二、どうして
ジョシュアは、魔王様とお話する!(修正版)
僕は息ができなくなって、なんにも考えられなくなった。
だって、魔王様、僕が勇者になりたいってことを話したら首を横に振ったんだ。
「――はぁ」
魔王様が溜め息を吐く。
僕は、もう、俯くしかなかった。
なんにも言えないし、なんにも考えられない。
けれど、それでも、僕の耳は魔王様の声を拾いあげるんだ。
「……ここまで勇者の資質を持った魔物がおるとはな」
――え?
僕は自分の耳を疑いながら慌てて顔を上げた。
魔王様は、とても嬉しそうに笑っていた。
「えっ? ……えっ!?」
混乱しきった僕の頭をアナベルくんが撫でてくれている。僕は胸元をぎゅっと押さえながら、魔王様を見つめた。
魔王様は、そんな僕に向かって微笑みながら口を開いた。
「我はな、感動した。元を辿れば我の身からできておるとはいえ、魔物の中にそのような考えを持つものが出るとは思いもせなんだ」
魔王様は、嬉しい、と囁いて、それからアナベルくんを見たようだ。
アナベルくんは、微妙な顔で魔王様を見ている。
「なんだよ」
「主は――、いや。でなければ連れて来ぬよな」
意味深なやり取り! ……じゃなくて!
「まっ、魔王様っ!」
「ん? どうした、勇者になりたいトレントよ」
「僕、勇者になったら駄目なんじゃ……?」
魔王様はキョトンとした顔をしてから、わっはっは、と笑いだした。
「ああ、さっきの首振りはあれよ。嬉しすぎて目の前の光景が信じられぬ、というやつよ」
「じゃあ、僕、勇者になれますか……?」
うむ。と魔王様が頷く。
僕は、僕は、もうとっても嬉しくなった!
だって、魔王様が「なれるよ」って!
「わーい!! アナベルくん、ラウネさん! 僕、勇者、なれるって! なっていいって!」
嬉しくて椅子をガタガタ揺らせば、アナベルくんが心底楽しそうに笑っている僕の頬をペチペチ叩く。
「なんだよ。元からそのつもりで来たんだろうが」
「でも、なんか、なんか、魔王様がそう言ってくれると、なんか……! わーいってなる!!」
「そうかい、そうかい。良かったなぁ、ジョシュア」
魔王様が眉をピクリと動かしてアナベルくんを見ている。アナベルくんは、そんなこと気にもしねぇよ、という顔で僕の頬をペチペチし続けている。
僕はアナベルくんに頬を好きにさせながら、魔王様の方に身を乗り出した。
「魔王様、僕、絶対に勇者になります!」
魔王様は僕の横に視線を動かして、少し考えるような素振りを見せる。
何か、憂えているような顔だった。
僕は魔王様が何を心配しているのか考えて、そしてひとつ心当たりを見つけた。
――魔王様が心配することはないよって、教えてあげなきゃ!
「魔王様、きっと勇者はもうすぐここに来ます! だって、砦街って言うところに勇者がいたらしいから!」
魔王様が目を見開いている。びっくりしている魔王様を落ち着かせようと、僕は胸を叩いて見せた。
「だから、勇者を探す心配はしなくても大丈夫です。勇者はここに来るんだもの、僕らが逆に歩いて行けば、絶対に会えます!」
それでね、と僕は口をモゴモゴさせて、それからピッと背中を伸ばす。
――これは言っておかなきゃ。魔王様に、というよりはアナベルくんとラウネさんに。
「あ、あのね……――僕ね、勇者が優しい人だったから、苦しい思いをさせずに殺して食べようと思ってるんです」
僕は目を閉じて勇者と、それから彼と食べたスープを思い出す。
とっても優しかった。
とってもおいしかった。
――だから、優しく、苦しくないように殺して食べてあげなきゃいけない。
「あの時は、僕とラウネさんだけだった。だけど今は、アナベルくんも一緒です。三人で沢山考えればきっと、勇者をうまく優しく暗殺する案だって出ると思うんです!」
僕、頑張ります! と締めくくって魔王様を見る。魔王様は何とも言えない表情で僕らを見た後、何か考え込むようなそぶりを見せた。けれど、最後にはフッと笑ってくれた。
「――だそうだが、主らはそれで良いのかの?」
魔王様がまず視線を向けたのは、アナベルくん。アナベルくんは、フン、と鼻を鳴らしたあと、また椅子をギィギィさせながら口を開いた。
「ま、善処してやるよ」
「そうか。それでも――」
「うるせーな。そのために来たんだ。俺はそれさえできりゃ、それでいいんだよ」
魔王様はまだ何か言いたそうだったけれど、「そうか」と静かに頷いた。それから魔王様は、ラウネさんを見た。
「主はどうだ、アルラウネ」
「はひっ! あ、あたし、あたしは――ジョシュアがやりたいなら、まあ、全力で手伝おうとは……思ってます!」
魔王様はウンウンと頷いて、それからカップを持ち上げながら口を開いた。
「三人が全員、それぞれの決意を胸に秘めておる。なれば、我が引き止める必要もなかろう……だがまあ、あれだ。この城、なかなか客が来ぬでなぁ」
もし良かったら、と魔王様が手を叩くと部屋の壁が溶けていって、周りにお庭が現れた。
魔王様が最初にいた花畑とはまた違う、落ち着いた綺麗なお庭だ。ここに生えられたら、すごく幸せに生きられそう!
