第25話 昔、(小堺健司サイド)

 6年くらい前――――。

 小堺健司もまだぎりぎり二十代だった。


 この頃から、あのイカツイサングラスをかけていて、見た目はさほど変わりない。強いて言うなら、ちょっと髪が長いくらいだろうか?


 あの頃、大阪市エリア担当は今は亡き小堺の師匠で、鈴木すずき方丈ほうじょうであった。彼は厳しい人だったが、誰より頼れる優れた術師でもあった。それ故に、既に70を迎えた御老体にも拘わらず、会社が辞めさせようとしないほどだった。


 そんなある日、奇妙な特殊案件が舞い込んできた。


 児童相談所の保護施設に特殊対応事案が発生。

 発生時期は正確には分かっておらず、把握できる被害者は、6名。

 職員2名と、児童4名。

 いずれも外傷はなく、精神的ショックによる酷い衰弱である。

 一応、様態は軽い部類に入るものの……。


 小堺や鈴木が聞き取りに行った時、被害職員は完全に口を閉ざし、ちょっとでも聞こうとすると、ワーギャーと、騒がれ話にならなかった。

 児童の方は、ひたすら「ごめんなさい」を繰り返し、聞いてもない悪行を晒した。

 内容は酷いもので、施設に保護されていた3歳くらいの女児に対し、暴行を加えたとか、大人のマネ(職員のマネ)をして性的暴行を試みた。という、聞くに堪えない悪行であった。

 勿論このことは、大人は司法で裁くとし、児童は精神内科へ入院措置が取られた。

 被害者の、男児女児含む計3人は、別の施設に移送され現在ケアを受けている。


 この調子で、一体何があったのか解らない。


 そこで、現場を見てみたが……。

 なのだ。

 普通、こういう場所、不幸せというか、不遇であったりする人間が集まる場所は、悪霊怨霊の溜まり場のなることが多い。

 ところが、ここは雑霊に至るまで、一体も見当たらない。


 鈴木が言った。


「こらぁ、アカン……。」


「アカンって……。なんは、えぇんちゃいますのん?」


 小堺は小首を傾げた。すると、鈴木は一喝した。


「どアホッ!! えぇない!! 妖怪……かの? イヤ……格上の悪霊に食い荒らされとることかて考えやなアカン。随分喰うとるな……。あぁ……もうイヤやけど、下手すると宮内庁まで飛んでくかわからんぞ? あぁっ……もう、ネチネチ言われるわっ!! やってられん!!」


 鈴木はケッと顔をしかめた。

 小堺は周囲を探ったが残滓ざんしの欠片も感じられず、はてと、不思議に思っていた。


 しかし、実際はもっと大物が噛んでいたのだが、まだ二人は知る由もなかった。


 そして、翌日、今度は被害に合っていない方の3歳児〜4歳児の子供達に聞き取りを行った。

 意外かも知れないが、小堺は強面ながら子供には何故か人気がある。逆に、鈴木は遠巻きにされる。

 子供は鋭敏で、誰が怖いか優しいか正確に解るようだ。

 小堺は、施設の庭で鬼ごっこしたり、かくれんぼして暫く子供の相手をして様子を観察した。特に変わった様子も妙な気配もしなかった。が、

 子どもたちが、毛虫? のような絵をたくさん描いていた。そこで、聞いてみると……。


「ちっちゃいオッチャン! いっしょにあそんだ! わるいことしたらコワイのっ!!」


 と、それはそれは元気に答えてくれた。

 よほど好きなのだろう。満面の笑みだ。

 しかし、


「先生なんか?」


「ちがう! せんせいキライ!」


「そうか……。」


 職員リストは目を通しているが、皆中肉中背で、極端に小柄もいないし、毛深い職員もいない。そして肝心の……


「おっちゃんも仲良うなりたいわぁ。どうやって会うんか教えてぇな。」


「ねてたらあえるで!!」


 寝てたら……。


 これは……。


「枕返しやな。」


 鈴木が断定した。


「妖怪でしたね。」


「そやけど、おかしい。」


「……。枕返しは、そないに力も強うない。現場の説明がつきませんね?」


「うー……ん。ちょっと様子見よか。」


「枕返しは直ぐ払わんで様子見ですか?」


「あぁ。突きまわす一方では、麩噛んでるようなもんやろからな。」


「解りました。」


 そして、――――――。


 数ヶ月経ってまた現場を訪れた。

 すると、


「あぁ。こらぁ――――、お手上げや。」


 鈴木がそう言って項垂れた。


 落ちていたのは猫の毛。


 しかし、ただの猫ではない。


 猫魈―――――。


 この大阪市界隈を牛耳る猫の大妖だ。









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