幕間掌編

第四の封印「吸血鬼の男」

 満月の夜は奇妙な夜になる。

 保安官事務所でもそうだった。


ですか?」

「ああ。あの若造『自分は吸血鬼だから閉じ込めてほしい』だとさ」


 保安官が肩をすくめると、保安官助手が腕を組んで眉をひそめた。


「頭がアレなんですかね、まだ若いのに。そういや夕方にエドガーもまた酔っ払い運転ですよ。留置所へ入れときました」

「またか。あの年でいい加減にしてほしいもんだ」


 呆れ顔の保安官が続ける。


「若造からアルコールは検出されなかった。イカれてるんだろうが放ってはおけん。一日だけ入れておく」

「身元は?」

「名前はアラン・ポウ。年齢は二十五――」




 留置場のアランは黙って座っていた。美男だが無口で不気味に見える。

 同じ留置場内にいるエドガーは酔いのせいかうとうとしていた。四十代にしては老けているが筋骨は逞しい。


「あんた」


 アランが口を開いた。


「あんた」

「……んん?」


 エドガーも目を開く。


「あんた、何をやってここに?」

「……俺かい? そうか。ここには二人しかいないな」

「ああ、あんただけ」

「俺は飲酒運転さ。毎度やらかしてるからな。ここで酔いを覚ませってさ」

「酒好きなんだな」

「まあ酒抜きではやってられん」


 何かを思い出す顔をしたエドガーが苦笑した。

 アランに興味を持ったのか聞き返す。


「お前さんは?」


 アランがニヤリとした。


「オレは、だから」


 聞いたエドガーがびくんとする。


「そりゃあ、たまげたな……」

「信じるのか? 普通は信じない」

「信じなくても驚くさ。こんな所にいる奴がイカレた事言ってたら。けど吸血鬼がなんでまた?」

「人を襲いたくない、閉じ込めてほしいから自分で来た」

「ははは! なんだそりゃあ」


 過剰な程にエドガーが腹を抱える。

 更には指を差した。


「変わった吸血鬼もいたもんだ! 俺は信じないがね」


 フンッと背を向ける。

 その背に向かってアランが問う。


「どうすれば信じる?」


 暫しの沈黙。


「そうだな。吸血鬼なら傷もすぐ治るはず」


 アランは一考してから指の爪を噛み始めた。

 歯である程度尖らせた爪を腕に押しつける。

 そのままスーッと引くと赤い線が現れた。


「これでどうだ」


 赤い線はすぐに塞がって元の肌色になった。


「それは……本物か?」


 エドガーの驚きの顔も短い間だった。

 堪える様に笑い始めて、遂に叫んだ。


「こんな所で獲物に会えるとは! ! 感謝します!」


 エドガーはポケットから拳大の鉄製十字架を出した。

 アランの表情が曇る。

 構わずにエドガーが告げた。


「世を汚す悪魔め。お前の命運もこれまでだ。吸血鬼ハンターの俺と鉢合わせたのが運の尽きよ」


 ジャキンと音がして十字架から太い刃が飛び出した。

 苦々しい顔のアランがエドガーを睨む。


「神よ! これで二十匹目です、アーメン!」

「その武器でレイノルズも殺したのか」


 エドガーが疑問を表す顔になる。


「レイノルズ? 先月殺した吸血鬼もそんな名前だったな」

「あいつは良い奴だった。人の血も吸わない。血だって嫌がっていた。それをお前は……」

「主よ、この哀れな魂に救いを!」


 言うや否やエドガーがアランに飛びかかる。

 吸血鬼は十字架の前では無力。

 アランの動きも鈍っていた。

 瞬く間、エドガーの十字架式短剣が数回突いた。

 杭には劣るがエドガーの十字架式短剣は特別製だ。教会から祝福も受けている。

 過去に同じ手口で数匹の吸血鬼も仕留めていた。


「地獄へ帰れ、悪魔め!」

「それはお前だ」


 刺されたアランが短剣を持つエドガーの腕を掴む。

 凄まじい腕力。


「バカな! 神の御加護があるんだぞ! 効かないわけがない!」


 掴まれた腕の骨がミシミシと音を立てた。


「お前が頻繁にここへ入れられるのも事前に調べた。オレは狙っていたんだ。友人の仇を討つ為にどうすればいいか」


 エドガーの腕が砕けてひん曲がる。

 しかしアランが絶叫をあげさせなかった。瞬時に片手でエドガーの口を掴んで塞ぐ。


「お前は腐っても経験豊富なハンターだ。真正面からだと危険がある。だから油断させたかった」


 アランが悪魔の様に口をにする。


「オレは吸血鬼


 


 不気味な音がアランの体躯たいくから聞こえてくる。

 筋肉が盛り上がり、身体中から無数の体毛が生えてくる。

 エドガーの目前にあるのは、今では人の姿ではなかった。


 人型の大きな獣。


「お前には殺せない」




 ――保安官と助手が見た光景は想像を絶していた。

 バラバラになった人体と血の池。

 歪んだ鉄格子と内側から破られた窓。


 二人は唖然とした表情で窓から外を見た。

 闇夜の中でが光っている。







 ――エルは留置所の中で座っていた。

 感応が終わっても暫く呆然としたまま。

 この世ならざる者。人とも機械とも異なる存在を知る。

 彼女の心は感動で打ち震えていた。




 その頃、歪んだ格子の外ではが佇む。

 側には黄泉ヨミもある。

 馬と黄泉は同時にエルを見た。

 気狂いの彼女も紅い瞳で見つめ返す。


  了



  *



 黒い羊が第四の封印を開封した。

 蒼の乗り手が現れる。



  *



 そして見よ




 まで



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