章末話「グリーンルーム(楽屋)」

「木徳くんは見えない何かを信じる?」


「――そうよね、信じてないと思ってた。けどこの世界には人智を超えたものがある。がある。関係してるの。あたしには生まれる前の記憶もある。前世っていうのかな」


「ミズチは別の世界にいた。みたいな真っ黒な場所。上手く説明できない。けど生まれてから今もあたしはあの場所と繋がってる。もある。あそこから来るも感じる」


「知識の結果が魔術。ミズチは魔術が使える。だからあたしは魔術師、魔女。それに魔術を使える者はこの世界にしかいない。繋がってるから分かる。あたし以外は繋がってない」


。魔法、怪物、幽霊、どれも。中には本物もあるけど、向こう側から少し影響」


「――超能力? そっちは知らない。もしかしたらあるかも。。呪いや祟りが魔術に近いから」


「あたしの心は呪いみたいに相手を殺せる。仕組み、知りたい? ――木徳くんは本当に好奇心が旺盛だね。そので身を滅ぼすよ」


「ミズチの魔術は、この気持ちの先にいる相手を殺す。を向けたら色んなが起きる。――ゲームの即死魔法とは少し違う。そっか、それで言うと攻撃呪文って分かる?」


「敵にかける呪文の話。ミズチの魔術はボタンを押して呪文を一つずつ使うんじゃない。ボタンを押し続けると敵にかける呪文が全て使われるの。殺すまで同時か順に」


「向こう側のエネルギーはあたしを介せばこっちに現れる。。結果的に相手は死ぬよ。なるだけ早く、現象のせいで」


「あたしはまだ人を殺せた事がない。殺したいと思ったらすぐ死ぬから。思ったら止まらない。なぜかは知らないけどいつも殺したいと思うし、まあ殺してるんだけど」


「だからあたしはこの殺したい。殺す感触を味わってみたい」


「あの鉛筆ね、ミズチが使って呼んでる魔術を使ったの。やっぱり知りたい? フフッ。気絶した木徳くんを運んだ時にも使った」


「使い魔はエネルギーが更に形を変えた別のオーラみたいな何か? 超能力でいうとかな。――ポルターガイスト? うん、それも近い」


「……そうだ。木徳くん、あたしのナイフ持ってるでしょ。返してよ。大事な物だから。それも今日来た理由。――なぜって、ナイフも知りたいの?」


「――うん。魔術と関係はある。あのナイフの名前はアサメイっていうんだけど。してくれる。吸収したアサメイの刃はよく切れるよ。ナイフ自体も凄く軽くなる」


「他にもできる事があるけど分からない。だって使わないから。使わないは忘れるしよく知らないでしょ? いつか人間をのが夢。だから返して。でないと力ずくで取り返すよ」


「――あはは、よかった。これね、持ってると凄く落ちつくの。ミズチが持ってないと意味もない」


「元はネット通販で買った装飾ナイフだから。気に入ってるミズチの手から暫く離れたら切れない刃物に戻るからね。他に聞きたい事ある? ないならまたあたしから」


「使い魔にはもう一つの形があるの。魔術防壁。簡単にいうと見えないバリア? 膜って呼んでる。魔術やから身を守ってくれる膜。多分ミズチの攻撃も短時間なら防げる」


「自動的な小さい意思もあるよ。。その分あたし自身は使い魔を使えなくなる。相手がミズチから離れ過ぎたら使い魔は消えるけどね」




 木徳直人は聞きながら相槌を打ったり質問をしていた。

 頭がふらふらしてくる。半分も理解が及ばない。

 極度の中二病としか思えなくなっていた。

 だが頭ごなしに否定もできない。


「じゃあなんで、」「色々話したけど、」


 黒川ミズチが仮面の笑顔と仕草で発言を譲った。


「人を殺したいと言ってたけど、使い魔だかを誰かにつけて防がせれば黒川さんが刺し殺せるんじゃない?」

「さっきから黒川さんって。怒らせたいの? ミズチって呼んでよ」

「ああ、分かったよ……」

「害意があれば刃も刺さらない。それにどうして色々と教えたか。使い魔魔術は魔術のが頭に入ってる者にしか憑けられないの。伝えてない相手には無理。木徳くんにはもう使い魔を憑けられる」

