01話 出会い 【2/2】
3時間後。
久能は湖付近を探索していた。そうすると、人間が交通網として使用していると想定できる土道を見つけたのだった。
「やはり、疲れるんだな。あれから何分歩いたかわからないが、そろそろ人や建物を見つけても良いものじゃないのか」
全裸の少女は状況確認をするべく、人間を探していた。一歩一歩と進む様子は正真正銘、小さい子供だ。
整備されていないが、人間の通り道として続いている。久能が進む土道の両脇には、一面の草原が広がっていた。鮮度の高い緑色は、寝心地がとても良さそうだ。
久能は全身に蓄積される疲労を噛み締め、途方に暮れている。
無心で進み続けていると、自然と遠方に見えるモノに興味が惹かれた。
橋が見える。
ここの世界に来て、初の人工物。橋を見た久能は、生物が存在するのだと一つの確信ができた。安心し、ほっとした顔が少しだけ見える。
サーと、囁かな風で草原の葉が靡く。裸の人間でも心地よい気温である。春の陽気を感じさせる。
[この星が地球ではないことから、青空から覗き込む太陽は、異なる恒星なんだろう。太陽の位置から推測するに、地球の正午10時くらいか]
久能は頭を使う力が戻っていた。大空を見上げながら、大雑把に推測する。
ゆっくりだが、橋に近づいてきた。ようやくのところで、橋から100メートルのところまで接近した。
石造りの橋は、5メートルはある小川を跨いでいる。
石橋に近づくにつれ、久能の疲れていた顔に生気が戻り始めた。その理由は、視線の先にある。
数匹の蝶と、1人の少女
生き生きと飛び回っている鮮やかな色の蝶10匹。その蝶の中心にいるのは、容姿から16歳前後の少女だ。
少女は――タンポポ色を連想させる明瞭な黄色の髪色をしている。身支度に時間を要する編み込みのポニーテール。身長は160センチであるが、顔にはあどけなさがある。眼球の薄いターコイズブルーは、上品な美しさである。美女ではなく、美少女がしっくりくる精悍な容姿をしている。街中で彼女が歩いていれば、擦れ違う老若男女は視線を奪われてしまう。
白いズボンに黒いブーツ。襟付きのシャツで胸のラインに沿ってフリルがついている。律儀にシャツはズボンにしまい、羽織るようにコートを着ている。肌の露出が少ないが、身体を鍛えている洗練された引き締まりを感じる。胸元のフリルの持ち上がりは、少し寂しさがあるのは、口を閉じよう。
少女は笑みをこぼしながら、蝶と戯れる。指揮者のように指を軽快に動かしている。
久能はゆっくりとした足取りで近づく。すると、シュッと少女の顔が動いた。
少女は久能の存在に気づくと、一瞬で顔色が変わった。視界に入り込んだのであろう、一人の裸体の幼女が。
その瞬間、少女の周りで舞っていた蝶たちは線香花火のように静寂に散った。少女は急に立ち上がると、勢いよく駈け出した。走りを加速させ、急に止まれない速度を出している。砂埃を上げながら勢いを止めない。
数センチ、久能の目の前に少女は急停止した。土道に膝をつけ、目線の高さを同じに。少女は慌てふためいた様子で久能の傍らに寄り添う。
久能はその場に立ち尽くしていた。少女の可愛さに惚れてしまった、訳ではない。理解不能な行動をされているので、硬直してしまっているのだ。じっーとして幼女に対して、少女は何かを伝えようと口を開いた。
「縺ゥ縺?@縺ヲ陬ク縺ェ縺ョ??」
「えっ?」
「譌ゥ縺乗恪繧堤捩縺ェ縺?→??」
「何て言っているんですか?」
「菴輔→險?縺」縺ヲ縺?k縺ョ??繧「繝ォ繝エ繧。繝シ繝峨?蟄舌§繧?↑縺????」
会話が途切れ、無言の時間が数秒流れた。
[全く何と言っているかわからない。英語でも中国語でもない]
久能は思考を巡らせるも、言葉を読み解くのは不可能であった。研究者のため、英語や中国語の日常会話の知識はある。さらに、海外の学会に行くこともありヨーロッパ圏やアジア各国の言語は挨拶程度ならコミュニケーションを取れる。しかし、理解できない。どの国とも違う、発音やイントネーション。
「Can you speak English? ?会?中文??」
(英語は話せますか? 中国語は話せますか?)
