第38話 父と息子
ダイダラボッチ出現4〜3日前。
安倍雅貴は斎藤永愛を捜索しているが、難航していた。
斎藤永愛が大阪市内の病院で診察を受けていたことまでは調べがついている。しかし、その後の足取りがつかめない。
「申し訳ございません。」
と、腰を折る部下の頭を見ながら、雅貴は少し考えながらこう言った。
「ミイラ取りがミイラになったかもしれないな。」
「は?」
「息子に裏切られたかもしれない。」
「どちらの?」
翔馬か芳寿か……。
「芳寿の監視を強めろ。」
「芳寿君ですか!?」
信じられないという顔で見る部下。
気持ちは解らなくもないが……。
「斎藤永愛が病院に運ばれたのは恐らく、完全憑依による身体的な症状が出たため。だとしたら……霊障祟りの専門医が必要になる。我が家が特に秀でた分野だ……。まだ学生の翔馬ではすぐ足がつく。なら……。」
「なるほど。確かに。では……。」
部下は一礼して足早に去っていった。
雅貴は立ち上がり、窓を眺めた。
「全く……。親子とは厄介なものだよ。」
と、ぼやいて自らの若かった頃に思いを馳せた。
自分も、若い頃は家の跡を継ごうなど思っていなかった。
結婚も面倒で、相手の方から諦めてもらおうとしたこともあったが……結局無駄な足掻きだった。
自分が家に縛らるのがうっとおしくて、家庭を蔑ろにした自覚は十分にある。
それなのに、安倍をより強く、より大きくすることには心血を注いだ。また、そういったことは元来得意であったから、夢中になれたのだ。
確かに、私の父の、私を当主に相応しいという見立ては、正しかった。
しかし、この家も限界を迎えているのではないだろうか?
利権を巡って、切り崩そうと狙う敵も増えた。
大きくなりすぎたのだろうか……。
この厄介な荷物を、息子に押し付けようというのだ。自分は逃げたくて悪あがきしていたのに、息子には弱みまで握って、逃げられないようにしている。
我ながら最低だ。
だから、せめて、息子がどこまで反抗するかは解らないが……。
その時が来たら、大人しく引導を渡そうと思う。
その頃、息子の翔馬は、密かに高能や芳寿と連携を取り合っていた。
それと同時に、斎藤永愛、彼女がいなくても対処できる方法を必死に模索していた。
本来ならこちらの方法を取るべきなのに、父が頑なに嫌がる理由は、“安倍至上主義”によるものだ。
もし、この方法を取るならば、安倍は他の家や組織の手を借りなければならない。
それを許しがたくて、大駒として斎藤永愛を手に入れたがっているわけである。
それにしても、高能はともかく、芳寿が協力してくれるなど……。意外である。
なぜなのかと聞けば彼はこう答えた。
「彼女に実際あってみた。すごいね。滅茶苦茶やったわ。」
と、笑みをこぼした。
「そうですか。僕も姿を見ただけなんで、一度話してみたいです。」
翔馬がそう言うと、
「そうだね。デートにでも誘ってみようか?」
「振られるのでは?」
「ひどいなぁ。」
「おかしいなぁ。僕ら、こんなふうに話すん、初めてなんとちゃう?」
「本当に。」
本当に初めてだ。
こんな兄弟らしい会話……。
そうして、芳寿は病院に出勤する前に仮眠を取ろうと、自分の部屋に帰っていった。
その途中、廊下の窓から立ち往生している天狗を発見した。
天狗がこんなところで何をしているのか?
強固な結界の他、目眩ましの呪法まで用いた安倍家は、妖怪や下級の神には姿かたちも見えないはず……。
芳寿は、家の門を出て、後ろから天狗の彼に声をかけた。
「天狗がここで何をしているんかな?」
天狗は少しムッとしたが、ヒラリと人形が芳寿の手に落ちると、
「おぉ。お主であったか。小堺なる者が申していたのは……。」
と、態度を軟化させた。
「小堺さん? 知り合いなの?」
「うむ。ダイダラボッチのこと聞きつけ、マツリ殿が、あの蘆屋道満の末裔であったらしいでな。我らは仲間の恩を返さんと、馳せ参じたのだ。小堺からは、お主の顔と名を覚えよと言われておる。小僧、名を教えい。」
すると、芳寿は、少し笑って言った。
「僕は安倍芳寿だ。小堺さんに言っておいて“最高のタイミングだっ!”……て。」
わかっているような、わかってないような、天狗は眉根を寄せ返事をした。
「ふむ。承知した。」
天狗は、翼を広げ飛び去った。芳寿は踵を返し、翔馬のところへ戻った。
そして、猫魈が日本を去る前に、下級だが神様連中に“ダイダラボッチが起きよるで!”と、警告を発して回ったため、近畿全域の妖怪達や下級神が大移動を始めていた。
そんな中、山神の眷属神である女神が一人、逆を向いて走っていた。
「あぁ……! あぁ……! 道満よ! 我が君! 千年の約束、果たしてもらおうぞ!!」
キャハハハっ! と、はしゃいで駆けていった。
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