第43話 原罪と赦し

 マツリが喰われた――――。


 ゴクッと飲み込む喉の動きが見えた。


 すると、どうしたことか、ダイダラボッチの動きが止まった。


 先程まではっきりとした意思を持った目は、焦点を宙に漂わせて、ぼーっとしている。


「加茂部長。目標の動きが止まりました。一体……何が……。」


 現場班の一人が報告する。

 部長は淡々と言った。


「現状の分析は後で、今は、各自治体と連絡し避難誘導を行うのが先です。」


 部長は広範囲結界構築の指示と、住民避難のため、無線で土御門高能と話し合っている。


 分析もクソもない。


 ”助けたる?”


 ふざけたことを……。


 小堺は怒りで震えた。


「アホかぁ!!!!!! 助けたる? ガキが何粋がっとるんじゃぁ!!!! 誰が、誰が、助けてくれ言うたっ!!! ふざけんなよお前……、そんな、人身御供にやるためにっ、お前、守っとったんちゃうど!!?? お前、子供が……子供が黙って……犠牲になんか、なるなやっ!!!!!」


 小堺は力の限り叫んだ。

 叫びすぎて吐き気までする。


「マツリっ――――――。」


 小堺はその場でへたり込んで顔を上げられなくなった。現場班の2名が小堺を助け起こし、運んでいった。


 ダイダラボッチの体内に入ったマツリは、魂もその中に取り込まれた。


 喰われたんだから、痛かったのだろうが……一瞬すぎて、よく解らない。いきなり目の前暗くなったなと、思っていると……


 今度はただただ白くて、上も下も解らない。


 だが、目の前には姉上がいた。


 千年も、一つの体に押し込められたせいか、母含め11人いたはずが、一人の女の姿になっていた。


 じっと見ていると、顔が若くなったり、老婆になったりころころ変わる。


「姉上。母上。」


「亜子よ。千年もの間……よくもまぁ逃げ回ったものじゃな。」


「言い訳に聞こえましょうが、逃げてたわけではありませんよ。」


「あぁ。清明とかいうのが、庇っておったな……。お前は……あのまま、我らに食われる気でおったのか?」


「まぁ、朝廷がどうなろうが知ったことではなかったですし……。」


 マツリがそう言うと、姉達は眉を寄せた。


「気に入らぬ。お前の望みなぞ、叶えてやろうとは思わんのに……。しかし……何故じゃ?」


「何故?」


「とぼけるな。簡単に喰われおって。」


「お望みでだったではございませんか。」


「お前など……死んでしまえと何度思うたか知れぬ! のうのうと一人生き残りおって! だが……けして、囚われの身になりたいわけではなかった。恨めしい……。」


 彼女の目からドロドロと血の涙が滴った。

 真っ白な着物の衿が赤く染まる。


「全ては、この愚弟が背負いまする。」


「なんじゃと……?」


「姉上も母上も……自由になられませ。」


「お前を犠牲にしてか……?」


「えぇ。」


 マツリが返事をすると姉達の姿が揺らいだ。


「姉上!?」


「はぁ……、外で山の女神が騒いでおる。お前を飲み込んだゆえ、怒っておるのだろう。」


 ダイダラボッチの目から見える映像が、頭に流れた。


 髪を振り乱し、剥げかかった白粉を気にする様子もなく、掴みかかり火の玉を連射している。

 ここは琵琶湖の湖畔で、浅井比売命あさいひめみことや黒龍の庭だというのに……。


「しょうがねぇな。このままじゃアイツ、琵琶湖の底に沈められちまう。」


「助けるのか?」


 姉達は意外そうにマツリを見つめる。


「女の贄なぞもうこりごりしてるもんで……。」


「千年経つとは……恐ろしいものじゃ。」


「えぇ。姉上や母上を解き放つまで、随分待たせてしまいました……。輪廻転生を果たし、次こそは福多からん事を、全身全霊を持って願い奉りまする。」


「次か……。亜子よ……。そなた、今生で幸せであったか? 生まれてきて……良かったと思うたか?」


 この問にマツリは、すぐ答えられなかった。


「…………。解りません。しかし、失うことを恐れるものはできました。」


「そうか。お前を飲み込んで解ったが……、お前、我等が贄にされたあの日、泣いておったのだな……。」


「えぇ。愚かでした。」


 マツリが頭を垂れて言うと、姉上達の体から火が上がった。


 反撃もせず動かなかったらから、ダイダラボッチの体に火がついたのだ。


 仕方ない。ちょっと女神には静かにしてもらおう。


 マツリはダイダラボッチの体の支配権を奪い、女神をはたき落とそうとした。が、


 腕を掴まれ、姉上達に止められた。


「姉上……。消滅してしまいます。お離しください!」


 ところが姉上達は離さない。

 そして言った。


「なるほど。仏式ではこうするのか……。」


 !? 一体何を……。


『オン アボキャ ベイロシャノウ  マカボダラ マニ ハンドマ  ジンバラ ハラバリタヤ ウン』


 姉達は智拳印を結んで唱えた。

 途端に、まばゆい光が炸裂し姉達の声が聞こえた。


「御仏の導きなど、父上が激怒する……。」


 うふふふふふ。あははははは。


 姉達は笑った。


 外では、ダイダラボッチが突然発光したので大騒ぎである。


 加茂部長や土御門高能達は、慌てて結界構築を急いだ。


 間に合わなかったら、そのへん吹き飛ぶか、呪いで汚染されるか……。


 ダイダラボッチが形を失い膨れ上がる。


 これは、破裂するのか!?!?


「結界完成しました!!」


「気を抜くな維持しろ!!!」


 皆固唾をのんで衝撃に備えた。


 そして、マツリは最後に言われた。


「千年も逃げ回って、今更逃げるなど許さぬ。今度はちゃんと生きろ……。」


 大きな金色の光の柱が立った――――。


 ダイダラボッチは消滅した。


 そして、急ごしらえとはいえ、高度の呪術を用いて構築した結界が、突然、ラップのように簡単に壊された。


 当然だが、山の女神にこんなことはできない。


 何事かと騒然となり、


 小堺の前に、


「オッサン。泣いてんの? ヤクザ顔で泣いてたらみっともないでー。」


 と、いつもの調子でマツリが現れた。


「………………え。おま、お前、生きとったんか?」


「あぁ……。うん。」


 小堺は泡吹いて倒れそうになった。

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