第34話 道満と清明の長い一日 壱
京の都の東北に、ダイダラボッチが現れた。
只人には見えず
落雷や火災、旱魃に洪水の繰り返し、などである。
ダイダラボッチは目をつむり、ずっと膝を抱えている。
体の表面は黒く、体毛は薄く、頭は大きくて、赤子のような体型だが痩せこけて骨ばっている。
遠目で見れば巨大な山に見えるそれ。だが、時折、赤子の胎動のようにわずかに動く。
勿論、見鬼の才をもつ者ばかり集められている陰陽寮では大騒ぎであったが、外部に漏らすなと、箝口令が敷かれた。
都合良く藤原氏は、菅原道真の祟と信じ込んでしまっていたので、公にもそうですと言う事にしておいた。
それにしても、あの根っからの学者肌である菅原道真が祟るわけがないのに……。
悪霊に
というか、蓋を開けてみれば同族同士で呪い合っているのでは? という疑問すら浮かぶ。
しかし、このことがあって、もう故人とはいえ菅原道真の名誉を復活できたのは幸いであったと
気骨ある素晴らしい学者であると、惜しまれての左遷であったのだから。
しかし、賀茂保憲は憂鬱に東北の空を見上げた。陰陽寮からでもあれの頭が少し見えるのだ。
「清明め。どうするつもりなのか……。」
清明の話では、あれをどうにかするアテがあると言っていたが……。
その頃、清明は道満を邸に呼び付け酒を酌み交わしていた。
「昼間っから酒とは……お貴族様らしいじゃねぇか……。てめぇの同僚は、デカいののせいで、な~んもできねぇだろうに、家にも返してもらえねぇだろうに……いいご身分だぜ。」
道満はいつもの嫌味を言った。
清明は涼しい顔して、
「あんな出鱈目なものが目の前にあったら、飲まずには居られんだろうよ……。」
と返事をした。
「おい。」
「まさか、酒の相手だけに呼んだんじゃねぇだろうが……。とっとと本題に入れ。」
「やれやれ、せっかちよの……。では……、あれを見た時、そなたの顔に似ておるなと思うてな……。どう思う?」
「…………。何が言いたい?」
“いちいち勿体つけやがって、相変わらず腹の立つ💢”
と、いらだちを隠そうともしない道満であったが、あれには何かしらの繋がりを感じていた。
今朝の明け方未明に、あれは出現したのだが……。
その時、ふと何者かに呼ばれた気がした。それも聞き覚えのある女の声で――――。
ただ、祈祷師や山伏達と暮らしていた頃の幼名ではなかった。
纏わりついて重い、濡れた着物のようにべっちょりとして底冷えするような声だった。
道満はその声を思い出して苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、盃を干した。
「私は……。」
清明が口を開いた。
「私は、長い間、自分は“何者だろうか”と疑問に思っていてね。血筋を調べたが、何も分からなかった……。ねんごろにしている、狐共のねぐらの破れ寺で、偶然にもその足跡を見つけることができた……。その寺は物部氏に関連していた。寺等では無かったのだ。寺に見せかけた拠点と言おうか……。」
「お前もけったいな奴だ。狐と酒をかっくらうなんざ……。猫のほうが話になるだろ。」
「あぁ。猫は人に近いところで生きているからね……。我々をよく知っている。」
「それで、見つけた私の足跡なんだが……母は物部氏の末裔だったようでね……。逃げてきたらしい。」
「そうかい。落ち延びて何よりじゃねぇか。」
「あぁ。それでね……。最近思い出したんだよ。母はね……いつだったか、“結局逃げられなかった。”と、言っていたんだ。」
「あ? 逃げ延びたんじゃねぇのか?」
「父の事かと思っていた。でも、違った。」
「母以外にも逃げた仲間がいた。」
「回りくどいっ!! それが何だってんっだ!!」
「正確には私の祖母の代になる。」
「はぁ!?」
「あれを作り始めたのが……。」
と、東北の方を清明は指差した。
「ダイダラボッチというのだそうだ。」
「この性悪。最初から知ってたのか!」
「いいや? 点と線が繋がったのはつい最近のことだ。だからお前を呼んだ……。」
清明はそう言うと、クイッと盃を空けた。
「……。オレになんの関係があるってんだ? あれを創るのは、相当に手間がかかったろうに……オレはそんな面倒ゴメンじゃわい!」
「お前が作ったなど思わないさ……。」
「ただ……。お前そのものではないかと感じてな。」
「……違うだろ。」
「ならば、確かめに行こうではないか……。」
清明は立ち上がった。
すると清明の邸に憑く妖怪共が牛車を用意する。
「さて、終わらせに行こう。」
「はいはい。」
と、道満は面倒くさそうに返事をした。
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※1:幽霊、妖怪などを視認できる能力。
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