06話 魔術決闘Ⅰ-2 【2/2】

 審判の兵士は、慌てるように甲高い声を上げた。言葉を繋いでいる途中、兵士に干渉する声が聞こえた。


 「まだ、勝敗を決めるのは早いかもしれませんよ?」


 質問を投げるのは、姿のない少女であった。球体の塊の後方から、現れた人影にスーゲは焦りをみせた。


 「キミー! あの状況で避けられるはずが、」

 「身体強化系の魔術を使用しただけです」

 「ふんっ・・・・・・。これは良かった! これならキミーを配下に加えられます」


 声の主がラーミアルだとわかった瞬間、不機嫌に鼻を鳴らすスーゲ。だが、再び不敵な笑みを浮かべる。

 スーゲの言葉に対し、ラーミアルは目蓋を閉じ、返事をしない。



 「・・・・・・行きます」



 そっと呟き、開眼する。ラーミアルは一点のみに、全神経を集中している。

 抜刀し、鞘から現れる刃は今までとは様子が違う。観客席からは奇怪なモノを見るようなセリフが飛ぶ。そして、スーゲは眼差しを鋭くし、様子を覗う。


 黒ずんだ渋い赤色。長年、放置された金属を思わせる赤錆の色、というのが適切な表現である。

 キレイよりも、薄汚れている色。

 全体の刃は異様なエネルギーを放射しているような、赤黒いオーラに包まれている。


 「キミ―、その魔術は何だね?」

 「私のオリジナルの魔術です」

 「そうか。まー、どんな魔術であろう私の前では通用しないけどねー、キミ―」


 そして、50個の重厚感のある球体の群れは一斉に急加速をした。

 ラーミアルも駆け出した。1分前とは比較にならない速度で疾走している。これは身体強化系の魔術の効果と考えて良いだろう。しかし、異常な変化に対して驚く者は少なかった。

 瞬く間に、1個の強固な輝きの物体まで間合いを詰める。

 30センチの球を同様に受け流す――誰しもが同じ状況になるだろうと予測していた。

 一人を除いては。


 「はぁあぁっ!!」


 ラーミアルは片足で力強く踏み込んだ。このままいけば、直撃は確実する。無謀のように見える行動は、闘技場全体を震撼させた。超高速の動きを正確に認識する人間は数名しかいないのだが。


斬――華華しい一太刀。


 球は慣性の法則により、速度が保持されたまま進む。

 その炭色の球は、2等分になっている。

 ラーミアルを中心に左右に分裂し、半球型になった。球は生命が途絶えたように、地へと無残に落ちた。「ドォゥンッ」と地鳴りを起こし、地面に数センチ埋まる。

 ラーミアルは加速させ、空中に飛躍した。変幻自在に体勢を操り、2個目、3個目と続けて斬りかかる。

 その様子に一番驚愕したのはスーゲだ。


 「ありえない。ありえないっ!」


 杖を荒ぶらせ、球たちに指示を出す。

 早急に30個の球を集結させ、宙を舞うラーミアルを中心に一つの円を描いた。円は高速に回転し、獲物が逃げ出さないように拘束する。等速円運動で回る球の外側には、強風が発生した。数十メートル離れた客席にいる人の帽子が大空に飛ばされた。


