第33話 過去との邂逅

 ダイダラボッチ出現5日前の朝の事――。


「マツリ! おはようさん。」


 応答がない。

 いつものことだが……。

 しかし、この時、小堺はイヤな予感がして何度も声をかけた。


「マツリ! マツリ! マツリ!」


 一向に返事がない。

 ついに、小堺はマツリの部屋に入った。

 すると、


 マツリは上半身がベッドからズレ落ちた状態で、倒れている!!


 小堺は慌ててマツリを抱き起こし、病院に担ぎ込んだ。


 診断は……。


「特に異常は認められません。寝ているとしか……。」


「そうですか。」


 小堺は一先ず診断を聞いて安心した。


 しかし、


 そうなると、思い当たる原因は一つしかない。


 マツリに憑依した、蘆屋道満――――。


 この場合、霊障や祟専門の医者に見せた方がいいが、


 この専門に強いのがよりによって安倍家。


 そこの専門病院に入院させたとして、何をされるか解らない。


 しかし、このままではマツリは衰弱する。


 小堺は電話をした。土御門高能に。


 すると、土御門は15分程で病院に到着した。


「ご連絡ありがとうございます。とりあえず、彼女運びましょうか?」


「はい。すんません。ありがとうございます。」


 小堺は軽く頭を下げ、毛布です巻きにしたマツリを担いで車に乗った。

 土御門は出発前、電話で誰かと話していた。すると、突然声を上げた。


「え!? でも、芳寿君は……。…………はい。……いや、でも……、解りました。」


「何かありました?」


「あぁ。いえ……。断っておきますが、雅貴さんには言っていませんよ。」


「え?」


 小堺は少し驚いた。


「親子って、厄介なものですよ……。うちの場合特に……。」


「はぁ。」


 よく解らない。が、

 土御門高能は敵ではないようで小堺は安心した。


 やがて車は、少し大きめの総合病院に入った。

 表向きは心療内科を掲げているそこは、霊障・祟りの専門内科であり、医師は、安倍芳寿である。


「小堺さん。はじめまして、安倍芳寿です。マツリさんを診察しますので、診察台にお願いします。」


 と、マツリを寝かせた。

 一通りの診察を行い、伝票を出して、採血、レントゲン、spect検査とか言う脳の血流を調べる検査を行った。


 病院に担ぎ込んだのが朝の10時、検査終わって今、午後の2時。そして、診察室に呼ばれ芳寿から説明を受ける。


「マツリさんは、今、浅い睡眠をずっと続けている。脳に活発な活動を認められるので、恐らく、夢を見ていると、思われます。」


「夢? それは、道満の?」


「えぇ。恐らく。一応確認しましたが、その他の呪いの痕跡は見られませんでした。ですから、脳に直接作用する何者か……。憑依に成功した証でしょう。しかし、ご存知だと思いますが……。」


