第三章『狂人の休息』

第一話「伝承、呼応」




 ミズチとは蛟と書く。

 様々な伝承に登場する怪物の名称。

 姿は水に関係する竜、又は蛇である。

 水神や水の霊を指す時もある。

 “水の霊”の字が読みでみずちに変化した説がある。


 蛟の中でも川を住処すみかとする竜の大虬みつちは、毒気を吐き通行人を無差別に殺した。

 県守あがたもりという男が立ち上がって大虬に難題を出すと、大虬は鹿に変身。鹿で難問の解決を試みるが、県守に成敗された。


 ――躬冠みかむり司郎との戦いから三日後。

 学校の図書室にいた木徳きとく直人は、本やPCパソコンで前から気になっていた『ミズチ』を調べていた。


「蛟の話、妙に重なる」


 発祥は日本なのか中国なのか諸説あるが、中国では蛟竜こうりゅうとも呼ばれ竜の成長過程の姿とされる。

 両国で共にしんという蛟竜の伝承もある。

 蜃の姿はハマグリ又は竜で、吐いた気はになるという。


「似た存在が他国にもいるなんて」


 ――これが当てはまるなら。黒川ミズチは成長過程で変態する。蜃気楼も


「まさか」


 ――彼女も言う通り伝承や怪物は

 けどもし伝承が魔術に関係した未来を示してるなら、


「ないよ」


 彼はまたキーボードを叩いた。

 ふと西洋のが目に映るが、名前は気にしない。

 本棚から分厚いや西洋の伝承の本も取る。パラパラと捲る。

 偶然先程の怪獣とを見かけた。

 それも直人は気にしなかった。







 下校中、彼はいつも通りアジトでミズチと合流した。


「肩の傷と脚の骨折はどう?」


 体調を気にしてみせる。

 骨折したはずの彼女だが、松葉杖を使う様子もなく変わらない制服姿と赤いオーバルの眼鏡。


 ――変態中の変態女だからコロッと治ってたり。


「治った。心配ありがとう」

「嘘でしょ?」

「嘘じゃない」

「あんな怪我や骨折がたった三日で?」

「ミズチのは治るから。使い魔を使ったの」

「どういう仕組みだ……」

「使い魔を怪我した所に集中させるとね、自然治癒力が増すんだよ。じっとしてなきゃいけないから動いてれば無理。けど先日みたいに接骨と鎮痛程度は」


 便利な念力、もとい使い魔。小技の魔女かと心の中でつっこんだ。


「例えば僕に憑かせても適用される?」

「多分」

「なら僕が怪我しても安静でいればすぐ治るのか」

「ある程度なら。病気も治る」

「病気になったら頼もうかな」


 ニコッと愛想笑いをして見せた。

 ミズチも眼鏡の下で愛想笑いの様な表情を浮かべる。

 好意的に真似したのか皮肉なのかは分からない。


「なんなら試してみる? が減ったから腕や脚の一本二本でストレス解消になるかも」

「それは……遠慮します」

「そう、残念。折ったらあたしが直人くんを介抱してあげるのに」


 一瞬あり得る可能性として想像を浮かべた。直人は自分が嫌になる。

 きっと名前で呼ばれたから――


「直人くんはなんで使い魔を操れたの?」

「分からない、無我夢中で……。なぜか膜も見えた」

「魔術がん。不可視の使い魔が見える魔眼。使い魔を行使できる魔術師にしか備わらない」


 彼女はまるで学者並みのになる。


「直人くんにどうして。繋がってないのに。魔術的な素養があるのか。ミズチと繋がってたら間接的に繋がってるのかも――」


 彼の方は「繋がってる」の節で心臓の鼓動が増す。

 名前で呼ばれるのも気になった。

 呼び捨てにされたあの夜から。

 今まで女子に名前で呼ばれた経験もないので妙にどきまぎしている。


「だけど、直人くんには躬冠みたいな能力はない。とは違う」

「彼ら?」


 更に心音が鳴る。


「また現れる」


 ミズチが衝撃の真相を淡々と口にした。


「魔術とは特殊能力に目覚めた人間。魔術から派生した、あたし達の敵」


 先日の死闘が浮かんで直人は震えた。戦慄以外の処理ができない。


