第35話 道満と清明の長い一日 弐

 牛車は、都の東北へ進んだ。

 ダイダラボッチのすぐ脇を通り、近江のうみを少し超え、草生くさむしたそこに、白い直衣のうしを着た老人が立っている。


 禿げ上がった頭、落ち窪んで目玉が落ちてきそうなギョロ目、ミイラにした人間の頭をいくつも繋げて、首に下げている。


 老人はニィィと笑い言った。


「亜子よ……。我が息子。父のために帰ったか。」


 そういった瞬間、嫌でもわかってしまった。


 コイツが……。


 この糞爺が自分の父親だと……。


 そう思ったら、全身総毛立つような嫌悪感が走り、怒りやら、悲しみやら、憎悪が、沸騰した湯のように湧いてくる。


「……………ろしてやる……。」


「殺してやる―――――!!!!!」


 歯を食いしばりすぎて歯茎から血がにじむ。


「臨。」……「兵。」……「闘。」…………。


 今までにないほど、殺気を込め早九字を引こうとしたが……。


「清明っ!!!」


 清明に邪魔をされた。


「ならぬ!! 今あの爺を殺したら、ダイダラボッチの繰糸が切れる!」


 すると、老人が叫んだ。


「亜子よっ!!!!!! 孝行せよ!!!! お前のために死んだ姉達と母が哀れと思わんのかっ!!!!!!!!!!」


 それを聞いたとき、


 何かが繋がった気がした。


 そして、時を同じくして、ダイダラボッチが、


 目覚めた。


 大きく赤い充血した目を、パカぁと見開き、天を仰ぎ、咆哮した。


 大地と空気は振動し、森の獣と妖怪たちは一斉に逃げた。


 道満は、思い出した。


 山伏達と出会う前の自分を……。


 俺は確かに、


 亜子だった―――――。


「くっ!! 記憶を呼び戻され、ダイダラボッチに魂が引っ張られておるのか!! 道満!! しっかり気を持て!!」


「ノウマク・サマンダ・ボダナン・バン! ジャク・ウン・バン・コク!! えぇい!!!」


 清明は道満の背に真言マントラを叩き込み、引っ張り戻そうと気合を入れた。

 しかし……、


 老人の影が伸び、影から痩せた女達が道満の体を掴んだ。


「許さぬぅ……。亜子ぉぉ。」


「姉上……。」


 うわ言のように道満が呟く……。


「たわけっ!! いつもの強情はどうしたというのだっ!!!」


 この時、道満は揺れに揺れていた。


 目の前の糞ジジイなどどうでもいい。


 自分が愚かだったばかりに、苦しいばかりの生にしてしまった姉達。


 のうのうと生きてていいはずが無かった……。


 糞ジジイが高らかに笑っている。


 あはははははははははははははは!!!!!


わっぱ共めがぁ!! 我等の血に敵うと思うてか!!!!!?」


 清明としても計算外だった。道満がまさかここまで、父の方はともかく、姉達に強い悔恨の執着を持ち合わせていようとは……。


 いや―――。今思えば、何ら不思議ではなかった。


 だからこそ人間を嫌っていたのだ。


「道満! 頼むから諦めるなっ! オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ……。」


 取り憑いた彼女等を退けるため真言を唱え続けた。


 そして、道満の意識が浮上した。


 父親の顔を見てニヤッと笑った。


「お前みたいなアホには解らんだろ。」


「何……!?」


 父親は口元を歪め怒った。


「道満、お前、何をする……!?」


 清明は悪い予感がした。


「血の力……。そういや俺には血の力があったな?」


「亜子!!! そなたっ!! 何をする!?」


 父親は信じられないと、戦慄いた。


『我が手は刃……。我が罪許し難きにて、命捧げ賜る。女共解き放つ。』


 それを聞いたた途端、彼に取り憑いていた姉達は顔に満面の喜色を浮かべ、獣のように大口を開けけらけら笑い始めた。


「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


 悲鳴に近い父親の声、


 ぶしゅっ……と肉を割く音、


 喜び狂い喰らいつこうとする鬼女共、


「道満!!!!!」


 清明は、清めた塩を撒き鬼女共を防いだ。


 弟をすぐに喰えないと解ると、女共は踵を返し、父親に向かった。


 叫ぶまもなく父親は屠られ食い尽くされた。


 父親の首から下げられていた首は、中を浮き、繋いでいた糸を切り、ダイダラボッチに入った。


 道満を喰うために。


 ズシンっ……ズシンっ……ズシンっ……。


 清明は袖を引きちぎり、道満の腹に押さえつけた。みるみるうちに赤くなる。


「道満っ!! なぜだ!!」


「へ……。ザマミロ。」


「急急如律令。太山夫君、蘆屋道満的靈魂交給南都聖君、讓他在一千年後復活。」


 清明は道満の血を使い、彼の能力を一瞬だけ使った。


「てめっ……人のモンを勝手にっ!!!」


「千年! ダイダラボッチを抑えてみせる!」


「はぁ!?」


「その時、本当に、人間の価値がないのか!! 見極めてくれ。」


 ここで終わった。


 千年。


 マツリは目覚めた。


 病院のベッドの上だった。


 マツリはため息を吐き言った。


「人間の価値って……えらい大層なこと言うてんな、清明……。」


 マツリは起き上がった。


 頭の中には小堺が浮かんでいた。


「オッサン助けたらな……。」


 そう言うと、病院の窓から飛び出していった。


 新年を迎える夜明け前、まだ闇夜が支配している。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る