第六話「フォロウィング再び」

 葛葉レイは決意した。

 翌日の放課後、木徳直人の動向に目星をつける。

 彼が下校の準備をしているのを横目に彼女も準備をした。

 予想が正しければ必ず掴める。

 答えは――だ。


 木徳が校外へ出て数分後。レイも想像はしたが驚くべき光景を目にする。

 黒川美月みづきが現れたのだ。

 黒川は数人と教室から出て帰ったはず。

 友人達と別れて帰る振りをして合流したのか、と考えた。

 二人の後を追う。

 人生で初の尾行。緊張は否めない。

 だが不慣れな追尾も数分だった。

 アパートの前に来た彼らは、その一室へと入っていった。


「まさか」――同棲してんの?


 仲が良さそうに愛の巣へと消えていくカップル。

 彼女は驚きを隠せなかった。あの光景を見れば思うのも仕方ない。

 レイは待って様子を見る事にした。

 物陰に隠れながら携帯電話をいじる。

 この件はまだ誰にも口外していない。

 そもそも先の事まで考えていなかった。


 十分程してカップルが出てくる。

 逢い引きにしては早い。待ち時間が短くて済んだと彼女は安心する。

 反面羨ましくも思っていた。最近恋人像を思い描いたのもある。

 特に挨拶もなく二手に別れた二人。

 再び彼を尾行する。

 緊張感とは裏腹に帰宅を見届けるだけだった。







 レイは連日放課後の尾行を続けた。

 生来器用な彼女の尾行は早くも探偵の域まで習熟する。

 あれから黒川の方も尾行したが彼らの密会は目撃できない。

 教室での二人の様子は以前と同様のカーストがある。

 きっかけだった交わらない視線も今は消え失せていた。


 ――別れたかな。


 湯田黄一の方は木徳と相変わらずだった。特段変化もない。


 ――案外あのキスがよかったのか。


『ボクちゃん最近、あそこのワイルドセクシーな葛葉レイちゃんと、キス致したぜ。左腕をこう回し』


「なぁんて」――ここの男子が言えるわけない。


 いや、湯田なら言うのか。どっちだろ――

 現状は波風立っていない。それで良しとした。

 けれど胸中に残るもやもやは消えない。

 学校では存在しない二人の関係。

 本当の所が知りたかった。

 最後の手段は一つ。




 レイは計画する。

 タイミングは今日の放課後。

 選んだのは彼の方。


 下校の時間になって木徳が校外へ出た。彼女も追尾を始める。

 問題は決行のタイミング。

 アパートの現場を押さえられれば――


 その機会は訪れない、かに思われた。


 彼がなぜかアパートへ寄った。

 例の部屋に入って数分経つ。

 機会チャンスはここしかない。レイは高ぶった。

 髪を揺らして駆けていく。

 階段を上がる。

 奥の部屋、ドアの前。


 ――ノック? 呼び鈴?


