第五話「終幕・万年が終わる」

「直人、夜は眠れるか?」


 教卓の上に座って喋る制服の男。

 彼を見据えながら木徳直人は歩く。悲鳴の様な声も漏らしながら。


「なんで、なんでだ……」

「眠れないよな直人。だからここにいる」


 机を避けて男の真正面、二メートルは離れて立った直人が叫ぶ。


「なんでだよ湯田ッ!」


 対峙しているのは湯田ユダ黄一コウイチだった。

 だがいつもの彼ではない。

 長かった前髪をオールバックにしている。

 今までは前髪で隠されていた目。

 鋭さも分かる。


「お前が見た通りだ」

「嘘だ……そんな事あり得ない」

「いいさ。今から順を追って話す。直人、お前がまだ知らない、見てない事を」


 湯田は上機嫌な様子だった。

 けれど今までの楽しげな彼とは違う。邪悪さと狡猾さを漂わせている。


「直人、全てだ。オレの話を黙って聞かなければいけない。お前がおんなに話を聞かせるみたいに。

 けど質問はしていい」


 湯田が微笑する。

 直人は黙って睨む。


「とにかくウォーミングアップは終わりだ。ここからが本題」


 オールバックの髪を彼が両手で撫でつけた。


「鬱陶しかった髪型も、スッキリだ。これが本来。まあそれはいい」


 流暢に湯田が語り始める。


「お前や蛇、オレがに生まれる遥か昔。物語は始まっていた。

 オレ達はずっと画策していた。どうにかしてここに進出したいと。

 だからあの、の糞野郎――おっと失礼。救世主メシア様が標榜し、信徒共が担いでいる計画を利用させてもらった。

 大層な再臨パルーシアの予言を」


「忌々しい光明界ホワイトサイトの屑共が関わっている計画を逆手に取る。暗黒界ブラックサイトはそう決めた。

 計略には尖兵も必要だった。この顕界げんかいでシナリオの記憶を保持したままの者。

 それがオレだ」


「顕界へを飛ばすには膨大な時間とエネルギーがいる。見返りがこんな脆い肉体で残念だが。

 ここへ飛ばした種子はもう一つある。それが黒川ミズチレヴィアタン。大淫婦バビロンの名でもいい」


「悪魔崇拝やカルトは顕界で役に立つ。オレはあの蛇を監視して、両親を消し、孤立もさせた。だが重要なのはこの先。

 お前達は出会わなければならなかった。あれが最初の

 直人。興味もない女の話をお前に聞かせるのは大変だったよ。まあそれで、お前というキアの興味はブラックへ向いた」


 彼が何かを宙へ投げた。

 直人は黙ってそれを拾う。


「オレは蛇の魔術がお前を殺せないのを知っている。それだけではない。お前へ向けたらどうなるかも。あれも引き金だ」


 拾い上げた写真を直人が見た。

 黒川ミズチと死体が写っている。


だ。だろ?

