第32話 ダイダラボッチの出現

 その日、明け方未明に地震が発生した。


 震度5弱、揺れは一瞬だったが、余震が幾度か続き、朝の元旦特番は地震特番へと早変わりした。


 テレビをつければ、女子アナが振り袖ではなく、レディーススーツを着て、淡々と原稿を読み上げる。


 しかし、特殊対応事案を請負う各省庁と、地方委託会社にとっては今更である。

 正月前から臨戦態勢を整え、宮内庁、厚生労働省、地方の委託会社、(有)土師清掃含め5社が、安倍家所有の晴明塚・道満塚の守りを固めていた。


 一体どう対応するのか、安倍が専有して身動き取れない中、安倍家の坊っちゃんが現れた。


「皆さん。お力添えをお願いします。安倍家単独では事を収められません。今までのこともあろうかとは存じますが、どうか溜飲を下げて、お力をお貸しください。ことが終われば納得の行くまで、の私が受け止めます。どうか……今は……。」


 彼は深々と頭を下げた。その後ろで彼の兄も一緒に頭を下げている。


 今にも、ダイダラボッチは出現する。そんな時に、迷う暇などない。


「解りました。後で覚悟しておいてくださいよ?」


 そう言って、手を差し伸べたのは、各所の連携をとっていた加茂雅史だった。


 ドンッ………!!!!!!!!!!!!


 大きな揺れが襲った。


「時間がありません。急ぎましょう!」


「えぇ!」


 そこにマツリの姿はない。

 彼女は今だ、醒めぬ夢の中で昏睡している。



 ダイダラボッチ出現5日前。


 マツリは、朝、起きようとベッドに手をついた瞬間……。

 ぐぐぐぅっと、なにかに全身引っ張られて暗い何処かへと、引きずり込まれた。


 瞬き一つすると、空が見えた。


 背中が冷たい。


 石を組んで作った祭壇に寝かされていた。


 その横で白装束の烏帽子のジジイが大幣おおぬさを振り儀式をしている。


 辺りを見ると、


 痩せこけガタガタ震える……女? 髪は白髪交じりで、肌には深いシワが刻まれている。


 年寄りなのだろうか?


 その割に、目が、こう、爛爛として力強い。ヨボヨボしてない感じ?


 だから、こう……奇妙な感じがするのだ。


 そういう感じの女が11人祭壇を取り囲んでいる。


 何をするんだろう? と不思議に眺めていると、腕に鋭い痛みが走った。


「痛いっ……。」


 烏帽子のジジイが腕をナタで切った。

 血を皿で受け、ある程度貯まると、血を盃に分け11人の女達に飲ませた。


 そして、採った血で「右耳」「左耳」「右目」と、体の各部分を紙に書いて、女たちに貼り付ける。


 そして……。


 女達は殺されていった。

 首を撥ねられ、瓶に首を収められ、その度に彼女らの血を飲ませる。


 逃げたいし、キモチワルイ。


 なのに、体が言うこと聞かない。


 それに、女達は何故か自分を酷く睨む。


 殺した相手のように。


 そして……、いよいよ、最後の一人。


 額の張り紙には「胴」とある。


 その人が、いきなり立ち上がり叫んだ。


「逃げなさい!!!!!!」


 途端に体が動いた。


 目から涙が出る。


 後ろで断末魔が聞こえる。


 きっと殺された!


 あれは! あれは! …………。


 母上……。


 その時、色んな気持ちが湧き出た。


 でも、ソレはマツリのものじゃない。


 “俺が生まれたからっ!!”


 “俺が男だったから!”


 “俺が……馬鹿で……、”


 “何も知らないから!”


 “俺が……弱いから!”


 “死んじまった!! 殺された!!”


 “俺のせいだ!!”


 走って、走って、人里も抜け、誰ひとりいぬ荒野に、


 あああああああああああああ嗚呼ああっ!!!


 と、少年は慟哭をあげた。


 あぁ。 なんと言ったらいい!?

 許しを請うのも、罪深い!!


 酷い悲しみ、憤り、


 彼の記憶が流れてくる。


 殺された彼女らは同腹の姉達だった。


 父親に言われるまま、手を上げ、鞭を振るい、口答えを許さず、虐待した。


 それは全て、今日の儀式のため、恨ませ、怒りを増幅させ、呪うため。


 知らなかった。何も……。


 だから俺は罪深い。


 道満――――。


 彼だ。


 これは、ダイダラボッチの呪いの一部始終。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る