第5話 天狗の坊っちゃん恋をする

 それはいきなりだった。


 大阪北上空から黒い軍団が突如として現れ、大阪城を中心に空を旋回した。

 お陰でこの日一日ひどい強風で、工事現場の足場が崩れるなど事故が多発、危うく死人まで出るところであった。


 この騒動が勃発する一月前、マツリの元に天狗が一人やって来た。


 彼は朝、校門の門柱の上に彫像よろしく古式ゆかしい山伏の格好でデーンと立って通学してくる生徒に睨みを効かせていた。


 天狗がこないな所で何しとるんや?


 とマツリは訝しく思ったが、関わるまいと無視した。ところが、彼はすぐにマツリに気付き目の前に降り立つと


「マツリ殿とお見受けする。折り入って相談事がござる。お聞きいれ願えまいか?」


 と言ってきた。マツリは呆れた。

 普通の人間からは見えていないのだから、マツリがここで彼と会話したら、一人で何かしゃべるイタイ人になってしまう。巷の妖怪だったらそれくらいの配慮はできるのに。


 天狗は世間知らずと猫魈オカンから聞いてたけどホンマやな。


 マツリはルーズリーフを一枚取り出し


 ″夕方五時半、校舎西階段下″


 と書きなぐると天狗に見せ、無言で教室へと去った。

 そして夕方五時半、マツリはしょうがなし校舎西階段下に向かった。

 非常口近くの西日が眩しいそこは、あまり人が立ち寄らない。

 来てみると、日焼けした壁を背にさっきの天狗があぐらをかいて座っていた。

 マツリは顔をしかめて言った。


「天狗様が下界に何のご用で?」


 このマツリの態度に、天狗はムッとしたが、説教をグッと呑みこみ


「気に触ることでもござったか?」


 と聞いてきた。

 マツリは随分下手に出るな? と少々不審に思った。

 こう言う下手に出てくるヤツは大抵、面倒な依頼を押し付けてこようとするものである。

 しかし、相手は世間知らずの天狗。

 一応言っておかないと、これからもこう言うことが続く。

 マツリはため息をつき言った。


「あんなぁ、普通の人間にはアンタ見えへんやろ? そやのに、あんな朝みたいに公衆の面前で、アンタと話とったらウチ、頭オカシイ人って周りの人間に思われるやん。そうなったらウチの人間世界での市民権、のうなるってこと。解る?」


 天狗は眉間にシワを寄せた。


「他の人間がいるところで、ワシと話すとそなたに不都合があるということか?」


「まぁ、そんなとこや。」


「で? ご用は?」


「その……それがし、鞍馬山の長が僧正坊のせがれ、楓と申す。それで……ひ……」


 楓とか言う天狗、でかい図体をもじもじとさせながら、言葉に詰まった。

 照れてるっポイ。


 あー……うん。

 言うたアレやけど、キモい。


 そして、楓は意を決してバッと顔を上げ言った。


「ひひ人の子はっ! ……如何にして番うのか知りたいのじゃっ!!」


「あ?」


 元々サルのような赤ら顔の天狗が、今やお土産の天狗のお面のように真っ赤になった。


 つまり――――。


「人間の女に惚れて……番うってアレか、結婚? しぃたいってコト?」


 すると、楓はものすごい勢いで首を縦に振った。


 えぇ??!! 無理ゲーも大概にせぇよ!!


 マツリは盛大に顔をしかめた。



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