第14話 楓さんとの日々

 楓さんは行ってしまった。

 ダランと横たわった本郷玲王の体は、目の焦点が定まらず、口をわずかに開けて、黙ったままだった。


 マツリさんが


「コレ寝かすから、布団貸してくれる?」


 というので、客用布団を出して、彼をそこに寝かせた。そして、


「あの……。この人何をやって、こんなことになったんですか?」


 未来は訊ねた。すると、


「あぁ。イジメや。犬のうんこ靴に入れたり、蹴る殴るやったかな? で、最近会って、笑われて、限界きたみたいな感じのこと言うてたな。」


「そ……そんな事したんですか? この人。」


 未来の目には明らかな嫌悪感がにじみ出た。

 すると、マツリがクスっと笑った。


「なんや、相手クズって解ったら罪悪感無うなったんか? 現金やな?」


「そ、そんなんじゃ……。でも、そうかも。」


 玲王クンじゃなくて、楓さんだったけど。


 彼と過ごした日々は幸せだった。


 彼は本当にひたむきで真面目で、何をやっても平凡以下の私にも、掃除のこと、お料理のこと、いつも褒めてくれて。


 そうして少しずつ自信がついて、職場でも、自分がはっきり言わないから、押し付けられてたことだって、解っきて、理不尽に怒られても、屈しなくなってきたというか。


 親のこととかも……。


 私がこんなだから、電話口で心配ばかりで、そんな時、


『未来はしっかりやっている! 親たるもの子供を信じることも大事ではないのか!?』


 って、時代劇みたいに言ってくれて、なんかちょっと可笑しくて、でも、嬉しかった。


 私の存在価値を見出してくれたのは、彼だったのに。


「彼は、私に自信を持たせてくれたんです。だから、ちゃんと彼を待っていなくっちゃ。」


「あ・そう。」


 マツリは興味なさげに返事をした。

 窓からは、荒れ狂う風の音が聞こえてくる。


 楓は、大阪城天守閣の屋根の上に陣取る、僧正坊の元に降り立った。


「楓!!」


「親爺殿! 楓! ただいま帰参いたし候。この度の出奔、故あってのことにて、先ずは申し開きをお聞きくだされ!」


 僧正坊は、楓をじっと見つめた。

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