「僕はそんなに話を理解できてない」

頭の中へ入ってればいいの」


 ピンとはこなかったが疑問は晴れた気がした。


「木徳くんは多分さっきの話も信じてないよね。だからこれから実践して見せてあげる。元々この実験もしてみたかったの」


 否応もない流れ。

 彼も真偽は確かめたかったので暗黙で承諾する。

 彼女は立ち上がり、代わりに直人がベッドへ腰かけた。

 対面で距離を空ける。


「使い魔を呼ぶ」


 目を閉じて集中し始めた姿。

 彼には何も見えない。場に変化もない。


「――木徳直人へ移動させる」


 端から見るとバカバカしい様相。

 だがミズチが言った後、直人は妙な気配を感じた。

 何か聞こえた感覚。音はしていない。

 誰かに挨拶をされた気分になる。


「――憑いたよ。次はあたしを怒らせてみて」

「え?」

「なんでもいい。殺意を感じさせて」

「いきなり言われても……。なら悪口か……。この……イカれ女。クソサイコ、二重人格、人殺し、患者が。ぶりっこ、ヒステリー女、見た目だけの、頭空っぽな女!」


 彼は既視感を覚えた。

 の雰囲気。


「あたしは……中二病なんかじゃない!」


 直人はここまでに中二病と口に出さなくて正解だと確信した。

 ふと空気が変わる。

 あの時と同じプレッシャー。何かが押し潰そうとしてくる。

 唖然とした。

 彼女の発言が事実だったと知る。


 眼球の前で火の粉、

 小さな爆発、

 炎が舞う。

 水に似た液体、

 体表の穴に迫る、

 腐臭。

 粘液状の物体、

 へばりつく、

 酸の匂い。

 有毒ガスの発生、

 消毒液の匂い、

 奇怪な音が鳴る。

 鉤爪の様な風、

 中空に残る跡、

 電撃の光。

 息苦しい圧迫感――


 ワケの分からない現象が皮膚の近くで何度も起こった。

 不思議と部屋の物には飛び火しない。身体の周りだけに終始した。

 彼は息を呑む。

 幻覚かもしれないと思った。

 だとしても攻撃を受けている。


「大丈夫! 膜は! ミズチがいるから!」


 直人の顔は青ざめていた。だが身を任せるしかない。

 ミズチの顔には恍惚こうこつとした表情が浮んでいた。




 彼は言葉を失う。


「信じてくれた?」


 彼女は興奮した様子で、になって実験の感想を捲し立てる。


「大体は思った通り。でもやっぱり。あの時と同じだ。心と空間に抵抗がある。変な。膜とは違う。けど魔術は発動してる」


 衝撃で余計に何を言ってるのか分からない。

 直人が口を開く。


「この前はなんで僕を殺さなかった?」


 ミズチはニヤっとしてから笑顔で答える。


「今度教える」


 ――今度って。こんな風にまた会おうって?


 デート的な調子を感じて一気に力が抜けた。


「――それじゃ最後に。黒川ミズチ、踊ります! これはお詫びのダンス」

「はい?」

「音楽聴けるプレイヤーとかある?」

「あるけど」

「持ってきたから」


 プレイヤーに彼女のディスクがセットされる。


「木徳くん、アニソンは好き? ノリがいいからあたしは好き」


 返事よりも先に曲が流れ出す。

 軽快でテンポが速い。

 歌のリズムに合わせて踊っている。

 ヘッドバンキング。

 髪が舞う。

 制服のスカートも舞う。

 不思議と眼鏡は飛ばない。

 予想以上の激しさで彼は呆気にとられた。

 理解不能なままの観客。

 ベッドの上に腰かけて素人娘のダンスを眺めている。

 魔術由来なのかと思える持続力。

 しなやかに動く手足と腰つき。

 見ている方も段々と気分が高揚してくる。

 乗せられてか、こういうのもありかもしれないと感じた。

 まるで直人が好きなアメリカの青春映画。


 ――そうだ、ホームパーティーのシーンか。


 思い出した身体も徐々にリズムと重なる。


 ミズチがを差し出す。

 少し戸惑ってからその手を取って立ち上がった。

 二人して踊る。

 首を振って初めて踊った。


 彼女から届く微香。

 匂いは鼻腔へと伝わる。

 拘束された時と同じ。

 印象は全く逆。

 どこか懐かしい。

 彼は穏やかな気持ちを感じた。




 帰宅した母親は騒がしい音を耳にした。

 息子の為に、音は抜けていく。







「今日はお邪魔しました」

「どうせなら夕飯も食べていけばいいのに。もうすぐお父さんも帰ってくるし」

「母さんちょっと……」


 玄関でミズチが母親に笑顔の会釈をする。


「木徳くん、元気になったら学校に来てね。おやすみなさい」

「ああ、さよなら」


 礼儀正しく帰っていく。

 見送りながら、直人は狐につままれた気分になった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る