第二話「親愛なる友人」
Sub【贈り物は気に入ってくれただろうか】
『躬冠司郎君へ。初めまして。今日、君が垣間見た現象は幻ではない。これを読んだ君はまずメール自体や送り主に疑いを持つだろう。だが迷惑メールや悪戯メールでもなければ、冗談でもない。
私はその力の正体を知っている。君という人間の存在の意義も理解している。是非とも最後までしっかりと読んで頂きたい。最後は必ず考えてみてほしい。答えは君に委ねるが判断が正しく働く事を切に祈る。
君の力を説明する。覚醒した能力は弓の力だ。弓の扱いに長けた君だから適合した。選ばれたんだ。それは後述もしよう。経験通り、能力は矢の威力を飛躍的に強化する。勿論実際に弓と矢を使った時だ。
君は無から弓矢を発現する事もできる。発現した矢は実際の矢より威力は弱いが空気抵抗を受けない。あらゆる物体を通り抜ける。但し
力の起源は魔術と呼ばれる。とある
但し効果は無限ではない。エネルギーの大半は能力の覚醒に使われた。残りが魔術防壁として変換されている。さて、これからが最も重要だ。この世界には魔術を使える者が存在する。それも君のすぐ近くに。
何よりその者は邪悪な存在だ。近頃起きる不審死や行方不明事件の犯人なのだ。犯人の名前は黒川美月。君の学校の二年にいる女だ。彼女は人を殺すのが平気な悪魔。強力な死の魔術と防壁を駆使している。
証拠は添付した画像を見てくれ。最近彼女が知り合った男も同罪だ。女のクラスメイトの木徳直人。黒川美月が殺人鬼だと知っても野放しだ。この二人を止めてほしい。悪の凶行を阻止できるのは君だけだ。
その為の特別な力、使命だと知ってほしい。正義を重んじる者なら放っておけないはずだ。君の長年の夢も叶う。明日からその人生が変わるんだ。君の英雄的な活躍が見られる事を心から祈っている。
親愛なる友人より』
*
湯田黄一が言った通りだと直人は思った。
黒川は授業中も以前となんら変わらない。
その様子は休んでいた時の想像とよく似ていた。
横山教諭の魔術的数式詠唱の隙を見た彼はメールを打ち始める。
Sub【木徳です】
『こんにちは。改めて色々と聞きたい事ができました。メールは得意じゃないから話せる時間を作ってくれないですか。
こないだの返事もしようと思ってます。時刻と場所はミズチが好きに決めてくれてもいいです。お返事待ってます』
先日殺されそうになったのにこんなメールを書いている。
非常に奇妙だったが、彼の神経はどこか麻痺していた。
送信した後、彼女の方を見る。
まさかすぐにメールの受信に気づくとは思わなかった。
隠れて左手で文字を打っているのが見える。
Sub【メールありがとう☆】
『いいよ♪ お話ししよう! じゃあ今日の放課後に校舎の裏手で待ち合わせね(^^)』
文面を読んだ直人は呆れた。
――これじゃ二重人格どころか三重人格だ。
校舎の裏手という場所は
彼は言われた通りに待ち合わせ場所で相手を待っていた。
立ったまま美月の件を考える。
――ここなら他人を気にせず話ができそうだ。時間指定はしなかったが、同じクラスだからいい。
最後に教室で見かけた時は、彼女が数人と教室から出る直前だった。帰宅すると見せかけて時間差で来るつもりだろう。
彼女の事を考えていると、不思議と創作意欲の高まりも感じた。
――あんな狂人でも僕には貴重な読者。身近な読者で作品を待ってくれる読者。
初めて得られた読者の実感を、直人は肯定的に受け止めていた。
美月がやってくる。
歩いて近づいてくる姿は、どこかのモデルにも似ていた。
「話って何かしら?」
彼女の制服姿をまじまじと見つめると、改めてそのスタイルの良さに驚いた。
「率直に言う。君の名前は黒川ミズチじゃなかった。本名は黒川
「なんだそんな話」
「そんな話って言うけど、そのせいで僕は知人に変な発言をするはめになった。変に勘ぐられたらどうするんだよ」
「そう。分かった、説明するね。木徳くんもネットでペンネームは使ってるでしょ? 似た話だよ。偽名ってわけじゃない、なんて言ったらいいかなぁ」
「そりゃ僕もペンネームは使ってるけど。意味が分からない。もっと詳しい話をしてほしい」
美月は思案した様な顔を見せた後、口を開いた。
「ミズチは私の事で、別の私でもある。別の私に私自身が名前を付けたの。表すのにしっくりくる本当の名前。なぜかな、自然に浮かんだ。語感も似てるからいいと思ってる」
彼女の学校での一人称は「私」だと知る。
言ってる事は相変わらず理解し難いと直人は思った。
「前世の話はしたよね。別世界にいた時の私。それがミズチで今の私とも共通してる。私の中にミズチはいて同時に私自身でもある。エネルギーを感じたり魔術を使うのはミズチ。魔女としての本来の名前とかそんな所」
「僕はてっきり二重人格か何かだと思ってた。眼鏡をかけたら人格が入れ替わるとか」
「人格は私だけ。替わったりなんかしないから。まあこればっかりは木徳くんには分からない感覚」
充分入れ替わってるよと彼は心で突っ込む。
そうでないなら尚更、頭がおかしい。
「確かに分からないけど。そういえば今は眼鏡をかけなくていいの?」
「学校ではかけないから。私は目も悪くない。眼鏡はね、スイッチみたいなもの。モチベーション? 上げる為って言ったらいいかな」
モチベーションと言われて合点がいく。
小説を書く者にとってモチベーションは最重要事項。理解し易かった。
「もしかして着替えたりしてたのもモチベーションを上げる為に?」
「かもね」
美月はニヒッと歯を見せて笑った。
なんなんだよその変な笑い方。そう直人は思わずにいられない。
「それにね、眼鏡をかけたら色々な物がよく見えるでしょ? それで度も入ってる」
――目が悪くないのに度入りの眼鏡。そんな話、聞いた事ない。
油断するとすぐ異常な発言。視力がおかしくならないのだろうかと彼は気になった。
「説明した通り私はこうやってミズチなんだから、木徳くんが呼ぶ時もちゃんとミズチって呼んでね」
「はいはい、それはもう散々分かってる」
「そうだ! 私も話したい件がいくつかある」
「話したい件って?」
「今後毎回こうやって校舎裏で会って話すのも安心できない。もっと落ち着いて話せる場所が必要。だから――」
直人は少し息を飲む。
「
「……アジト? 話せる場所があるならいいけどアジトって一体」
「先日木徳くんを運んだアパートとか、ああいう場所が他にいくつもある。そこで話そう」
ミズチが言うには契約だけ済ませた部屋が
申し出は彼にとっても申し分なかった。
詳しい話はまた後でという流れで二人は学校最寄りのアジトへ向かう。
道すがら直人は感じていた。
どんな事情かは知らないが、彼女の家庭は普通の環境ではないという事を。
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