第30話 安倍家

 安倍雅貴は、息子を部屋に呼んで訊ねた。


「どう思う?」


「どうって……。無理でしょ。」


 息子の翔馬は渋い顔をした。


「ふーむ。箱が先に彼女の手にいってしまったのは不味かったな……。しかし……。」


 雅貴は不敵に笑みを見せ言った。


「古式ゆかしい手法を使う。」


「それって――。」


「安倍家に入れてしまえばいい。」


「……………。確かに、古式ゆかしいですね。せやけどっ! 能力を奪えんからって!」


「我々は、常に、優位を保ってきた。これはこれからも変わりない。」


 雅貴はおもむろに立ち上がり翔馬の方へ歩み寄った。


「愛情に飢えた子供の一人や二人、懐柔してみせろ。安倍家の次期当主なら、それくらいして当然だ。」


「そんな上手いこといかんでしょう。」


「いいや? 上手くやるさ。お前でなくとも良いのだしな?」


「なっ!!?」


 雅貴は部屋を出た。

 翔馬は一人部屋に残された。


 別に、当主になりたいかと言われれば、なりたくない。

 でも……、


 そうしたら母が、ダメなのだ。


 父は安倍家のためなら何でもする。


 兄は昔、実力以上の仕事を無理をして請け負った。そのために、今はもうベッドから離れられなくなった。


 そんな兄を、父はアッサリと切り捨てた。


 父は離婚し、優秀な子のいる愛人を後妻に据えた。

 最初こそ彼女も喜んでいたが、

 結婚当初からほぼ別居状態が続き、ついに耐えきれず結局は逃げてしまった。


 父にとって家族は、必要なものを手に入れるため、仕方なく作った共同体でしかなく、見切りをつけてしまえば、容赦なく捨てる。


 翔馬はそんな父から逃げたかった。


 けども、母は、お家事情も手伝って、“鳥籠”の外では生きていけない人だった。


 結局、そんな母が都合良かったのだろう、父はまた母を家に呼び戻し、現在、実の兄、腹違いの兄、自分、父、母、で暮らしている。

 因みに、土御門高能は養子に出されているが、彼も腹違いの兄である。


 正直、彼が羨ましい。


 安倍の手の届く範囲にいるが、“安倍第一”に徹しなくていい。


 もう一人の腹違いの兄は、当主になりたがっている。

 だったら、どうぞと譲りたいが、彼は母を恨んでいる。

 そうなると安倍家を無理に私物化し、ブランドに大きく傷を入れるだろう。

 父はその辺よく解ってる。

 だから、あの人は飼い殺しの運命なのだ。


 残るは俺。


 俺は……兄も母も、見捨てられない。


 それをよーく解って、父は言ってきているのだ。


「どうしたらいい……。」


 翔馬は父が残していった斎藤永愛の調査書を、手に取った。


 彼女を最初家で見た時、自分と真逆な感じがして、あのふてぶてしさになんとも言えない、頼もしさや強さを感じた。


 自分より年下なのに。


 なんで彼女を前にして、父は自分の思うように転がせるなど思ったのか……。


 懐柔する? 馬鹿げてる。


 こちらの思惑など、見透かしているし、脅しが効く相手じゃない。

 脅すなら……小堺健司と言う、彼女の後見人だろうが、もしやったら手痛い報復を受ける……。


 それを受けるとして、父は平気で他の誰かを肉の盾に使うに決まってる。


 そうして、答えも出ないまま、朝を迎えた。


 廊下に出ると早速……。


「お早う。酷い顔だな? 次期当主が……。」


 長めの前髪を斜めに流した青年が声をかけた。彼は、安倍あべ芳寿よしひさ、同居の腹違いの兄である。


「お早うございます。兄さん。」


 翔馬は適当に頭を下げ、すぐ脇を通り過ぎようとした、その時、


「お前はどうする?」


「何をです?」


 振り向くと、芳寿の手には斎藤永愛の資料があった。

 父が渡していたようだ。

 無駄だろうが、一応警告しておくことにした。


「千年前とは言え、“道満”の血筋は伊達じゃないですよ。下手に手を出して怪我でもしたら……。」


「フンっ……。随分余裕じゃないか。遠慮してるのかい?」


 忌々しいと言わんばかりに目をすがめられた。

 翔馬はため息を吐き言った。


「そう思うんならそれでいいですけど……。警告はしましたからね……。」


「ご丁寧にどうも。」


 芳寿は軽く会釈すると去っていった。


 翔馬は部屋に戻り大学へ行く準備をした。

 到底、講義の内容など身に入らぬであろうが……。















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