04話 口論 【2/2】

 「キミー、ここで店を開けるのは申請書を出した人間だけだよ。キミーは出してないよねー? 勝手に地面を細工してダメじゃないかー。今すぐ撤去しなさい」

 「お願いだ! 今、金が必要なんだ。兄妹のためにも金が一刻も早く必要なんだ! だから、やらせてくれよ!」

 「キミー、理由はどうあれ、許可が出ていない以上、立ち退きをしてもらうよー。キミたち片付けてくれ」


 黒服の男は後ろにいる兵士に指示を送った。2人の兵士は、地面に並べられた商品を片付け始める。鮮度が良いとは言えない萎びた根野菜たち。それらを木箱に入れていく。

 目に少量の涙を浮かべながら少年は抵抗している。「やめろっ!」と、連呼しながら邪魔をするが、日々鍛える兵士たちには歯が立つわけもない。

 そして、店を綺麗に片付けられ、身支度が済ませた何もない部屋のようになった。それを確認した黒服の男は笑みを浮かべ、数回頷いた。


 「キミー、次からは、申請書を出して商売をするんだよ。と言っても、今後、キミーの申請を受理することはないだろうけどね」


 ニヤニヤとし、口の中いっぱいに含んだ嫌味を吐き出す。

 少年は怒りで顔一面を真っ赤にし、黒服の男を睨みつける。涙をボロボロの服で拭った。この状況なら目の前の男に抗議として飛びかかっても、可笑しくはないだろう。子供、大人関係なくこの状況下で理性を爆発させる人間はいる。

 しかし、少年は拳を強く握り感情を抑え、暴れることはしない。親の躾がしっかりとされている、と言うことではない。兄妹における長男としての意地が働いているのである。

 少年は無言で片付けられた風呂敷を地面に引き直す。律儀に木箱へ納められた根野菜たちに手を伸ばすと、並べ始めた。対抗心か、黒服の男の言葉を無視した行動を取り始める。

 青く細長い野菜や、赤々しい楕円形の根野菜たちを並べ、先ほどと同じ状況に戻す。


 「キミー、人の話を聞いているんですか?」

 「……」

 「キミー、答えなさい」


 少年は無言を突き通す。黒服の男の眉間には徐々に皺が寄り、穏やかな表情が消えてゆく。


 「キミー!」――男は一喝した。


 正面に置かれた野菜を凄まじい勢いで踏みつけた。野菜は粉々に飛散し、青黒い汁が地面に広がる。男は砕け散った残骸を見て、再び笑みをこぼす。

 それを目の当たりにした少年の枷は、一瞬にして外れた。


 「おまえぇぇーーえっ! 俺たち家族が必死に作った大切な野菜おぉー!」


 叫び、殴りかかる。だが、体格の差は歴然。子犬と大人が戯れているようだ。少年は必死に男の下腹を突くが、効果はまるでない。

 黒服の男は笑顔で、その様子を眺める。

 辺りの店主たちは、静かに垣間見る。視線を外す、送る、を繰り返しているだけ。買い物に来たお客もそうだ。この男に関わらず穏便に終わらせたい、そういう顔ばかり。騒動の周りには近づく者はいなく、皆遠くから見守るだけだ。


 「キミー、もういいよ」


 遊び道具に飽きたかのような、呆れた声。そして、男は躊躇いなく高く蹴り上げる。それと同時に、少年の身体は浮遊した。見事な放物線を描き、後方の木箱に打ちつけられた。

 黒服の男は服についた埃をサッサッと払う。


 「キミー、片付けておくんだよ」


 男は言葉を残し、立ち去ろうとする。後方にいる2人の兵士に指で合図し、着いてくるように促す。彼の顔には罪悪感など皆無で、むしろ満足感がある。


 「大丈夫か?」


 その時、痛みを堪えている少年に、手が差し伸べられた。ゆっくりと補助を受けながら、立ち上がる。少年の視線の先には、1人の青年がいた。


 「ありがとう」

 「どういたしまして」


 爽やかな笑顔で青年は答えると、彼の後ろからは2人の声がした。


 「すいません、騎士さん。ちょっと待ってもらえますか?」

 「んー? キミー、なんだね?」

 「ただの通行人っすよ」


 黒服の男の足を止める2人の声。それは全て、爽やかな青年と似すぎて不気味なほど。涙目だった少年は、青年に近づく2人に視線を送る。その瞬間、理解できない現状に硬直した。

