第10話 奇跡の裏で3

 マツリは対人間の仕事をする時、その辺のホームレスを雇って仕事をする。


 マツリは天狗を伴い、適当なホームレスを雇い風呂に入らせ、散髪屋で髪を整えさせ、その辺の服屋で適当な服を与え、仕上げに歯医者。えげつない口臭をどうにかするためだ。


 そして、そのホームレスに拝み屋の役をやってもらい、マツリ本人は助手の形で仕事をするのだ。


「マツリ殿。一体どこへ行くのだ?」


 楓はマツリ達の後ろに続き、夕陽丘のマンション群を進みながら訊ねた。


「都合のえぇ男の依代のとこ。」


 楓は困惑した。

 この街、いささか小綺麗というか、その辺の雑多な大阪の街と比べ、整っている気がする。

 本当にこんな所で、うち捨てられた人間などいるのだろうか?

 そして、大きなマンションのエントランスまで来た。


「おぉ! これぞ摩天楼と呼ぶに相応しきかな!」


 と楓は感心してマンションを見上げた。


「空飛んでんのに何言うとんねん。とっとと行くで。」


 そうして、エレベーターで結構上まで上がっていった。

 スカウトしたホームレスの爺さんは、やや緊張気味で、マツリは幅のある楓がつっかえ窮屈だった。

 やがて……部屋の前に立つと、ホームレスの爺さんは足を止めた。


「マツリちゃん。アンタここアカンで! 悪いのんがおる。」


 マツリはため息混じりに言った。


「知っとるわっ! だから依頼が来てるんやろ? 心配せんでも獲物を今食い荒らし中っていうか、残りカスしゃぶっとるとこや。ウチ等は眼中にあらへん。」


 楓もマツリに言った。


「マツリ殿! 御老体の言うことは間違いない。某も邪悪な気配を感ずるぞ!」


「虎穴に入らずんば虎子を得ずっちゅうやろ? ビビってんと行くで。」


 マツリは構わずインターホンを押した。


「はい……。」


 出てきたのは、疲れ果て、目に濃いクマをつけた初老の女性だった。

 化粧もせず、髪もボサボサ。

 察してあまりあるという見た目である。

 この様子に、同情を覚えたホームレスは言葉に詰まったが、マツリに小突かれ、ハッと我に返り拝み屋役を演じた。


「あのぅ。私、ご依頼を受けて伺いました。息子さんを見せて頂いて宜しいですか?」


 すると、女性は覇気もなく、


「どうぞ。」


 と、マツリ達を案内した。

 大理石の玄関を抜けると、ソファーには総白髪で、派手なブランド物を着込むおじいさんと、上品なワンピースのおばあさん、ピカピカの革靴にスーツを着込んだオッサンが、お通夜のように静まり返って腰掛けていた。

 女性はオッサンに声をかけた。


「あなた。お願いした拝み屋さんよ。」


「あぁ。どうぞこちらに……。」


 オッサンは空いてるソファーを勧めた。楓も座ろうとしたが、マツリが止める。


「早速ですが……。」


 と、オッサンが説明をし始める前に、手はず通りホームレスに喋らせた。


「相当な恨み買いましたな。相手、女の子ですやろ?」


「え?」


 オッサンは驚いてホームレスを見た。

 説明する前から知られているなんて……。

 そして、ホームレスが続ける。


「残念ですけどね。オタクとこの息子はん、相手の子に、……もう死んでる子やろうけど、魂もう大分食い荒らされとるんですわ。それで、祓うんは構いまへんのやけど、この状態で祓うたかて、廃人になってまうんですわ。生きてる限りは、いつか意識取り戻すかもしれませんけどね。どないさして頂きましょう?」


「そんな……。」


 女性が泣き崩れた。

 おじいさんはグッと拳を握った。

 おばあさんはうつむいたままだ。

 そこで、ホームレスが提案をした。


「まぁ、お返事にも書かしてもらいましたけど……。廃人に、ならんで済む方法は……無い事も無いですが――――。」


 すると、一家が全員、パッと顔を上げた。


「ななんでもいい!! 孫が元気になってくれるなら!!」


 おじいちゃんが叫ぶように哀願した。

 そこで、ホームレスは渋々っといった形で言った。


「おすすめはしませんで。昔はようやってたらしいですけど……。大きい霊体に、代りに入ってもらうんです。」


「入ってもらう……?」


「えぇ。今、息子さん自身の魂を食い破られとりまして、空の状態なんですわ。ですから、神さんとか、お狐様、今回は天狗様になりますけど……。少なくとも、普通の生活は出来るようになる思います。」


 一家は沈黙した。

 それは重く、長かった。


 そして、女性が口を開いた。


「それは……うちの息子が、ってことですか?」


「まぁ……そいうことになりますな。」


 アハハハハハハハハハハハハハハハハっ!!

 キャァァァっハハハハハハハハハハハハ!!


 狂った笑い声が部屋中に響いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る