07話 薬屋 【1/2】

 青空の下、シュクとラーミアルは都市アルヴァードの中心部にある広場にいた。商店が立ち並ぶ一角。そこで、喜びの表情をしている少年と話している。


 「これからは、ちゃんと手続きをしてお店をやってくださいね!」

 「お姉ちゃん、ごめんなさい。次からはちゃんとするよ」


 ラーミアルは優しく少年に言葉をかけた。少年は従順な子犬のように、尻尾を振る。


 「そうだぞ、少年。次からは気をつけるんだぞ」

 「お前に言われたくない!」

 「なぜ、怒っているんだ?」

 「お前に言われると馬鹿にされてる気がする。俺より年下そうだし。慰められているみたいで、無性に腹が立つ」


 少年は不機嫌な面持ちでシュクを凝視する。シュクと少年の身長差を見ると、確かに少年の方が数センチ高い。子供ながらも、プライドはあるようだ。


 「そろそろ行くね。また何かあったらいつでも声をかけてね」

 「わかったよ、お姉ちゃん!」


 少年はラーミアルに対して、純粋な好意があるように見える。頼れる姉が欲しかった長男のような気持ちだろうか。


 少年のお店を後にし、シュクとラーミアルは薬屋に向かった。





 現在、2人は4階建ての建物が建ち並ぶエリアを歩いている。

 レンガ造りの建物の中央を通る路地。日の光が侵入しない裏路地のようだが、手入れが行き届いている清潔感がある。

 通路は日陰ということもあり、布一枚のシュクは少し寒そうだ。


 「あのスーゲと言う騎士に勝つとは、ラーミアルは強いんですね」

 「運が良かっただけですよ。最初から本気で挑まれていたら、勝敗はどうなっていたか」

 「そうかな? いずれにしても力の差は圧倒的に感じましたが?」

 「私はまだまだ力不足ですよ」


 ラーミアルは下を向き、哀愁のある笑顔をしている。シュクは背が低いことにより、隣を歩く彼女の顔を覗くことができた。だが、シュクは進行方向だけを見るように気を配る。


 会話は途切れ、無言でラーミアルの後を追う。シュクは辺りを何気なく見渡していた。視界には、年期の入った看板が映る。


 鍛冶屋、武器屋、防具屋、魔術書屋、道具屋。


 日本ではまず見たことがない。ゲームの世界に出てくるような、店名が散見される。それらの店が、等間隔に並んでいる。

 窓ガラスのような透明の板の奥には、商品が陳列されているのがわかる。不思議な色を放つ剣や、安っぽい鎧。分厚い本など。見ていて飽きないモノばかりだ。シュクは身長の都合、覗くことは難しいようだが。

 人通りは多いとは言えないが、いないわけではない。擦れ違うのは、冒険者のような雰囲気の人間ばかりだ。

 この路地一帯は、都市アルヴァードにいる冒険者たちになくてはならない場所なのだ。武器や防具の修理、強化。素材の売買などなど。その様々な用途をここで済ませることができる。王都と比べると寂しいが、都市ということもあり品揃えは文句ないだろう。


 ラーミアルはシュクの歩幅に合わせてゆっくりと進む。平坦な道に続く同じ光景。どこまで行けばいいのかと疑問に思うところで、ラーミアルが指が差した。


 「シュク、あそこです」


 ラーミアルの指が差す方向に視線を向けると――“薬屋”の看板があった。

 一列に並ぶ、小ぢんまりとしたレンガ造りの家。それには、違いがないため看板で判断するしかないようだ。しかし、頻繁に通うラーミアルにとっては外観だけで判断できるようだ。


 「さっきの場所から意外と近いんですね」

 「都市にある商店は中央エリアに集中しているので、買い物がお気軽なんですよ」

 「それは効率的ですね」


 そうこうしている内に2人は薬屋に到着した。

 ラーミアルは木造の扉の前に立ち、取っ手に手を添える。引き戸のようで手前に扉を移動する途中、「あれっ?」という不思議そうな声を零す。

 勝手に動く扉に接触しないように、ラーミアルは一歩下がる。

 扉が開ききると、そこには1人の人間が立っていた。


 「これは失礼しました。お怪我はありませんか?」


 薄汚れた茶色の布を全体に羽織り、顔が確認できない。声から性別は男だとわかるが、綺麗な美声だ。 身長は180センチくらいであろう。多分、種族は人間であろう。


 「いえ、私は大丈夫です」

 「申し訳ございません。僕は用事が済んだので、これで。……ん?」


 謎の男は一礼し、薬屋から出て、2人の横切ろうとする。そこでピタッと足が止まる。彼はシュクを見るなり、しゃがみ込んだ。


 「あなたはこの辺りで見ない顔ですね」

 「私のことですか?」


 シュクは首を傾げ、見えない男の顔を見る。すると、ラーミアルが助け舟を出すように口を開いた。


 「この子はディル・ローエから来た子なんです」

 「ディル・ローエですか。あそこは亜人種などの様々な種族が暮らしているので不思議ではありませんね」


 謎の男は、理解をしたような口調で呟いた。


「あなたのお名前を聞いてもいいですか?」

「シュクです」

「シュク‥‥‥。ファミリーネームは?」


 ファミリーネーム――“ミツォタキシー”

 大魔導士ハピ=ミツォタキシーから授かった苗字である。


 [ファーストネームは妥協したが、大魔道士のファミリーネームを名乗るのは抵抗があるな]

 と、ニコニコと笑っている大魔道士の顔が脳裏を過る。

 そして、シュクが答えたでもなく首を横に振った。客観的に子供が話したくないようにも見える。しかし、彼――久能はただ単に名乗りたくないだけだ。

 その反応を見たラーミアルは、何かを理解したような顔になった。


 「シュクは今、記憶喪失でたぶん思い出せないんだと思います」

 「そうなんですね。これは失礼しました」


 ラーミアルの言葉に納得する謎の男。

 「記憶喪失で助かった」と、シュクは安堵の頷きをする。

 謎の男は立ち上がると、シュクに言葉をかけた。


 「君の名前は、シュクちゃんだね。覚えておくことにするよ」


 シュクはダークブラウン色の瞳で、高身長を見上げる。そして、謎の男は2人の来た細道を進む。闊歩し、徐々に姿が小さくなっていく。


 「君たちとは、また会える気がするよ! シュクちゃん、ラーミアル君」


 響き渡る聞き心地の良い声。言葉を残して謎の男は、裏路地の影に消えていった。

 シュクとラーミアルはキョトンとし、お互いの顔を見合わせた。


 「何だったんでしょう?」

 「私もあのような人は知りません」


 2人は首を傾げ、数秒間その場で考えていた。

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