 安心しろよ。キャッチの男以降、蛇は一般人に噛みついていない」


 湯田がでカメラを形作って片目を瞑る。

 直人はなぜか違和感を覚えた。


「オレ、が躬冠司郎へ写真を送った」


 丁寧なお辞儀。


「直人、お前は本当に自分の意思で小説を書きたいと思ってたのか?」


 彼の意図に対して、無知な振りをした。


「俺は、小説家に……」

「大昔の預言者共もお前みたいにんだ。ありもしないを神託とか言って。下らないで、オレ達や屑共もできる。

 お前はまだ気づいていないが、小説の内容もしている。

 ハッキリ言ってやろう。お前は自由意思で小説を書いていない。あの蛇に読ませる為、ひいてはオレ達の為に書いたんだ」

「嘘だ……」

「物語はお前と蛇をより強く

 のトリガーが引き金。

 させた」

「嘘」

「過去のがそうである様に、オレ達は上手くした。、それらをとして

 大昔から既に示唆していた。僅かにオレ達が、更には。大変だったよ」


 かいていない額の汗をわざとらしく右手で拭い、目の涙も拭き取るジェスチャー。


「直人、夢もそうだ。良い夢、見れただろ?」

「……」

「夢もトリガーだ。まあ言われなくても体験済みだよな。毎回獣の数字666が刻まれちゃってる」


 湯田が自身の左胸、右手首、右側首筋辺りを大袈裟に指差す。


「じゃじゃーん、刻印が完成! 逆封印で光明界ホワイトが擁した東方の三賢者も地に堕ちた」


 身振り手振りでおどけた湯田が語る。


「躬冠泉をタラし込むのも簡単だった。オレは兄妹を昔見た事がある。同じ施設にいた幼い頃だ。

 あいつら血の繋がりはなかったが、最後まで気づかなかった。物心つく前から養子になった二人、可哀想に」


 彼が嘲笑う。


「幼いオレがなぜ覚えてるか? 見ただろ、記憶だけはいいんだ。シナリオもに入ってる」


 自身の頭を指差す。


「そういえば、まだオレを殺さないでくれよ直人。オレはお前達みたいに強くない。なんだ。使えるのは記憶と知識だけ。

 いわば霧争和輝の目から入ったラプラスの破片の縁者。オレのと言っておこう。お前のエルの力、七曜の発現とも似る。

 時空の知識に纏わるラプラス。種子の計画の功労者でもあるによる派生たまものだ」


「そうだ直人。オレも葛葉レイとキスをした」


 衝撃を受け続けている直人の瞳孔が益々開く。


「お前達みたいに一度体験してみたかったんだ。結果は、何も感じなかった。いや、感知はした。想定外の要素を。

 葛葉レイ。あんな女にホワイトのがあったとはな。オレにもだった。

 直人、あの女の中に潜行して脱する時、苦しかっただろ? ホワイトの屑共はそうやってでオレ達を苦しめる」


 湯田が眉を顰めた。


「何はともあれ、シナリオ通りだ。お前がに駆られて七曜を集め、ちゃんとここへ辿り着いた」


 右手で胸を撫で下ろす仕草をした彼が言う。


「こうしてセノバイトもになったわけだ」

俺の念力セノバイトが? あの鎖は?」


 直人が質問を投げかける。

 ふと気づいた。湯田の話にのめり込んでいる自分に。

 彼の新たな側面に惹きつけられている己に。


「鎖はだ。具現化された、単なる一部でもある。直人、お前のな」


 ――これはまるで、俺の小説を聞くミズチと同じ。


「直人、お前の念力セノバイトの話の前に。そろそろ分かってるんだろ?

 全てはお前の為だよ、直人。ここまで何もかもがお前の為にある。

 お前以外は全てコマに過ぎない。引き金でしかない。

 重要なのはお前だ。お前だけだ、


 湯田が目を見開き、教卓の上で立ち上がった。


「セノバイトとは!

 だ!

 我らだ!」


「ナオト、オレ達は長らくへは辿り着けなかった。抜け出た者も程度――


 ある時の姿はでしかない!


 ――この顕界には忌々しいがあるからだ。

 抵抗力。糞プリースト共のが。

 そのせいで、オレ達の悪意は人間に触れる前に阻まれる。萎縮し退行してしまう。望む影響も与えられない。

 だが抵抗力をも超えた質量。超過こそがお前だ、ナオト!

 徐々に暗黒ブラックが人間へ作用する姿そのもの。

 多くの者は信奉者フォロウィングとして従う。人間は支配する。生き物に対して生殺与奪の力を得たんだ」


「ナオト、お前はオレ達だ。我々そのもの。であり、奈落の王アバドンが渡る門番の種族デモゴルゴン達も、最早お前の威力に歓ぶだろう。ナオト、ああ、お前は素晴らしい。オレ達の結晶。オレの仕事、苦渋の成果! お前はオレの為にあり、オレはお前の為にある!」


「――キリストの糞野郎! ざまあみやがれ!

 オレ達はさせてみせた! 見事にだ!

 奴のがここにいる!

 であり!!

 不法の者よ! 獣よ!

 アンチキリストよ!

 糞親父は死に、糞聖霊も汚れる!

 滅ぼす者アバドン

 我々の救世主メシアに祝福を!

 そしてオレは、お前だけだナオト! お前がいればそれでいい! 他には何もいらない!」


 彼が絶叫し続ける。

 直人は完全に言葉を失っていた。


「ナオト、これからはお前の時代だ。何もかも可能になる。作家になる必要もない。全てが思うままだ。

 いや、なろうと思えば文豪にだってなれる。いくらでも。顕界の者共全員がお前を称賛する」


「オレ達の暗黒界ブラックサイトがここを埋め尽くす。天地がと化すんだ。いいだろ? お前の望み通りだ。

 ナオト、お前の念力セノバイトによって全ては書き換わる。それが反キリストの真価。存在意義。

 この世界がお前になる。我々にもなるんだ。誰もお前には逆らえない国家が生まれる」


 演説を終えた湯田に直人が言葉を放った。


「ミズチは……彼女はなんなんだ?」


 彼が再び教卓に座り、呆れた様な表情で諭した。


「まだ分からないのか、ナオト。あの蛇はトリガー。そしてコマだ。

 真の姿とは、お前のであり、単なる

 黒川ミズチレヴィアタンは初めから同じだ」


「あの蛇はお前を殺せない。なぜだか分かるか?

 お前があの雌のあるじだからだよ」


 下品な物言いで湯田が続ける。


「蛇はお前に従う様に出来ている。

 

 お前が『』と言えば簡単に股を開く女だ」


 クククと彼が笑った。


「他に質問はあるか?」


 直人は顔を伏せて黙った。


「そうか。ではオレが話そう。例えば関係者がなんて可笑しいよな。

 不自然だがなんだ。オレ達がそうんだから。ここまでは長かった。やっとだ」


「――大昔、キリストの糞野郎、オレにのレッテルを貼りがった。

 ふざけるな。オレはこんなにもナオト、お前の事を考えてる。ずっと昔からお前だけの事を考えてきた。

 を誓う。だから――」


 その時、湯田がで腰から何かを取り出した。


 拳銃――


 エルが拾った回転式拳銃と似たリボルバーだった。

 が銃口を直人へ向ける。

 いつ撃たれてもおかしくない。


「カルトと繋がりがあればこんな物も手に入る。まだオレを殺さないでくれよ、ナオト」


 直人の胸中は理不尽さと悲しみと苦しみと冷徹と怒りでごちゃ混ぜになっていた。

 もう感情が分からなかった。

 一方で、自分を銃弾で殺せるのかと直人は疑問に感じた。


 けれど僅かにが――


「ナオト、お前は迷える子羊ストレイシープだった。あの蛇に対してもどっちつかず。

 だがそんなのは仮初め! 中間キアのお前だ! 偽物キアではない本物はここにいる!

 不法の者、それがお前の真実の姿。なあナオト!」


 その瞬間。


 彼の右斜め後ろ。


 黒板の前。


 宙に。


 彼女が出現した。


 目が合う。


 ラプラスの眼と。

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