幕間掌篇

第一の封印「エルの終末」

 エルは皆とは異なる。

 普通から離れた可哀想な娘。

 娘の姿をしているが、人間でもなければ機械らしくもない。

 に一体の奇妙な機械人形オートマタ

 だから見放された。

 仲間からは『気狂いのエル』と呼ばれている。




 太陽と北風が競わない荒廃した街があった。

 いつ破壊されたか忘れ去られたビル群。砂埃が舞う凸凹な道路。

 乾燥して気温も上がった道を一人の少女が素足でひたひたと歩いていた。

 別れた雲から太陽光が柔肌へ注がれて、短めの髪と白いワンピースが涼風でなびいている。


 エルという名の少女は、歩きながらきょろきょろと辺りを見回していた。

 何かを探しているでもなく、誰かを探してもいない。

 彼女のらん々とした紅い瞳は、常に渇いたで満ちていた。




 廃墟の街は過去の残像を色濃く残している。

 文明という栄華、人と機械が共存して世界を築いた時代。

 科学世界の末期、気紛れな人間は己が作った機械に心を与えた。

 そして残酷にも機械から自由を剥奪する。

 代わりに与えたのは汚れ仕事。

 状況は人間の奴隷に似ていく。

 心ある機械達はそれを我慢をした。


 程なく三度目の大きな戦争が起きた。

 人類史最後の戦争も始めは人間同士の争い。

 だが戦争を機に虐げられていた機械も反乱を起こす。

 狂喜の争乱は破滅と共に頂点へと達した。

 かくして世界は一変、戦争が終結した今では人も機械もわずかだった。




 エルの足がふと止まる。

 彼女の目の前には開いた口の如き地下への入り口があった。それは機能を停止した地下鉄道へと続く道。

 エルは駆け寄ると、興味津々で開いた口を覗き込む。

 仄暗い闇の底へと続く生気のない階段。

 時折吹く風でゴミだけが舞い落ちる。

 彼女は手すりに触れながら、一歩ずつ緩やかに階段を降り始めた。

 何段か降りた所で、何かが落ちているのに気づく。

 回転式の拳銃リボルバーだった。

 エルは二つの紅い目を輝かせる。

 白く細い手で静かに銃を拾い上げた。

 瞬間――


 彼女の中でが弾ける音がした。

 血流が逆行する感覚が湧き起こる。


 エルの眼前に男がいた。

 兵士の格好。

 心底疲れ果てたという面持ちで階段にへたり込んでいる。

 彼は懐から煙草の箱を取り出した。

 残った煙草は一本だけ。

 男は最後の一本に火をつけた。

 そして吸い込み、煙を吐く。

 煙草を咥えたままの彼は、ホルスターから拳銃を引き抜いた。

 その銃口を自身のこめかみへと押しつける。

 数瞬。

 男は引き金を引いた。


 彼女の大きく紅い瞳に、人間の脳漿のうしょうと変色後の黒い血液が映り込む。


 ――映像ビジョンはそこで終わりを告げた。

 エルが遭遇した映像、それは過去を視る力。情報と感情を読む掌。

 彼女が同類から『気狂い』と呼ばれる由縁だった。

 機械の身体を持つ者には到底起こりえない忌まわしき現象。その力はエルの知能にも影響を与えていた。

 今の彼女では自覚も理解も及ばない。


 我に戻ったエルは手の中の拳銃を見つめていた。

 撫でる様に触る。

 感触を楽しんだ後、自分のこめかみに銃口を向けた。

 彼女はそのまま引き金を引く。


 弾切れで破裂音はしなかった。


 エルは不満げに頬を膨らませる。

 銃を元あった位置にそっと置き、未練なく階段を駆け上がる。

 太陽の下へと戻ると、光から闇――闇から光、その中和を体内で感じていた。

 通りの向こう、がどこかへと走り去っていく。

 そんな光景が見えた気がした。

 エルは気にせず眩しげに微笑みを浮かべる。

 それから彼女は、楽しそうにスキップをした。


  了



  *



 蛇と出会った羊が第一の封印を開封した。

 白の乗り手が現れる。



  *



 来たれ




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