第二章『現れる怪物たち』
第一話「Mr.パーフェクト」
文武両道という言葉は
その余裕から受験の勉強も差し置いて、放課後も頻繁に弓道場へと足を運んでいた。
司郎は弓道部のみならずアーチェリー部にも所属して掛け持ちで活動している。
その日は弓道の番であった。
的場に向けていつもと同じく弓に矢をつがえる。
後は無心。
得意の射法で放った矢は的の中央に突き刺さった。
彼はひたすらそれを繰り返す。
右腰の
再び矢を抜き弓を引いて矢があたる。
司郎は一人だけで行う部活動と練習が好きだった。
今年十八才の彼は幼い頃から既に優秀だった。
勉強もスポーツも難なくこなす子供、典型的な神童である。
そんな司郎が最も好んだのが弓矢だった。
小さな頃から弓矢が好きだった彼は玩具でさえも弓矢を模した物を好んだ。
アニメや映画では弓矢を使う正義のヒーローが大好きで夢中になった。
司郎は星座も射手座である。
携帯電話には柄に似合わず今でもキーホルダー型の弓矢のストラップが付いていた。
彼にとって弓矢とは一番の趣味であり、自身に最もフィットするスポーツだった。
同時に実戦的な武道だと意識している。箙の活用もその為だ。
万が一という時には弓以上の武器はないとも考えていた。
司郎が神内高校に入学した理由も弓道とアーチェリー両方の部が揃っていたからだ。
おまけに部室や
司郎が大会やインターハイへと出場する段階になると、弓道とアーチェリー共に上位入賞が常となる。
高校生としての月日が経ち、彼はいつの間にか校内でこう呼ばれていた。
『
司郎という男は背も高く眉目秀麗でもあった。
大人びた彼がひと度校内を歩けば、どこからともなく生徒達の囁き声が聞こえてくる。
「また優勝したんだって」
「何回目? 成績も現状維持ですげえな。超人かよ」
「流石Mrパーフェクト」
「躬冠先輩ってかっこいいよね。憧れちゃう」
「頭も良いしスポーツマンだし」
「どんな女の子がタイプなんだろ?」
「躬冠に釣り合うのは二年にいる黒川ぐらい」
「女っ気はないからホモって噂もあるぞ」
「まさかぁ、Mrパーフェクトに限って」
「そんな噂は誰かの嫉妬だろ」
司郎は下俗な噂やひそひそ話に一切関心がなかった。
ただの雑音でしかない。道端に転がる小石の存在と同じだった。
彼はまだ恋愛事に関心はなく、同性にも興味はさらさらなかった。
あくる日の放課後、司郎はアーチェリーの射場に訪れていた。
その比類なき実績の持ち主は、二つの部の顧問から
優遇され、場所も道具も自由に使っていた。
「やはり一人は気楽だな」
呟いてコンパウンドボウに矢をセットして構えた。
和弓と違って洋弓の機械的な力を感じながら矢を射る。
数射した後、同じく箙から矢を抜いて射ろうとした。
――その時。
弦を引く右手に妙な違和感があった。
痒み、皮膚が膨れた感覚――
だが動作は止められない。一瞬の出来事だった。
過去のやり方と同じ矢はそのまま放たれる。
遠方の的で何かが光って見えた気がした。
的を見に来た彼は我が目を疑った。
矢の姿はなく弾痕を思わす穴が開いている。
地面には何かが転がっていた。
まるで変形した硬貨。
だが妙に見覚えがある。
「なんだ、これは……」
司郎は不気味さで戦慄した。
それは衝撃で潰れた矢だった。
――同時刻。
バッグの中にある彼の携帯電話はメールを受信していた。
後に本人も気づく事になる、重大な内容のメールを――
Sub【贈り物は気に入ってくれただろうか】
*
一週間ぶりに学校へと登校した
休み時間はクラスメイトからの視線を感じる、そんな気がした。
何よりも自身がどういう気持ちで教室にいたらいいのか分からない。
現在の教室には不在の、黒川ミズチ。
彼女の席と机を眺める。
学校に来た彼が隙を見て彼女の机を目にした時、鉛筆の跡が全く残っていなかった。
鉛筆は芯の先を下にして回転していた。黒色の跡が残るはずだった。
ミズチや誰かがわざわざ消したとも思えない。答えはこう考えるしかなかった。
――あの鉛筆は浮いていた。遠目では分からない、ほんの少しだけ。
『学校では気安く話しかけてこないでね』
直人の脳裏に浮かぶ。自分の部屋から出る直前、オーバルの赤い眼鏡を外す仕草と彼女の台詞。
『急に今までと態度が違ってたら怪しまれるから。学校で不必要な注目は浴びたくないの。勿論この関係やミズチが話した事情を誰かに喋るのも禁止。関係がバレたり話したら、木徳くんとその相手も殺すから』
『ああ、分かったよ……。だから物騒な話はよしてくれ』
『まあ言ってみても誰も信じないだろうけど。あたしのIDと携帯電話の番号を教える。メアドも。ミズチの家には電話はないから連絡先の全てだと思ってね』
『……わざわざありがとう』
『それで、決めてくれた? お話の件』
『ああ……もう少しだけ考えさせてほしい』
『ふーん、まあいいけど。早くしないとあたしの気持ちも変わる』
『ああ、いい答えを出せる様に検討する。連絡もするよ』
そうは言ったがまだ考えあぐねていた。
『待ってる。そのケーキは木徳くんが全部食べといてね。ミズチは
ミズチは自分の紅茶しか処理しなかった。二人分のケーキは甘い物好きな彼が処理した。
「よう! 直人君! そんな浮かない顔して。まだ病み上がり?」
振り向くと左手を挙げた湯田
相変わらずだと直人は感じた。
軽い口調で湯田が喋り始める。
「そういえば黒川なんだけど、木徳が休んでた間も特に何もなかったな。一応報告」
――しまった、忘れてた。
湯田に頼んだ件は不要だったと、彼は浅はかさに唇を噛んだ。
「黒川さんのそれだけど、もう気にしなくていいよ!」
「ん? どうした?」
「僕の勘違いっていうか気のせいっていうかね。ははは。今回の病気の前触れで頭がぼうっとしてたんだな。あはは」
「よく分からんなぁ。木徳がいいならボクは別にいいんだけど」
「それか僕もアレだ、黒川さんの事ホントに好きになったのかもな」
誤魔化す為に思ってもない感情を口にする。
「やっぱりねぇ。まあボクらではどうにもならんからな。ライバルって事もないしボクは気にしないよ」
「けど湯田も自制しなよ。あんまり黒川さんを
彼女へ注意を向けさせまいとそれとなく忠告する。
「こればっかりはボクの
湯田が左手でカメラを作る。
「いらないしやめろって……。終いにはミズチさんに通報されるから」
「ミズチ、って……誰の事?」
「え?」
一瞬思考が止まる。
反射的に口からミズチの名字が飛び出た。
「黒川さんの名前に決まってる」
「何言ってんの木徳は。黒川の名前は
直人の世界が思考と一緒に止まった気がした。
休み時間も終わって、いつもの黒川美月達が戻ってきている。
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