「どうして分かる?」

「ミズチから離れたの総量。比べて躬冠司郎の膜の強度での量と、能力の使われた量の推測。計算した」


 気が遠くなりそうだった。

 彼女が結論を述べる。


「躬冠司郎の分は約二十五パーセント。残りいる」


 血の匂いも甦る。


「またあんな事が起こるの……? だけどなんで敵に……戦う理由がない。話せば通じるかも」

「元々があたしの殺意。返ってきてるのかな。それだけじゃないのかも……分からない。なんにせよ大丈夫。また二人で作戦を立てる。ミズチが全部殺すから」


 二人で――

 という言葉が気になった。


 ――運命共同体なのか。


 見るとミズチは目を閉じていた。

 吐息めいた言葉が聞こえる。


「気持ち良かった」


 彼女は自身の身体を抱き締めていた。快感を思い出すかの様に。

 一体何を指して気持ちよかったのか彼には分からない。

 けれどミズチの頭はネジが飛んでいるのは分かる。

 危険な女は魅力的、という話も思い出した。

 まんざら嘘でもないと感じる。

 彼女が話しかけてきた。


「けどアイツが撒いた矢を拾うのは大変だった。直人くんが一緒にいてくれてよかったよ」


 余韻なのか潤んだ瞳で見つめられる。

 直人は恥ずかしさで目をそらす。


「証拠隠滅したんだな……そういえば躬冠先輩は行方不明扱いになるのか」

「いずれそうなるね。見つかるはずないもの」

「その方が都合いいか……」

「彼らにとっても都合がいいからお互い様。あたし達を殺しても死体が残らない」


 自分が死ぬ時も同じなのかと思い描く。楽にも見えるが怖さも感じた。


「携帯電話の方はどうだった?」

「アイツの言った通り画像はあったよ。削除した。他にはないと思う。躬冠はそんな嘘をつくタイプではなかったから。けどそれ以外はミズチ達に関係する痕跡はなかった。メールは一切なかったけど逐一消してるか最近全部消したかは不明」

「携帯自体は?」

「始末した。弓も。躬冠の私物はもう見つからない」

「なら安心だ」


 僕もすっかり犯罪者だな、と彼は哀れんだ。


「それはそうと直人くん、お話はあれからどうなってる?」

「ああ。勿論書くよ。考えてるのはあるから」


 急かされている。良い気分はしなかった。


「ならいいけど。早く聞きたいなぁ。でないと手がでちゃうかも」


 ミズチが可愛らしいファイティングポーズをとる。更に中指を立ててあっかんべえと舌も出した。

 挑発の仕方が酷い。

 けど契約は契約。その下の同盟関係。


「怖いな。ははは。ミズチは相変わらずだね」

「けどもう手は出せないかも。状況が変わってミズチ達は共犯者だもの。これからの事もある。それって運命共同体だよね」

「なんだか恥ずかしいな」


 彼女は不思議そうな顔をした。よく分からないという子供の様な表情。

 黙ってしまって髪をいじりだした。

 妙な様相を見ていた直人はいたたまれなくなって切り出す。


「それにしても、なんで直接聞くのがいいの? 書いたら見せるから読んだら早い」


 ミズチは顔をあげて明るい表情になる。


「直人くんから直接聞きたい。その方が読むよりいい。あたしはね、直人くんの声が好きみたい」


 照れた様な笑顔を見せる。

 初めて見るその無邪気な表情は、いつもの作り物めいた笑顔とは違っていた。

 キスより羞恥心を感じて返答に詰まる。


「そ、そうなんだ。ありがと……。初めてだな、言われたの」

「良いと思う。ミズチはカッコイイ声だと思うよ。それにね、なんか響くの」


 どこに響くんだろうと考えてしまう。


「それからジーンとくる感じ」


 健全な青少年である彼は、一連の感想から青少年ならではの想像と感覚に陥った。

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