「憑依されて、本人も憑依する側も無傷じゃすまん。完全な憑依は禁忌やと……。」


 小堺はこう言って拳を結んだ。そして、


「後は、アイツの……根気頼りっちゅうことですね?」


「残念ながら……。こちらで入院お預かりはできますが……。」


「それはっ……!」


 小堺は安倍家にバレるだろうと、断ろうとしたが、芳寿が言った。


「カルテを岸田に変えればいい。後は高能兄さんに頼みますよ。」


 と、言った。

 小堺は面食らった。


「そっそないなことしたらっ! アンタ! 医者……辞めやなアカンようになってしまう!!」


「勿論。解ってますよ? まぁ、バレたら、アメリカにでも逃げようかなぁ?」


 と、随分呑気なことを言っている。これには高能も驚いた。


「良いんですか? 安倍家の当主は!?」


「兄さんなれば?」


「あ……遠慮します。」


 すると、ブハハハっと芳寿は笑いだし言った。


「も~っ……兄さんまで要らないときたよ! 父さんの努力は報われないねぇ……。」


 そう言って笑った芳寿の顔は穏やかに見えた。何か解らないが、彼に心境の変化があったようだ。


「……。芳寿君。アメリカに行くならご一報を、日本総領事館の知り合いを紹介しますよ。」


「心強い。」


 二人が兄弟らしく打ち解けたのはこれが初めてだった。


 そして、マツリはここで入院預かりとなり、芳寿はマツリのカルテの斎藤永愛を、岸田永愛に改ざん。芳寿はマツリの名字を岸田に戻す手続きを行った。

 これで、しばらくは隠せる。


 小堺は一旦家に帰り、出社するまで少し仮眠をとった。


 一方、マツリは以前、道満の過去の中をさまよっていた。


 道満の目線で、彼が見ていた景色をずっと見続けている。

 そして、彼のその当時の感情も流入してきて、非常にキモチワルイ。


 少年の道満は、慟哭し続け、遂には声も枯れ、枯れ草の上に力なく倒れた。


 どういう訳か、右半身が針刺すように痛い。


 痛みで気絶もできず、倒れていると、


 山伏が足を止め声をかけた。


「坊主! 生きてるか?」


 顔に手をかざされ息を確認した。


「生きてはおるの……。」


 そして、体を仰向きされ、ややっと声を上げた。


「いかんな。祟られておる。」


 そう言うと、担いで何処かへ連れて行かれた。


 目覚めると……、


 梁がむき出しの藁葺の天井が見える。

 横に顔を向ければ、山伏が数人囲炉裏を囲んでいた。

 それをボーっと見ていたら、山伏の一人が気づいた。


「おぉ。目ぇ覚めたか。片耳と片目は助からんかったが……命あっただけでも、ありがてぇ思え。」


 と、慰めるように頭を撫でた。


「ところでオメェ……名は?」


 そう聞かれて、少年の道満は、自分が何も覚えていないことに気づいた。


「……解らねぇ。」


 そうかと山伏は呟いたきりだった。


 少しして、道満は、“捨て”と山伏に適当な名をもらい、彼等と暮らしていた。

 そして、“心眼”の能力に目覚め、術師として瀬戸内近辺の村々を回り、食うには困らない程の生活をしていた。


 河童共の悪戯に少々灸をすえたり、街道筋に住む鬼を蹴散らしたり、旱魃を予言し水脈を教えたり……。


 この青年期から壮年期の道満は、一番幸せに暮らしていたようだ。


 ところが、この頃から、道満は貴族のお召が増え、やれ“人を祟り殺せ!”それ“呪い返しをしろ”等、煩い貴族に煩わせられる。


 嫌になった彼は、瀬戸内周辺から更に範囲を広げ根無し草をするようになっていった。


 そして――――、


 安倍晴明に出会う。


 最初、何故清明が自分のような貴族から逃げ回って生活する、奇人変人に興味を持つのか、さっぱり解らなかったが、


 物部氏の関連しているようだった。


 そして……。


「道満よ。そなた、もそっと人に興味を持て。」


 と、口癖のように言われ続けた。


「うるせぇ。その“人”ってのはお貴族様のことかい? 虫を可愛がる方が得が高くなりそうだな。」


 と、よく毒づいていた。

 すると清明は、


「頑なもいい加減にせよ。貴族ばかりではない。人をそんなに忌み嫌うな。聖人君主ばかりの世の中ではつまらんだろう……。愚かな人こそげに面白いものじゃ。」


 と、薄く笑う彼を、


 “とんでもねぇ性悪だっ!”


 と、道満はいつも睨んでいた。


 “このまま扱き使われてたまるかっ!! そのうち逃げてやる!!”


 と、月日は流れ行き……。


 が現れた。


 その当時、牽制を振るっていた藤原氏は、自分達が追い落とした菅原道真の祟と信じて疑わず、清明もそれを否定しなかった。


 あの時はそのほうが良かった。


 藤原なんて業突く張りがを知ったら、同じのを作れと言い出しかねなかったからだ。


 ダイダラボッチ。


 俺と清明の長い長い一日が始まった。








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