02話 新・魔術と旧・魔術 【1/2】
小川のせせらぎが聞こえるほど長閑な昼下がり。
畔には姉妹には見えない、二人の女子が座っていた。
「私の名前は、“ラーミアル=ディル・ロッタ”と申します。ラーミアルとお呼びください」
凛々しい容姿のラーミアルはお辞儀をすると、軽く口角を上げた。ラーミアルの見つめる先には、布を羽織った幼女が体育座りをしている。
「えー、私は」
口を開いた久能は言葉が出ない。
[久能周多という名前が思い出せるが、脳裏に強く浮かぶのはシュク=ミツォタキシーという名だ。これもあの大魔導士の影響か]
自身の思考と反し、情報が割り込む状況に違和感が強い。嫌悪を吐き出したい気持ちを強制的に抑える。「えー」と何度か呟き、ようやく言葉を決める。
「くの‥‥‥。シュクと言います」
口にいっぱいに溜まった混沌を吐き出したような声音。なんとも、幼い子供には似つかわしくない声だ。
「シュクさん? 良いお名前ですね!」
ラーミアルは直球に褒めた。己の名前に対する反応に久能改め、シュクは歯痒い気持ちなる。
[あの大魔導士がつけた名前を褒められるのは、非常に不満だが]
大魔導士への不満を心で語っていると突如、ラーミアルは身体を前方に傾けた。そして、シュクの顔に接近した美少女は凝視し、首を傾げる。
「あまり見慣れない容姿をしていますが、王都の出身なのでしょうか?」
「王都?」
聞きなれない単語に思わず言い返した。言葉を発した瞬間、シュクの心に焦りの雲が湧く。
[大魔導士の話が本当なら、ここで日本という国名を言っても通じない可能性が高い。‥‥‥やっと出逢えた第一発見者だ。警戒されては、情報収集が円滑に行えなくなる]
そう思ったシュクはラーミアルから目を逸らし、ゆっくりと切り出す。
「北の方から来ました」
「ということは、“ミーファン”から?」
「もっと、北かな」
「えっ!? “ディル・ローエ”からですか!?」
「そうですよ」と肯定したように首を縦に振る。「そうなんですね!」と、ラーミアルは驚いた様子で幼女の言葉を信じ込んだ。
間もなく、ラーミアルは質問を投げる。
「シュクさん、いろいろと質問したいことがあります。まず、女の子が裸で歩いているとはどういうことですか?」
「女の子が裸で歩いている。それはわいせつ物陳列罪でしょうね」
「ワイセツブツ、チン? それはどう言う意味‥‥‥とにかく、シュクさんのことですよ」
「はい? えっ、私? 」
ラーミアルの強い指摘に戸惑うシュク。自分自身を言われていると気づいていない様子だが、数秒の間を過ぎたころ。途端に言葉を理解したように驚きを顔に表す。
「そう言えば私は今、幼女の姿をしていましたね。急な変化に慣れないもので」
[まずい、これは変なことを言ってしまったやつだ]
と、急いで両手を口に当てる。うっかりしていたとばかりに。
その言葉にラーミアルは首をひねり、シュクの顔を覗き込む。
「可笑しなことを言いますね。頭でも打ちましたか?」
不思議そうに問いかけるラーミアルに対し、シュクは[それだ!]と、心で指を差した。曇り模様だった顔色は、良い提案をされ晴れ晴れとした天気に変わる。
「以前の記憶が無くなってしまって」
澄んだ綺麗な黒い瞳は、ラーミアルの端麗な顔を観察する。[苦しいか?]と、シュクは苦し紛れのついた嘘への反応を危惧する。
「本当ですか!!?? 冗談で言ったつもりだったんですが」
ラーミアルは迷子の子猫を探している人のように、焦る表情に変わった。少女はシュクの顔に近づくと、両手に自身の手のひらを重ね合わせた。純粋に信じ込んでいる顔だ。
「それは大変ですね! そのような事情があるとは知らず勝手なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
「あっ。えー、はい」
「無理をしなくても良いですよ!」
怒涛の勢いにより、シュクは発言の猶予を与えてもらえない。嘘を真剣に信じたラーミアルの心の健気さに漬け込む形になり、良心が痛む。
シュクは数秒の沈黙時に、
[現状、この世界の確証を持つまでは記憶喪失と言う方が生活しやすいか]
と、考え答えを纏めた。
視線を上げると目の前には、心配そうにしている美少女がいる。
「私にできることがあれば何でも言ってください!」
シュクは美少女の相好を眺めると不思議な気持ちになった。何だか懐かしく幼い過去が脳裏に過る。
ラーミアルに包み込まれた手を優しく解くと、自然と手が伸びる。
シュクは――1本1本洗練されたタンポポ色の髪の毛をゆっくり触り、頭の形に添って撫でた。
[昔、妹が泣いていた時はこうして頭を撫でたな]
と、心の中で静かに思う。ラーミアルの面持ちは柔らかい喜びへと徐々に変わった。
「私が慰めてもらいましたね。ありがとうございます」
「あっ、申し訳ない! 初対面の人間がおこがましいことを」
「いいんですよ!」
ラーミアルは両手を無造作に振り、美しく微笑む。
「こうして頭を撫でてもらったのは何年ぶりでしょう」
と、小さく小さく囁いた。
「何か言いましたか?」
「いえ、何でもありません!」
「それにしてもラーミアルさんは優しいんですね。初対面の相手にここまで感情移入する人は初めて会いましたよ」
「私は純粋にシュクさんの身に起きた悲劇に悲しみを感じただけですよ」
シュクは頭を撫でるのを止め、腕を下した。手に残ったのは、ふんわりと柔らかく温かい練り糸の感触。そして、ほんのりと優しい柑橘系の香りだ。
薄いターコイズブルーの瞳に映る黒髪の幼女の顔。それを見たシュクは、質問しようと考えていた内容を思い出した。
「そういえば、旧・魔術って何ですか?」
ラーミアルはその言葉に、ハッと表情が変わった。
「えっ? 知らずに使用したんですか? 魔法陣はどうしたんですか?」
「頭にポッと浮かんで」
「‥‥‥それは記憶が戻る前に使えてた、と言うことで説明がつきます。ですが、いろいろと不思議なこともありますね」
「不思議なことですか?」
「はい。それも兼ねて旧・魔術について説明しま」
ピョーウ、ピョーウ
ピョーウ、ピョーウ
会話に割り込んだのは、空に舞う数羽の鳥の囀りだった。鳴き声につられたラーミアルは、空に輝く日を見上げた。すると、何かを決めたように頷いた。
サッと立ち上がりシュクの方向に首を動かすと、明るい表情を向ける。
「一先ず、歩きながらお話ししましょうか?」
「歩きながら。どこかに行かくんですか?」
「はい。アルヴァード‥‥‥私の住む“都市アルヴァード”に行きます」
ラーミアルは座っているシュクに手を差し伸べた。
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