 青年の横に並んだ2人は、青年だ。区別できないほど3人は、同じ顔の青年だ。

 黒服の男も、目を細め3人の顔を鋭く観察する。


 「キミーたちはいったい何だね?」

 「俺たちは魔術学園の生徒で」

 「学園ランキングで、30位、40位、50位の」

 「3兄弟っすよ!」


 間違い探しをするための、問題を探すのが難題であろう。顔や体格、服の皺一つ取ってまでも違いはない。親ですら、見分けることができるのか疑ってしまう。

 3兄弟の服装は、先ほどラーミアルに声をかけた金髪イケメンと同じだ。そうすると、3人は魔術学園の生徒で間違いないだろう。


 「キミーたち学園の生徒だね。何のまねですか?」

 「すいません、騎士さん時間を取らせてしまって。俺たちはただ、騎士さんの行動を見過ごせないと思っただけですよ」

 「そうっすよ!」


 寸分の狂いもない3兄弟の注目度が高い。周りからで様子を覗っていた傍観者たちからは、呟く声が聞こえる。


 「あの3兄弟ってまさか、“ル・ロワ”家の子じゃない?」

 「魔術で優秀なあの貴族の家系か」

 「それなら、安心できるわ!」


 大人たちは裏で盛り上がりを見せていた。

 3兄弟は都市内でも有名な貴族の家系なのだ。父親が優秀な魔術師であり、その英才教育により彼らは育った。成果は火を見るよりも明らかである。魔術学園内のランキングでは現時点の3年生で、3人とも50位以内だ。将来は安泰な生活を約束されている。


 「キミーたち、ル・ロワ家の子なんだね。お父さんにはお世話になっているよ。‥‥‥でもねー、私を止めた理由はなっていないよ」

 「子供が犯した過ちなんすから、ムキにならなくてもいいじゃないっすか!」

 「キミー、私は間違った発言はしていないよ。規約に則った行動を行ったまで」

 「それと、この少年の暴力は関係ないんじゃないか?」

 「キミー、それは教育というものだよ! 頭で理解できないのだから、身体に叩き込むしかないだろ?」

 「そうですか。それなら仕方ないですね。私たちはあなたに決闘を挑みます」


 黒服の男は、肩を落としため息を漏らす。呆れ、疲れ、やれやれと首を横に振った。

 その瞬間――黒服の男から光が放たれた。魔術を使用した時の輝きである。

 寸秒の時が進むと、3兄弟は消えていた。その場には、少年と黒服の男。そして、彼の後方にいる兵士2人だ。少年の正面から姿を消した3人。少年は訳のわからない状況を必死で理解するため、慌てて辺りを見渡した。


 「あっ!」

 と、少年は数メートル離れた一か所に目が行く。そこには、3兄弟が地面に仰向けで倒れているのである。数秒前までの元気な顔はなく、腹部の痛みを堪えている驚愕の顔だ。

 周辺の傍観者たちも遅れるように、反応した。


 「えっ!? 何が起きたの?」

 「まさか、魔術か?」

 「優秀な3人なら攻撃を避けられるはずよ!」


 騒めきは止まない。

 男は顔を緩慢に上げた。その顔には、納得したような清々しさがあった。


 「キミーたち、私は忙しいんだ。お父さんには私から説明しておくよ。と言っても、聞こえていないと思うけどね」


 男が周囲をぐるっと見渡すと、騒々しい声たちは鎮圧された。皆、普段通りの作業、買い物に戻っていく。大人はとても正直だ。

 対面にいる少年の心には、恐怖と憤りが。それは、身体を小刻みに揺らした。皮肉な大人の顔は、心に傷をつけるには十分だ。

 少年の瞳から、寂しげな雫が落ちる。大切な兄妹のための稼ぎは途絶え、窮地に追い込まれた小動物のように弱々しい。大人に対する対抗手段が頭に浮かぶこともない。ただただ、何も出できない自分自身に佇むことしかできなかった。


