第31話 接触

 学校が冬休みに入った。


 あれから、安倍とかがえらい騒いどる、ダイダラボッチがどうしたこうしたは、今んとこ聞けへん。

 小堺のオッサンも何も言わんし……。


 慶沢園には行っていない。

 

 オカンは国替えする言うてたから、今居てへんやろうし、日本におる中国人から、見込みがありそうなんを物色しているところやと思う。


 妖怪を直ぐ選ばんかった――――。


 見切りつけられること解ってたけど。


 日本が滅ぶとか、どーでもえぇけど……。

 オッサンを見殺しにはでけんくらいは、“情”っちゅうもんが、あったんやな。


 帰るところ一つ無くして、寂しい気はする。でも、悲しいとかはない。

 

 もう、膝を抱えて泣く子供やないと、実感した――――。


 冬休み入って拝み屋業を再開した。


 ロッカーには、2件依頼が来とった。


 まず1件目。


 ポルターガイストをなんとかしてくれとかいう依頼。


 いつも通り、ホームレスを雇て現場行く。


 そしたら、犯人はピクシーやった。


 聞けば、家に憑いてる白蛇に追い回され、家中を逃げ回っとったらしい。


 食器棚の上でビクビクと震えていた。


 ヨーロッパの妖精のピクシーが何でいるかというと、輸入家具に取り憑いていたのだ。


 この妖精も家運が良い家を好むので、金の匂いプンプンのこの一家に惹かれて、家具を買わせたものの、先住の白蛇に殺されかけた。


 迂闊なアホ。


 そこで、屋移りさせることに……。


 場所は大阪市の住友銀行本店。


「こいつぁいい!!」


 と、ピクシーは大喜びで、中に入っていく適当な人間に取り憑いて、デカくて古い建物の中に入っていった。


 ここにも先住のレプラコーンがいるが、奴らは金が好きでケチなだけだから大丈夫だろう。

 多分……。


 そして、2件目


 自殺が絶えへんとか言うアパートの一室。


 オーナーを名乗る若い兄チャンが、アパートのエントランスで出迎えよった。


 当然、いつものように、ホームレスに拝み屋役をさせてる。

 なのに……。


「そちらは? 拝み屋さんの助手?」


 と、気さくに話しかけてくる。


 あり得ない。


 ウチに頼んでくるんは、他所ではどうにもならんヤツしかない。

 大抵はお通夜みたいな雰囲気で、余計な詮索なんかしてこうへん。


 それを――。頭のねじ切れたキチやなし。

 コイツ。なんや一体……。


 マツリは警戒して男を睨みつけた。


「そんなこと聞いてどないすんねん?」


「聞いたアカンの? ごめんね。」


 男は眉尻を下げ謝った。

 見た目には、さも申し訳なさそうに謝っているようだが、マツリはそう思わなかった。


 そこで、心眼で男を読む。すると、


“彼女の能力は何だ?”


“どうして父さんは彼女に執着しているんだ? 能力が欲しい? イヤ、だったら奪えばいい。道満の血筋になんの価値があるんだ? ”


 ほー……。

 コイツ、安倍の兄チャンかい。


 しかし、父親とは違って間抜けである。

 何を仕掛けられるかわからない相手に、結界一つなしに接触してくるなど……。


(相手アホすぎて)どうしようかと、迷っていると、


「マツリチャン! 手伝てつどうて!」


 と、雇ったホームレスからSOSが出され、


「はーい。」


 と、行った。


 すると、一室だけ黒くくすんだドアがある。

 ホームレスは、ほぼなんの能力も持たない爺さんを引っ張てきているが、足がすくんでいる。


「センセ! 早よ行きましょ!」


 と、小突いて進ませた。

 開けると、


 むぁっ……


 と、重くへばりつくような空気が流れてきた。


 はーっ……キモ。

 この感じ、女かな?


 と、思っていると、廊下の奥、スカートらしきものがヒラッと揺れた。


 いた!