 「キミー、私の勝ちだぁ!」


 スーゲは杖を前に差し出し、円を描く30個の球の直径を颯と小さくさせる。

 ラーミアルは追跡を振り切ろうとするが、無意味なようだ。空中から地面に着地すると、再度跳ね上がった。


 「潰れなさいっ!」


 大声を合図に円は一気に縮小し、中心にいるラーミアルを襲った。


 そして――金属同士が勢い良く衝突した重音が反響する。世界で粉砕できないものはないような衝撃。30個は凄まじい衝撃にも関わらず、変形は愚か一切の傷もない。

 球に挟まれたモノは跡形もなくなるだろう。誰しもがそう思わずにはいられない。

 その中心には、ラーミアルの姿はなかった。


 「殺すのは反則だぞぉ!!」

 と、観客席から大喝な声がスーゲに向かう。


 「おっと手が滑りました。殺すつもりじゃなかったのですよ!」


 スーゲは大声で優しく発言した。罪悪感のない、勝者の余裕を見せて。

 客席はどよめき、騒々しくなる。「決着が着いたのか?」や、「殺しは反則だろ!」など様々な言葉が飛び交っている。

 数秒続いた空気感は、1人の声とともに動く。


 「おい、上を見ろ!」


 指差す方に視線を向けた人々は、浮遊する球の塊の上空に注目した。スーゲも上空を見上げる。

 そこには――美しく降下しているラーミアルだった。30個の球に対し、頭部から落下しているのだ。なぜ、逆様になっているかは見当もつかないが。

 水面へキレイに飛び込む一流の人間のように、無駄のない降下だ。このままだと、一秒もしない間に球と接触する。


 ラーミアルは錆びれた赤色を纏う刀を構え――軽快に弧を描いた。


 物静かな斬撃音が放たれる。斬り筋により赤黒い線が空中に現れ、消失した。

 宙に残された30個の黒球は、静寂に留まっている。

 スーゲや観客たちが気付くころには、ラーミアルは見事に着地していた。何事もなかったように、佇む。

 ラーミアルは数歩前進したと同時に、それは起きた。

 スーゲは、「まさか」という言葉を小さく吐き捨てると、それまで掲げていた杖を脱力した。重量のある荷物を運び終わった腕のように力が抜けていた。

 すると――30個の黒球は意思がなくなり自然と地面に叩き付けられる。

 土煙を上げる地面には、凹みができている。無残に積まれた炭色の塊たち全てが、綺麗に半旧型に両断されていた。

 ラーミアルはスーゲに5メートルの距離にまで接近していた。


 「キミ―みたいな子供がありえないのだよっ!」

 「私は子供ではないです。‥‥‥騎士になる人間ですっ!」


 ラーミアルは低く構え、姿勢を決めた。

 スーゲは混乱し、慌てふためいている。汗だくの顔に感情的な行動。騎士としての尊厳はもうない。握る杖を乱暴に振り、残りの20個の球を操ろうとする。


 瞬間――ラーミアルはスーゲの懐まで間合いを詰めていた。

 スーゲが目の前に出現した美少女を認識した時には遅かった。

 ラーミアルは刀を半周させ、掴み手の頭の部分“柄頭”を一挙に突く。それは、スーゲの鳩尾に目がけて。

 魔術を付与された彼の黒服に、ある程度の物理攻撃は通用しない。そのことを、ラーミアルは忘れた訳ではない。しかし、彼女には躊躇いなどなかった。

 ラーミアルとスーゲは、数秒微動だにせず停止していた。


 前方に力なく倒れたのは――スーゲだった。


 意識が無くなり崩れ落ちる二等騎士を、受け止めて肩を貸すラーミアル。


 「判定をお願いします」

 と、ラーミアルは戦況を見守っていた兵士に視線を送った。


 「えっ」

 と、言葉とともに駆け寄る兵士。信じられないことを目の当たりにしている様子だが、ちゃんと己の仕事を弁えているようだ。


 「勝者はっ! ラーミアル=ディル・ロッタとするっ!!」


 彼の励声一番は闘技場に響き渡った。



 「「「おーーー!」」」



 観客たちは一斉に立つと、歓声を上げた。

 ラーミアルは2人の子供を視界に入れると、兵士にスーゲを託し、刀を鞘にそっと納めた。そして、客席まで歩きながら、美しく輝く黄色の髪を手櫛で整えた。

 子供たち、シュクと少年の前方まで来ると、足を止めた。戦闘中の凛々しい表情と変わって、見た人間を惚れさせる微笑みで少年を見る。


 「これでお店を続けられますね」

 「ありがとう、お姉ちゃん」


 ラーミアルは優しく少年に語りかけた。話が終わるとシュクへ視線を移動する。


 「シュク、お待たせしました。遅くなりましたが、お使いの続きに行けますか?」


 ラーミアルは首を傾げ、質問をする。年相応の美少女が、買い物の続きを待ち遠しにしている。そんな、可愛らしい少女にしか見えない。

 シュクはゆっくり立ち上がり、ラーミアルを見つめた。感情の起伏がないシュクの口角は、僅かに上がっていた。


 「待ちくたびれて足が棒になりましたよ。薬屋で効く薬はありますか?」


 ラーミアルは天使の笑顔で答えた。


 「もちろんです!」



   +++   +++   +++



 痛々しい歯が軋む音。

 ギリッ、ギリッ――その音は、他人を威嚇するのに十分だった。

 2メートルの巨漢は、見窄らしい服装だ。布一枚を隔てて、鍛え上げられた筋肉が浮き上がっている。異様な雰囲気をまとった巨漢は、佇む。


 「ハァァァ、ハァァァ、・・・・・・」


 腹の奥から引きずり上がる、低音の渇ききった声。目は血走った表情は、獲物を脳内に擦り込んだ獰猛な獣だ。

 ギリッ、ギリッと止まない不快音。

 巨漢は、標準を捕らえている――淡く、透明度のある黄色の髪。非の打ち所のない、屈託のない笑顔。眉目秀麗な少女。


 ラーミアル=ディル・ロッタだ。


 彼女はスーゲ二等騎士との戦闘を終え、闘技場に立っていた。笑みの方向にいるのは、二人の子供。黒髪の少女と、同い年くらいの少年だ。


 巨漢は、荒い生々しい息を吐き出す。闘技場にある観客席の最後列の角。彼の存在は、3人には気づかれていない様子だ。周辺にいた観衆からは、陰口をたたかれている。しかし、その声は耳に入ることはなかった。


 「コ、ロ、ス。ハァァァ、ゴロ、ズ」


 口からは倒したコップから流れる液体のように、唾液が垂れ流れる。活舌が回らず、単語は酷く潰れている。負の感情しかない、顔色。押さえのない歯噛みにより、箇所によって歯は欠けていた。


 「ゴ、ろ、す。ハァァァ」


 吐息とセリフを交互に繰り返す。


 「コ、ろ、ズ」


 巨漢は、一人の少女を見続ける。

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