第16話 マツリ

 天狗騒動も落ち着いて、相変わらずの日常を取り戻した小堺。

 ラーメン鬼は経過観察、天狗の大群は原因不明。

 天狗は山へ帰っていったし、天狗を駆除対象とすることは、そもそもできない。

 なぜなら、奴等を全員消してしまうと、山の妖怪共の生態系が大きく損なわれ、縄張り争いが勃発……と、まぁ、要は、面倒くさい事になるからだ。


 そんな中、小堺は部長に呼び出された。


 呼び出された理由は多分、マツリのことについて――。


 ドアをノックして小堺は入った。


「部長。小堺です。失礼します。」


 すると、後ろ手に両手を組んで立つ、一見若そうな、スラッとした男性が待っていた。

 大阪府統括部長の加茂雅史である。

 前髪を斜めに流した涼し気な風貌は、20代後半から30代くらいに見えるが、今年で45歳。

 何と、小堺より10こ上である。

 加茂は小堺が来たのを確認すると、


「やってくれたね……。キミとこのマツリちゃん。」


「そないなこと言われましても……。」


「僧正坊が慶沢園に現れた。」


「!」


「これだけ騒ぎを起こして、大妖同士の接触だ。お役人のほうが動く。」


「はぁーっ……。マツリを隠さなあきませんなぁ。」


「そうだね。全く……。彼女にももうちょっと大人しくしててもらわないと……。

“心眼”なんて……恐ろしい能力持ってるんだから。」


「……。」


 小堺はグッと顔の中央にシワを寄せた。


 “心眼”


 それは心を読む能力。

 昔々は、伊勢神宮に仕えた斎王に求められた能力で、その発現は奇跡に等しく稀である。


 マツリの場合、能力がかなり強く、目の前の相手(妖怪、人間関係なく)、ならその思想まで読み取れる。


 だから、情報戦においてマツリは無敵なのだ。


 そう、どこの誰もが喉から手が伸びるほど欲しがるくらいには……。


 幸い、猫魈というかなり強力な庇護者が付いてるので、今まで事無きえていたのだ。


 と言っても、この能力がなければ、彼女は今日まで生きてこれなかった。

 母親は自分の恋人に、マツリを殺させようとしたし、児相もあの当時は、一時保護だけしかしない組織だったので、役に立たなかった。

 呆れたことに、警察にすら届け出ていなかった。明らかにネグレクトされ、全身アザだらけだったのに……。


“子供を母親と一緒に暮らせるように、支援するのが子供にとって一番幸せ。”


 というのが、連中の言い訳だったが……。


 それが全ての親子に当てはまる訳ではない。


 現実を無視した勝手な理想が、どうして当たり前のように再現できると、勘違いするのか?


 マツリは死ぬところだった。


 小堺はやりきれない。

 腹が立って腹が立ってしょうがなかった。

 だから、“心眼”を持つマツリという存在を、あらゆる手段で隠した。


 幸い、加茂部長という理解者もいたので、できるのだが……。


 小堺は


「どこまで聞くか分かりませんけど……。一応、本人には注意しときます。」


「頼むよ。」


 小堺は会議室を出た。


 その3日前――、

 慶沢園に僧正坊が


「此度は儂の倅が世話になり申した。」


 と、砂金手土産にやって来た。


「わざわざすまんな。ワテは世話いうほど事はしとらんさかい、そう気使わんで構わんで。」


 猫魈も僧正坊相手だと多少下手である。


「なにほんの気持ちでござる。収められよ。」


「ほしたら、遠慮のう貰ときますわ。」


 砂金を載せた三宝は猫魈の影から出てきた黒い手が影に引きずり込んだ。


「時に、」


 僧正坊はチラッと隣りにいるマツリに目をやった。


「中々、大した手腕でごザルなマツリ殿はっ!」


 と、目を細めて言った。


「えらいマツリを気に入らはってんなぁ。他所にはやれませんけど。」


 猫魈は少し睨んで釘を差した。

 すると、僧正坊はガハハハハっと笑って


「なに、とって喰おうなどいたさん。楓のことでは感謝しておる。」


 マツリはちょっと不思議に思った。


 何か感謝されるようなことしたっけ?


「楓の惚れ込んだ連れ合い、中々、見込みがある。この僧正坊の喝にも屈せなだんだ。末永く楓と連れ添うことであろう。」


 ? はっ? イヤイヤ……。


「人間、先死んでまうで? 楓とかいうのんだけ残ってまうで? あの勢いやと、後追いしても、おかしないんちゃう?」


 マツリは、言われるなら恨み言だと思っていた。

 楓の依頼など、天狗にビビって女が逃げ出すものだと思ってたし、デキたらデキたで、家出天狗なんて、さっさと首根っこ引っつかまれて連れ戻されると思っていた。


 それに、妖怪の恋煩いは致命的なのだ。


 寿命が長い彼ら、だが人はもって100年が関の山。

 それなのに、伴侶に先立たれたら、たちまちに気力をなくして、そのまま朽ちてしまうのだそう。


 なのに……感謝?


 マツリが首を傾げていると僧正坊は言った。


「確かに、そうなるであろうな。ただ……お互いを想い合える相手というのは、得難きものじゃ。楓は、幸せそうであったろう? 寿命など安いもんじゃわい。」


 僧正坊に言われてなるほどなとマツリは腑に落ちた。


 そして、その日の夜10時回った頃。

 人間の方の家に戻ると、いつものように、おかずがラップされてテーブルに並んでいた。

 今日は、味噌汁、筑前煮、煮魚である。

 驚くかもしれないが、あの強面の手作り。


 部屋は片付いて、ゴミがなくて、衣類も丁寧にたたまれて……母親クソババアと暮らしていた頃にはありえない程、家庭的な生活だ。


「得難い幸せって言われてもなぁ〜。」


 マツリは頭を掻いた。























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