 「キミー、ちゃんと片付けて家に帰るんだよ!」


 黒服の男は少年に微笑みかけた。そして、身体を反転し、足を動かし始める。

 少年は涙を袖口で押さえていた。足元にある飛散した根野菜の残骸は、少年の心をそっくりに表している。


 「待ってください!」


 高らかに響き渡る、透き通った少女の声。場は静まり、黒服の男の足は止まった。





 少年は可憐な声の方へ、顔を向けると美少女がいた。タンポポ色の髪色のポニーテール。凛とした顔立ち。瞳は大きくターコイズブルーの宝石の輝きを放っている。


 ラーミアル=ディル・ロッタである。


 ラーミアルは腰を下ろし、3兄弟の状態を確認し終えていた。3人の顔色は良好となり、腹部の痛みは治まっている。彼女の手には3個の小瓶。即効性の痛みを緩和する薬――回復薬というものである。小瓶を腰の袋に入れると、ラーミアルは立ち上がり、少年の先を凝視する。早々に足を進め、少年を保護するように前に勇敢に立った。

 黒服の男は接近する少女からの視線に返事をする。


 「キミー、なんだね?」

 「足を止めてしまい申し訳ございません。スーゲ二等騎士」


 ラーミアルは、深く頭を下げた。数秒が経ち、状態を戻し、会話を続けた。


 「スーゲ二等騎士、先ほどの行いは少し行き過ぎと思います。また、その少年の行動は無知な至りです。なので、先ほどの申請の件はどうかお考え直しを」


 再び、首を深く下げる――ラーミアルは真剣な口調で、説得する。その姿は騎士の風格があり、堂々としている。

 スーゲと名の黒服の男は目を細め、ラーミアルをゆっくりと観取する。


 「キミー……。ディル・ロッタ騎士長の娘か」

 「はい」

 「なるほど、ね」


 スーゲは納得したように、笑みを浮かべる。


 「ディル・ロッタ騎士長の件は、私もとても悲しんだよ。とても尊敬していた先輩だったからね。キミーがその娘さんとはね。さぞ、悲しかっただろう」


 スーゲの表情筋は忙しく、悲しみの顔になった。彼の声は周りに響いた。その言葉により、「あの子が」と言う声が所々で聞こえてくる。

 “ディル・ロッタ騎士長”の言葉に、手を強く握るラーミアル。腰に静かに眠る打刀は、少女から伝染し、微かに闘志を燃やし始める。


 「スーゲ二等騎士、今はその話をしているのではありません!」


 喝――覇気を感じる言葉の重み。ラーミアルの顔は冗談など受け付けない、険相そのモノだ。


 「キミー、少年は許可を得ず商売をした。これは規則違反なんだよ。私はそれを教えただけだ。何も悪くない。キミーたちもそう思うだろ」

 「「 はい! 」」


 スーゲは後ろにいる兵士に質問を投げる。兵士は背筋を伸ばし、同時に甲高く返事をした。ラーミアルは、納得しない面持ちで口を開いた。


 「公共の場での魔術の使用は行政認定の人間のみに許された特権。それを、このようにお使いになるのは如何なものと考えます」

 「キミー、あの3人は私の忙しい時間の妨げだったんだよ。そのために行使したまでだ」

 「学園の生徒は校外での魔術の使用に制限があるのは知っているはずです。そんな無抵抗な相手にあなたは一方的に使ったんですよ!」

 「キミーもう話は終わりだ。私は忙しいんだ!」


 スーゲは怒号を放った。「時間の無駄だ!」とばかりに、苛立ちを表面上に出す。頭に大量の血が流れ込んだと思わせる、真っ赤に染まる顔。

 少年は不安な面持ちで、ラーミアルの袖をギュッと掴んだ。ラーミアルは振り返ると、落ち込み悲しげな子供の顔。美しく微笑みかけると、少女は向きを戻した。視界には、この場から逃げ出そうとしているイライラしている騎士と同行する2人の兵士。


