12話 来訪 【1/2】
薄く黒い麦パン。新鮮な野菜のサラダ。フルーツに牛乳。そして、大きめにカットされた鴨肉。
育ち盛りという理由から、食品の量は多い。しかし、ペロッと食べ終わりそうなほどに食欲を誘う。
朝の贅沢に持って来いのひと時だ。
休日の女子寮の食堂は、閑散としていた。5棟ある女子寮に隣接されて建てられた食堂は天井は高く、日光がたくさん入り込んでくる。
貸し切りの空間で3人の女の子たちは、口に食べ物を運んでいる。
見るからに10歳の少女は、ポニーテールの可憐な美少女に声をかけた。
「先程の大男はラーミアルの知り合いなのか?」
と、シュクが開口した。
純粋な黒い瞳に似合う、質素な黒いドレスは小さい体にも馴染んでいる。
「いえ、面識はありません。今日初めて会いました。しかし、昨日のエーゲ騎士長との戦闘をした闘技場でも同じ魔力を感知したので、もしかしたら私を狙っているのかもしれません」
真剣な面持ちで答えるのは、ラーミアル=ディル・ロッタである。タンポポ色の髪の毛は日の光により、一段と輝きを増している。ターコイズブルーの水晶玉が特徴的な容姿は、万人を魅力する。
「あの忌々しい魔力でしたら間違えるはずもないですわ」
惹きつける声色でエルリダ=アヴァ・カレラは共感した。深い紫色の毛で端麗な容貌の美を凝縮した人間だ。
3人は食事を楽しみながら、互いに会話をしていた。
「そういうモノなのか?」
「はい」 「そうですわ」
ラーミアルとエルリダは、同じタイミングで頷いた。
「あの方はかなりの憎悪を纏っていた。‥‥‥違いますわね。蝕まれていたと言う方が正しいですわ。まるで、誰かに操られているようでしたわ」
「操られていた?」
「はい。私もそのように感じました。一般の戦士系の職業の方でも多少の魔力は保有していますが、あそこまで異質な魔力の変化は基本的にありえません」
「魔力の変化?」
「そうです。魔力の変化と言うのは、魔術を使用すればするほど減るモノで、魔術師以外の職業の方も体力が減るのと同じように魔力も弱まります。なので、私たち魔術師はその魔力を感知することによって相手の場所や身体的状態を把握することが可能なんです。と言いましたが、魔力を感知できる魔術師は珍しいんですけどね」
ラーミアルはこの点が重要とばかりに、指を立てている。エルリダも、「そうですわ」と自信満々に同調した。
「話がズレましたが先程の男の方は異様で、魔力が一気に減ったと思ったら、時間が経つにつれ徐々に回復していったんです。その速度がとても速く、常人ではありえません。外部からの干渉があるとしか」
会話の途中だが、エルリダは食い気味に介入してきた。
「それは少なくともないと思いますわ。外部から魔力を回復させる方法として考えられるのは2つありますわ」
と、エルリダは手に持っていたフォークをテーブルに置くと、指を2本立てる。
「一つは協力者による魔力の供給ですわ。ですが、あの場に私たち3人以外はいなかったのでこの方法は難しいですわ」
首を横に振る顔からは、確証していることがわかる。それに対して、シュクは顔に手を当て口を開く。
「なるほど、質問だが協力者がいたとして魔力の供給はどれくらいの距離までなら可能なんだ」
「30メートルまでが限界ですわ」
「エルリダさんの補足になりますが、魔力の供給をしていたとすると、その流れ自体が感じ取れるので魔力感知ができる魔術師相手ならすぐわかります」
ラーミアルは麦パンを千切りながら口に含む。同じくシュクもパンを食べると、「かたっ」と小声が出てしまう。
「二つ目ですが」と、口にしたエルリダは躊躇いを見せる。食事中にするかを悩むような顔色だが、迅速に判断を下して切り出した。
「あくまでも予想ですが、“疑似魔術”ではないかと思いますわ」
「疑似魔術?」 「疑似魔術!?」
その単語を耳にした瞬間、ラーミアルは驚嘆するあまり起立した。シュクは隣の少女の勢いのある反応に対して、ピクッと驚いてしまう。すぐさま、席に座り直すと慌てるようにエルリダの目を凝視する。
「疑似魔術は禁忌とされる魔術のはずです! 使用した者は騎士たちが探し出して、王都にある監獄に永久追放されるはずです。疑似魔術はあってわならないんですよ‥‥‥」
ラーミアルの凄まじい迫力のある瞳孔に、エルリダは焦るように訂正する。
「あくまでもの話ですわ。疑似魔術でしたら魔力感知もされずに魔力の供給ができますし、距離も問題にはなりませんし」
「すまないが、そもそも疑似魔術とは何なのだ?」
シュクは疑問を抱く。
「疑似魔術というのは一言でいえば禁忌魔術の一種ですわ。誤った使い方をする魔術はこの部類ですわ。使用したら最後、大罪として捕まるだけですの。疑似魔術と言っても種類がありましてその中で今回の一件で一番の可能性があるとしたら、“厭悪の集塊(ダークマター)”ですわね」
「ダークマター?」
「厭悪の集塊は他人の憎悪を集めて魔力生成を行う方式ですわ。これが禁忌とされる理由は、大人数の憎悪を集める必要がありますの」
3人は食事を止めていた。静寂な食堂にはシュクとエルリダの声が行き交っていた。
「人間の負の感情を吸い取るのが問題なのですか?」
「問題ありますわ。憎悪だけではなく、精気も吸収されますの。これにより吸われた人間は疲弊して、最悪死に至るとも聞いた時がありますわ」
「禁忌を犯してまで使用するメリット、利点とは何ですか?」
「簡単に言いますと、魔力が少ない人間でも魔術が使えるようになりますの。そこまでして魔術を使うような人がいるとは思いませんわ」
ラーミアルは腑に落ちない様子でいた。疑似魔術に特別に執着しているように思える。
「エルリダさんは何か疑似魔術である理由があったのではないんですか?」
対面にいる二人に接近するために、エルリダは前屈みになる。一段階、声の大きさを下げて怪談話をするような雰囲気を醸し出す。
「ここだけの話ですが、風の噂で聞いたのですわ。マイレア村に疑似魔術を謳う男が現れたと。しかし、この噂を元に数名の騎士が村に調査に行ったところ、そのような男は知らないという話でしたが」
と、言葉を切るとゆっくり体勢を戻す。
食事を再開し始めるシュクとエルリダ。晴れない気持ちを残すラーミアル。
心地よい陽気のおかけで、食堂内も適温である。3人が座る奥側にある調理場からは、笑い声とともに「そろそろココ閉めるよ!」と掛け声が聞こえてくる。
ラーミアルも皿を手に取り、残ったフルーツを食べていく。
食後、綺麗な食器たちを返却口に返し「ご馳走様でした」と挨拶をしていた。
ガシャッンと、食堂の入口が開く音が平穏な空間に響いた。扉の影から現れたのはエプロン姿の焦った女性だ。
「寮母さん?」
と、ラーミアルは口にする。
温厚で落ち着いている容貌した寮母は、取り乱したように3人の元へ駆け寄ってきた。
「ラーミアルさん、おっ、お客さんです!」
息を荒立てながら吐き出された言葉に、緊急性を感じさせられる。小首を傾げたラーミアルは、「はい」と不思議そうに面持ちで返事をした。
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