 簡単に出て来よった!

 何人か取り殺して、自信過剰になっとるな?

 直ぐ、払える!


 マツリはニヤッとした。


 ホームレスの体を影にして、手首を。見られないように両手をポケットに隠し、マツリの2つの手首は蜘蛛のようにソロりと壁を伝って奥へ行った。

 すると……、


 キャァァァァァァァァァァァァァァっ!!!


 と、女の叫び声が上がった。

 部屋の奥に行くと、


 2つの手首が女を引きちぎっていた。


 ホームレスは何も見えていないはずだが、顔色が悪い。今にも吐きそうだ。


 そして、安倍の兄チャンもドン引きしてる。


 手首はギリギリギッ、ベリッ、バリッと女を真っ二つにして、女は


 アガァァァァァああああ嗚呼ああっ!!!


 と、真っ黒な目ん玉から血を流して消えた。

 後は浄化しておしまい。

 ここで、ホームレスに


「センセ、終わりましたか?」


 と、終わりを意味する質問をした。

 ホームレスは決めた通り、


「終わったで。マツリチャン。後始末しといて。」


 と言い。

 安倍の兄チャン連れてアパート出さした。

 安倍の兄チャンは残ろうとしたが、


「作業の邪魔です。」


 と言われて渋々出ていった。


 マツリは自分の手首を元に戻すと、手にこびりついた残穢を伊勢の五十鈴川の水、塩、酒で作った浄化水で洗い流した。


 部屋にこびりついた残穢は、悪魔の奴からもらった地獄の火で燃す。


 ちょっとランタンの隙間を開ければ……


 ごうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!


 と部屋中の穢を喰い、女の怨念の残りカスが悲鳴をあげた。


 これで浄化完了だ。


 アパートを出ると、安倍の兄チャンが待ち構えている。


「ねぇキミ。驚いたよ。滅茶苦茶だね。いつもこんな感じなの?」


「相手は選んでる。死んだ女一匹、大したことあらへん。」


「アレを大したことない……。そう……。」


 安倍の兄チャンは、最早呆れを通り越して諦念した。

 そして……、


「キミからしたら、僕達は心底馬鹿みたいに見えるかな……。」


 と、零した。

 ホントどうでもいいが……、


「ダイダラボッチ……。封印もう解けるの?」


「やっぱり、気づかれてた? もしかしてキミ本当に心眼持ってるの?」


「そんなもん無うても気づくわ。依頼人が気さくとか有り得へんし。」


「あぁ。そうか。気づかなかった。」


「で? ダイダラボッチは?」


 と、問い詰めると、ふぅとため息一つはいて答えた。


「天文観測の読みだと元日の年明け前後らしいよ?」


 聞いておいて何だが……。


「えらい素直に答えるんやな?」


「…………。やっぱりキミ心眼持ってるんだね。僕が嘘付いてないって直ぐ判った。」


「あぁ。欲しいんやったらやろか?」


 マツリがニヤッと笑って言うが、安倍の兄チャンは首を横に振った。


「遠慮する。とても僕の手には負えない。ところで……。」


「ダイダラボッチを気にするということは……特殊対応対象を処理する気があるってことだよね? 危険だよ? 死ぬかもしれない。 そこまで頑張る理由って何?」


 安倍の兄チャンが真剣な顔で見てきた。

 マツリは逡巡し、


「天狗の……僧正坊のジジイが言うとってん。得難きものがどうたらって、それあったら、死んでも構わんとか抜かしとってな。アホなこと言うとるわ〜て、思たけど、なんとなく納得もした。だからかなー……。」


 と答えた。


「そう。」


 暫く黙ったまま、二人は漠然と空を見た。


「寒いし、帰ろうか……。」


「あぁ。」


 二人は別々の方向へあるき出した。


 この時、安倍芳寿にはある決心が宿った。

 新たな一歩を踏み出すために――。















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