 ラーミアルは沈黙の決断をした。



   +++   +++   +++



 5分前――


 「お嬢ちゃん、ここら辺では見ない顔だね。どこの出身だい?」

 「北の方です」

 「北の方?」

 「北の北の方かも」

 「そうなのかー。それにしても可愛い顔してんなっ」

 「はっ、はー。ありがとうございます」


 シュクは穀物を売る店の店主のおばさんと会話をしていた。ラーミアルは行き交う人の間を俊敏に動き、一瞬で目の前から消えていた。

 ぐいぐいと押し迫るおばさんにシュクは圧倒されながら、他愛のない会話が続けている。するとと、20メートル先から騒々しい声が聞こえてきた。



 『ディル・ロッタ騎士長の件は、私もとても悲しんだよ。とても尊敬していた先輩だったからね。キミーがその娘さんとはね。さぞ、悲しかっただろう』



 周知させるために大声を出しているのか。スーゲの声はシュクのいる場所まで、しっかりと届いていた。

 [ディル・ロッタ騎士長? それはラーミアルのファミリーネームだよな]

 と、シュクは脳内で考える。


 「ありゃま。あの子がディル・ロッタ騎士長の娘さんか!」


 横にいるおばさんが驚いた様子で反応した。


 「おばさん、何か知ってるの?」

 「お姉さんって呼びな!」

 「それはいいから」

 「呼ばないと答えられないねー」

 「おば‥‥‥、おね‥‥‥おばさん」

 「何でだいっ!?」

 「事実は曲げられない」


 シュクは「事実を改変するのは無理だ!」とばかりに、首を横に振った。その光景におばさんは、呆れた目で見る。


 「ディル・ロッタ騎士長は王都、そしてこの都市を守った英雄的な騎士だよ。でも3年前にとある一件で亡くなったって聞いたね」

 「一件?」


 シュクは首を傾げておばさんを見ると、「有名な話なんだけね」と前置きし、話を続ける。


 「3年前に、竜が王都を襲ってね。その影響か知らんが、ここら辺では見ない魔物も同時に襲いかかってきて、パニックになったんだよ。そりゃーもう大変だよ。市民や兵士はいっぱい亡くってね。それから救ったのが、ディル・ロッタ騎士長と言うわけだよ。騎士長がいなかったら、次はこの都市が被害にあってたね!」


 おばさんはひそひそ声で、簡潔に説明をする。シュクは「なるほど」と顎に手を添える。

 [ラーミアルの強くなりたい、という意思はそこから来ているのか?]

 と、推測するが、

 [しかし、まだ情報は不十分だな]

 と決め、思考を終えた。


 それと同時に、ラーミアルの甘美な声が強い意思を持って伝わってくる。



 『スーゲ二等騎士! 検討していただけないなら仕方ありません。……魔術決闘で、私が勝てば少年のお店の許可を出してください。私が負けたら、あなたの言うことを何でも聞きましょう』



 続いてスーゲの声が聞こえた。

 


 『キミー、何でもと言ったね。では、私が勝てばキミーは一生、私の下で働いてもらう! さぞ、ディル・ロッタ騎士長も喜ばれるだろう!』



 嫌味が滲み出た声が響く。その声に、シュクの周りにいる店主、客は不快な表情へと変わる。

 [この都市で出会う男は、独占欲のあるタイプが多いのはなぜなんだろう]

 と、シュクが頭でイケメン金髪のシルエットを思い出していた。すると、離れているがラーミアルの熱い誠心が空気に乗ってきた。


 『決定です!』



 シュクはおばさんと目を合わせ、次にラーミアルのいる方向へ顔を向けた。


 「薬屋は?」

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