第27話 昔、(小堺とマツリ)

 現場から、猫魈の体毛が発見され、鈴木は上を説得し、要慎重な経過観察を行った。


 枕返しは恐らく、猫魈から進められてこの児相に屋移りしてきた。

 そうなると、人間が勝手に払ったりしたら、どんな報復があるかわからない。


 定期的に児相を訪れ、様子を伺う事にした。


 そうして、一月ほど立った頃。


 児相の施設内でトイレの花子さんが流行った。

 子供の与太話かと聞き流していたが、どうも具体的で、職員から


「それが、子供達に用意していたオヤツがなくなることが多くて、必ず一人分足りないんです。子供達に聞けば“トイレの花子さんが食べた”と言うし……。」


 と、言う話まで出た。

 そこで、泊まり込みで様子を見てみることに……。


 その日の晩。


 小堺は例の如く子供達に懐かれ、遊び部屋を走り回り、勉強をみて、寝る前の本読みをせがまれクタクタになった。


 そして、明け方5時前、まだ薄暗い廊下を見回っていた。そして―――、


「オッサン何してんの?」


 背後からいきなり声をかけられた。

 そこには、目つきの悪い、レモンイエローのダボダボのパーカーを着た子供が立っていた。


 人間には違いない。

 しかし、なんと言っていいのか……浮世離れしているというのか……。ちょっと普通な感じがしない。

 そもそも、子供が起きてくるには早すぎるし、今日遊んだ子たちにあんな子供はいなかった。


「……。見回りや。えらい早うに目ぇさめてんな? 早よ戻りぃ。」


 すると、次の瞬間、


 ニャァゴォ……。


 と、猫の割にはずいぶん低い唸り声がしたかと思えば、天井スレスレの巨大な真っ黒いトラ…イヤ、3本の尻尾! 間違いない……。

 あれは――猫魈!


「なっ……。」


 小堺は生命の危機を感じた。

 小堺は2、3歩ゆっくり後退り距離を取った。

 人語を喋っているが、少女は人間ではないのか?

 小堺は慎重に両手を上げ、害意がないことを示しつつ話しかけた。


「ここは、猫魈の縄張りやなかったと思とったんやけどな……。」


 すると、少女が喋った。


「枕返しのおイタは、人間の自業自得や。そんなことで配下に手ぇ出すんは、ワテ等にケンカふっかけてんのとちゃうやろな?」


 猫魈は毛を逆立てガルルっ…と牙をむき出した。


 小堺は、少し困った。


「ごもっともやで……。ワシかて、あんなどクズ共のために命張りとうない。けど、人間には法律があってな? まぁ、掟やな。何人なんぴとであっても、人権は守らなあきませんって、決まっとんのや。」


 すると、少女は


「じゃぁ人ンち勝手に壊したらあかんでな? 枕返しの家返したってくれる?」


「そら出来へん。」


「何で?」


 少女は小堺を睨めつけた。


「人間かてただで家建ててへん。うてんのやで? 枕返しは勝手に住みついとっただけやろ? そこは目こぼししてんねんから、堪忍したってくれや。」


「……。なんや、偉そうにふんぞり返るアホやったら直ぐ済んだのに……。」


「なっ!! ワシのこと殺してカタつける気やったんかい!!」


「……。別に今は考えてへん。」


 このガキっ💢


 しかし、喋ってみて判った。彼女は人間だ。

 人間の理屈を理解している。

 それがどうして猫魈と一緒にいるのか?


「……。アンタ、人間やろ? なんで猫魈と一緒におんねん?」


「ババアとカレシに殺されかけたから。」


「…………。人間キライか?」


「別に?」


 …………。

 今まで、一緒に暮らしていたというのは、猫魈と意思疎通できている、ということなのだろうか?

 それにしても、

 彼女をこのままにするのは非常に良くない。

 そこで……。


「判った。交換条件っていうのはどうや?」


「交換?」


「あぁ……。アンタ、半分でえぇ、人間の世界に戻ってこい。その代わり枕返しは放っといたる。そやけど、今回みたいにやり過ぎは止めたってくれ。」


「やり過ぎ??」


 あ、これ、ホンマに解っとらん。


「――~っ。具体的に後でまとめたる。猫魈はどないや? この娘に寄るな触るな言わへん。人間の情報を手に入れる窓口が出来るんや、悪ない話や思うぞ?」


 小堺は猫魈を見た。

 少女と猫魈は何やら会話していた。


 本当に、会話している……。


 小堺はゾッとした。

 妖怪の中には、天狗など一部人語を使える種類はいるが、意思疎通困難な種類のほうが多い。


 それを、一体どうやって……。


 少女は猫魈と話終わると、小堺の方を向いた。

 小堺の方へ歩み寄ると言った。


「そうする。」


「え……あぁ。随分あっさり許可出たな?」


「あぁ。ウチはオカンを裏切らへんからな。」


「あ……随分。確証を持った絆やな……。」


「そもそも……、ウチをいらん言うたんはやど?」


 そう言った彼女の目には、明らかな敵意があった。


 あれから、7〜8年――――。


 ワシは、未だにマツリにとって“敵”なんかなぁ?


 出勤前に、猫魈の所へ行くマツリを見送っくた。


「マツリ。」


「ん?」


「いってらっしゃい。」


 バタンッ――――。


 今日も返事は無かった。

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