第一章
01話 出会い 【1/2】
「ふぁー。良く寝たな」
快適な眠りから覚め、目を開けた。
仰向けの状態で辺りを見渡すと、白濁色で風鈴を思わせる花が目に入る。視覚から得ている情報に疑問を抱くのは――久能周多だ。
「見たことない花だな」
花の知識は多少、心得ている。そんな、久能にも見に覚えのない花らしい。緑の長い茎の先に、健気に咲く白い花。その花たちは、凛とし、視界を埋め尽くす。
「奴は一体なんだったんだ」
夢なのか現実かわからない。先ほど会っていた幼女姿の大魔道士のことを思い出す。
[奴の言っていた内容が本当なら、ここは地球とは違う世界。そして、・・・・・・私は死んでいる、か]
事実関係を整理する。脳裏に焼き付いた映像は鮮明だ。
[科学的には理解できない。しかし、軽率に結論を出すのはいかんな]
心の中で納得の意の頷)きをする。
大魔導士との会話を理解できない。自分が死んでいる可能性があるから。奥歯の隙間に食べかすが挟まり、取れないことを意識するような感覚だ。
気持ちが散漫するのを抑制し、[まずは情報収集だな]と切り替えることにした。
「それにしてもさっきから違和感があるな。‥‥‥いつもより声が高く感じる」
シュクは眉を顰めながら呟く。上半身を起こし、「あー」と繰り返し発声する。首を傾げ、半信半疑な気持ちが表情から垣間見える。
地に着いたお尻を持ち上げ、その場に立った。体を伸ばすと口から、「んー」と声が漏れる。目を瞑り、気持ちがリフレッシュされるのがわかる。一息吐き出し、目を閉じて日 光の温もりを全身に吸収する。
ハッ、と何かに気が付いた。
重く閉じていた目蓋は、大きく見開かる。唐突に首を慌ただしく動かし、周囲を見渡す。
――雪化粧を思わせる一面の花畑。数百メートル先には直径400メートルはある湖が広がる。湖の奥には岩石と氷雪のデュエットが奏でる聳え立つ白山。人間の立ち入りを拒むような荒々しい形をし、高度6000メートルはあるであろう山々が連なる。
写真に残さなくても脳内に保管できるほどの、見惚れる神秘的な光景。人間の心を鷲掴みにしてしまう絶景。神が熟考して置いていったピースたちは、お金に変換できない価値がある。
「きれいだ」
目の前の衝撃的な光景に夢中にさせられる。久能もその一人だ。
1分が経過したところで、我に返る。そして、顎に手を当て考え始める。
「やはり、奴の言っていた世界なのか」
大魔導士と出会った以前の記憶を遡った。
そこは――寝床とした研究室の光景だった。狭い空間には研究のための機材やモニター、パソコンがある。机の上には、簡単に食事ができる食料品や栄養ドリンク。そして、寝袋に包まる自分自身。
目の前に映る情景は研究室の中でも東京、日本でもない。その確信をさせられる光景だ。世界のどこかには、目の前の光景が存在するかもしれない。
目の前の状況下に動じない面持ちで顎をさする。指先の感触に違和感を覚える。些細な自分自身の感覚に従うように、手に目を向ける。
[小さい?]
手を広げたり腕を前に出してみたり。自分の毛穴を一つ一つチェックする速度で、腕を観察する。客観的に見たら、腕の上にいる虫を目で追う人だ。
「こんなに私の腕って細かったか。後、短くなった気がする。これも奴の影響か」
久能は一通り腕の確認を終える。次は、身体を確認することにした。上半身に目線を移動し、続けて下半身に目を落とした。
「んっ?」と思わず平常心の驚きが声になる。
幼少の子供の肉体――健康的な肌色をしている。モチモチの地肌は若さの象徴だと痛感させられる。凹凸のない線からは、筋肉が鍛えられていないのだろう。弱々しい細く華奢な脚。太ももからふくらはぎのラインは、汚れのない透明感だ。
そして――確認必須な場所がある。生物として、人間として、男として。久能は己に起きている異変を、確認する使命を全うした。
「女性、と言うよりも幼女と言う表現がここでは正確なのか」
戸惑いがなく、至って冷静に。自分自身の身体に起きている衝撃的な変化に、結論を出した。
「性別が。1度の人生で2つの性別を体験出来ることは有益な経験だ。何事も経験は必要だからな。‥‥‥2度の人生と言う方が正しいか。しかし、これが現実とも夢とも考えられる。他の要因も有り得るな。ここでの結論は短絡的だな」
真剣に近況を精査している顔色だ。
数十秒経過したところで、ゆっくりと顔を上げた。
「やはり、情報収集が先決だな。奴の発言と、研究についても一度保留とするか」
花畑の奥にある湖に意識がいった。
[一先ず、顔を洗うことにするか]
小さい足底で白い花を踏まないように一歩一歩、前進する。慣れない身体のため、バランス感覚が取れない様子である。
前方に見える湖へ、覚束ない足取りで進んで行った。
数回転びながらも、湖に辿り着いた。
透明度の高い水だ。湖の中に生息する、生き物たちが目に入る。魚であろう数匹は、楽しく遊んでいるのが見える。
程よい冷たさの水を両手ですくう。小さい手には少量の水しかないが、それで十分だった。顔に数回かけると、眠気がすっきり吹き飛んだ。
水面を覗き込み水中を観察しようとしたところで、自分自身の顔が目に入った。
――可愛らしい幼女。
一言で表すと、日本人形が的確だ。透き通る黒色の髪の毛で、おかっぱヘアー。すっきりと整った顔立ち。瞳はクリッと大きく、ダークブラウン色をしている。しかし、子供のような活発さは微塵もない腐りかかった表情筋。人間という器が変わっても、表情は変化しないことが理解できる。
そんな少女が湖上に映っていた。
「これが私か。まるでこけしのようだな。」
久能は眉一つ動かない。自身の顔を観察すると、「なるほど」と吐き出す。
思い出したように、体全体を見渡し始めた。確認を終えると、不思議そうに小首を傾げた。
「そう言えば、なんで裸なんだ?」
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