少女は不思議そうに首を横にした。
[これは言葉が本当に通じないようだな]
久能はターコイズブルーの瞳に集中を削がれながらも、思案する。目先の美少女には、一切の動揺も緊張も湧き上がらない。久能は女性に対する興味がかなり薄く、疎遠になっている。はっきり言えば、研究が好きすぎて女性は興味対象には入らないのだ。
顎に手を当てている久能は、検討の末にあることを考えた。
[こんな時に翻訳ができる情報端末を持っていれば]
タイムマシンがあればいいのにと考えるような漠然と何気なく、それでいて希望的に。曖昧なイメージを脳裏に浮かべた。
突然、久能の意識とは反する情報が脳内に介入してきた。
“魔法陣”――
それは、漫画やゲームで目にする魔法を発動する時に描かれているようなものだった。魔法陣は知る由もない図形と文字の塊だ。
しかし、久能には理解ができた。
イメージは、細かい刺繍を描く手間のかかる絵画に見える。しかし、脳内に浮かぶ魔法陣は一文字の平仮名のシンプルさで容易に書くことができる感覚だ。
落ち着きがない美少女を横目に、半信半疑で辺りを見渡す。
[描くことができるモノはないか]
と、近くに落ちている木の枝に気づき、拾いくことにした。
枝を手にし、順を追って地面に線を足し始めた。
驚くほど滑らかに、自信のサインを描くテンポで。脳裏に浮かぶ魔法陣を記した。
その間、黙っていた少女は理解不能な言葉で話しかけている。久能は集中力は凄まじく、声が遮断されてしまっている。
木の枝が止まり、魔法陣が書き終わる。無我夢中で描いた魔法陣を見入るが、何も起こらない。現状、微塵も異変が起きていない。
すると、少女は立ち上がると久能に接近してきた。久能の幼く小さい手を握ると、魔法陣に手を添えるように誘導する。
無抵抗の手のひらは少女の柔らかい手と一緒に、魔法陣へ手を添えた。
触れた瞬間――パッと光源のない地面から光が放たれた。一瞬の出来事だ。
久能はまばたきをして、触れていた魔法陣に視線を移動する。そこにあるはずの魔法陣が、綺麗さっぱり消失していた。驚きよりも、科学的に不可思議な現象に興味をみせる。
「何だったんだ今のは?」
独り言のように呟くと、少女が声に反応した。
「“旧・魔術”ですよ。知っていたのではないのですか?」
「それが全く・・・・・・んっ?」
耳に心地よい音が通り抜ける。
久能は自分自身の手を掴む少女に目を向けた。少女は身体を密着させ、至近距離だ。 吐息が聞こえるほど顔が近く、生命を感じさせる艶めきの髪の毛は久能の顔に触れていた。心が安らぐ甘美な匂いは、ぐっすり熟睡をさせてくれるアロマの効果がある、と断言できる。
久能は迅速に手を解き、立ち上がると、少女と少しばかりの距離を取った。地球上でも指折りの美を兼ね備えている少女も腰を持ち上げた後に、「あのー」と幼女の目を見た。
「いろいろと質問がありますが、まず……なぜ裸なのですか?」
「えっ?」
「裸ですよ?」
「えー。あっ、そうだった」
少女は指を差して、幼女の裸体に注目している。
久能は思い出し、納得したように返事をした。すると、少女は羽織っていた薄い生地の白の布を掴んだ。布を大きく広げ、久能の身体を覆い被せるように纏わせた。
久能の身長には、布が丁度よいロングスカートのようになった。
「これで一先ずは大丈夫ですね」
少女はにっこりと微笑みかける。
「あ、ありがとうございます」
社交辞令の挨拶を軽く済ませると、久能は布を纏う自分自身に目を通す。少しばかりの時間を使い、客観的に身なりを想像した。
[てるてる坊主だな]
どこか楽しそうに。久能は自嘲を心に秘めることにした。
*** *** ***
・久能が使用した魔術は下記のとおりです
〇『永続的言語掌握』
→あらゆる言語を永続的に理解することができる。
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