂るのを止められなかった。

「イッチョーアガリ―」

 牛丼が運ばれてきた。

 これは向こうの世界になかったものだ。

 濃厚な味付けのされたジャンクフードを――たった十数時間しか離れていなかったにもかかわらず――生まれ育った世界の懐かしさを感じながらたいらげる。さあ、明日からはまた牛丼のない世界へ行くのだ。帰ったらそのための準備をしなければ、そんなことを考えつつ支払いをしようと財布を取り出して、そのとき気付いた。

「あっ゛!!」

 財布の中は空だった。

 店員が不審げにこちらを見つめる。

 そのとき遊歩が感じたプレッシャーは、大聴衆を前にしたときのそれにも匹敵した。

「……やっぱり向こうの世界に住もうかな」

 少なくとも、今月いっぱいはそうしたほうがいいかもしれない。

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