 無意識にドアノブへ手をかけた。

 泥棒の様にゆっくりと回す。

 鍵はかかっていない。

 扉を開く。

 目前に木徳の姿があった。

 部屋から出ようとしている。

 玄関先で二人の目が合う。

 驚いた表情の相手を前に、動揺しながらも彼女は言い放った。


「あ、あんたって黒川と付き合ってんの!?」

「……は?」


 間の抜けたタイミング。

 尾行や不法侵入も言い逃れできない。

 ごまかす勢いしかない。


「どうして葛葉さんがここに……」

「あっ、ウチの名前。覚えてんだ。それで、付き合ってる?」


 ――聞き慣れない声……ろくに話した事なかったな。


 今更の感想だった。


「付き合ってないよ!」

「うっそだ。この部屋は何よ?」

「ここは……」

「木徳の部屋なの?」

「僕の部屋ではないけど」

「じゃなんでここにいんの?」

「それは……」

「木徳って煮え切らないなぁ!」

「待ってよ、そもそもなんで葛葉さんがここにいるの?」

「それは……あははは」


 レイは頭を掻いた。


「とりあえず葛葉さんも入って。少し話そう」

「いいの……? ――お邪魔しまーす。なんもない部屋だな、ここ」

「それは僕も思った」


 座して双方の告白が自然に始まる。


「ウチは教室で見かけた二人の様子が気になったんだ。どんな関係なのか知りたくなってさ」

「教室か……失敗したな」

「失敗?」

「こっちの話。それは後で説明する」

「了解。ウチは好奇心が強いのかどんどん気になっちゃって。尾行したのね」

「尾行……」

「ゴメン。まぁそん時に君らがここに来たのを見たんだ。けど二人でいるのは最初だけだったな」

「暫く会わない事にしたから」

「そうなの? やっぱ別れた?」

「だから付き合ってないよ。それも後で説明するから続けて」

「ややこしいなぁ。尾行を続けてたウチは君らが別れたんじゃないかって思って。気になるから、今日は本人に突撃ってこうなった! ゴメンね」


 頭を掻いて照れながら笑う。

 彼は呆れた表情の後、熟慮の顔つきになる。

 次は木徳の番だった。


「この部屋は黒川さんが借りてる部屋なんだ。趣味でこういう部屋がいくつもある。学校から一番近いから、僕らはここでよく話をしてた」

「へぇー黒川ってやっぱ金持ちなんだぁ。どっかのお嬢さんっぽいもん。それにしても変わった趣味してんね」

「人目は気にしてたから見つかるとは思わなかった。しかも僕が尾行されるなんて……因果応報か」


 彼が何か思い出したのか少し笑う。

 言葉の意味が分からない彼女は目を丸くした。もやもやしてくる。


「インガオウホウ……なんだっけ……」

「そこから話す方が早いかもしれない。信じてもらえるとは思わないけど、それしかない」


 胸が高鳴る。

 二人の秘密に触れられる気がして固唾かたずを飲んだ。


 ――黒川ミズチとの邂逅かいこう。真の人格――


 信じられなかった。

 だがバカらしい嘘を真剣に話す価値も分からない。

 レイは湯田の言葉を思い出した。


『真面目で誠実』


 ――信じてみる。


 自身の直感に従った。


「――だから僕らは同盟関係。そして僕は失敗した。他人にバレちゃいけない約束。関係がバレたりこの件を他人に話したら黒川さん――いや、ミズチは殺すと言ってる。僕と相手を」


 木徳の語り口で鳥肌が立つ。


「もう一つ、葛葉さんに知ってほしい事がある。彼女に関する魔術の話を――」


 魔術について

 彼がミズチから話でもある。

 嘘の様な驚くべき内容。けれど彼女はすんなり受け入れた。

 信じると決めた、それだけではない。


 レイは――


「まさかそんな話……だけど、うん。ウチは分かる。信じる、木徳の話」

「本当に? 僕が拍子抜けした。こっちこそ信じていいのか」

「信じてよ! ならウチも秘密を教える。誰にも言ってない。こんなだから言ってもあんま信じてもらえないと思うけど――」


 ――隠れオカルトマニアだった。


「オカルト好きなのか。確かに縁遠そうな意外な趣味だ。葛葉さんはもっとアウトドア派に見える。ヤンキーっぽいというか」

「でしょ? 言う程ヤンキーじゃないけど! 他にも占いとか好き」


 照れながら告げる。

 彼女を見た木徳は笑顔で応えた。


「僕も小説を書くのが好きなんだ。誰にも言ってないから隠してる。似た感じかな。厳密にはミズチと葛葉さんには話したか」


 既知の事情だった。

 趣味を受け入れてくれた代わり、レイも微笑みで返した。


「ミズチと暫く会わない事にしたのも執筆に専念したくて」

「なるほどぉ。今日はどうしてここに?」

「気晴らしかな。習慣かも」


 また真剣な顔つきになった彼が続ける。


「全部が全部は話せない。けど葛葉さんには始まりを教えるべきだと思った。失敗した僕の責任で。改めてこの話は黙っててほしい」

「話をありがと。勿論OK、誰にも言わないわ」


 その時、ドアが開く音を二人は聞き逃した。

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