周りに見とれる僕とラウネさんがやっと落ち着いて前を向けば、テーブルにはお皿とお菓子が増えていた。
魔王様の方を見れば、魔王様は丸くて白くてふわふわして、魔苺が乗ったものを切り分けている。
――なんだろう、すごく甘くていいにおい!
そんなふうに考える僕をチロリと見て、魔王様は褐色の指についた白いものをぺろっと舐めていたずらっぽく笑った。
「まだユウシャも来ぬであろうし。どうだ、寂しがり屋の我と、ちょっとお茶でもせぬかの?」
僕はアナベルくんを見る。彼はブッと吹き出すように笑ってから、くっくっと喉を鳴らして頬杖をついた。
「折角のお誘いだ。いいんじゃねぇの?」
僕は笑顔で魔王様に向き直って、「お茶します!」と頷いた。
******
僕らは、美味しいお菓子を食べながら色々お話をした。魔の森のこと、今までのこと、それから、ラウネさんのこととアナベルくんのこと。
たくさんたくさん話して、魔王様とのおしゃべりが一瞬止まったあと。
「――……主ら魔物は、世界を耕し生命力を巡らせる、クワなのだ」
魔王様が呟いた言葉に反応したのはアナベルくんだった。彼は、なんだか懐かしそうな顔をしていた。
「知っておるか? 魔物はの、その昔、天使と呼ばれておったことがあるのだぞ」
魔王様はポツ、と懐かしそうに言葉を溢した。僕はその柔らかな声に耳を傾ける。
「今より、平和な時代であった。調和がとれておった。だがの、それを破る者が異界より現れてすべて変わってしまったのだ」
魔王様は銀の髪を撫でながら目を伏せている。
「その異物は、知ってはならぬ知識を持っておった。それを、純粋な人間たちに教えてしまった」
「どんな知識だったんですか?」
僕が尋ねると、魔王様はカップを傾けてから答えてくれた。
「魔心を食えば、スキルを得られるというものよ。創造神も破壊神も知らぬことを、なぜ知っていたのかはわからぬ。が、それがきっかけで世界が大きく変わってしまった」
それが二百年前なのですか、とラウネさんが尋ねると、魔王様は悲しそうに笑みを見せた。
「主らにとっては、そうよな。おおよそ二百年前であろう。だがな、本当は、もっともっと前のことであったのよ」
魔王様は語る。
「ずっとずっと昔。それこそ、魔物が魔物となった頃の話だ。破壊神はな、世界が歪むことを承知で介入して、落ちてきた異物たちを除去せねばと思うた。で、そうした」
具体的に言えば、と魔王様はテーブルにくるりと丸を書く。
「世界に膜を張り、異物たちを余さず殺した。結果、世界は歪んだ。大きく歪んだ。時空も歪んで捩れた。それまで人間が築きあげた叡智は退行して、かつてあった過去は幾星霜先の未来に変わり果てた」
でもそうせねばならんかった、と魔王様は目を閉じる。
「放っておけば、世界を耕すクワがなくなる。無くなれば、世界の生命力を巡らせることができなくなり、世界が潰える」
アナベルくんが「これ酒じゃねぇよな」とカップの中身を確認している。そんな彼を尻目に、魔王様が大きく溜め息をついた。
「――あの頃はなぁ。確かにな、創造神も破壊神も、世界に定着できるほど存在が希薄になっておった。それ故にこの程度の歪みで済んだと言えばそうなのだろうが。でも、他にできることがあったのでは、といつも思うのだ」
テーブルに突っ伏すようにして再び溜め息をついた魔王様は、パッと顔を上げた。そこにあるのは、ケロッとした笑顔だった。
「トレントよ。主が所有権を欲する聖剣があるであろう」
「はい!」
魔王様は、顔を上げた勢いのままにカップの中身を飲み干して言葉を続けた。
「あれも、世界の歪みの産物なのだ。歪みと歪みがぶつかれば、相殺される。それ故に、我はアレで切りつけられると、身体が再生せぬ」
そんなに危ないものだったのか……!! 勇者を食べて所有権を奪ったら、取扱には気をつけなきゃ。
「聖剣は、その力の強さゆえに使い手を選ぶ。今まで、聖剣の主となったもので我を殺しにかからなかったのは、たった一人。今代の勇者のみ。その勇者は、我の語った『世界の生命力の話』を聞いて、『魔心を食わぬように』と人間の王を説得しにゆき――」
「おっ、ユウシャが砦街を発ったぞ」
青い目を光らせるアナベルくんの声が魔王様の言葉を遮った。
「えっ! じゃあ、僕らも行かなきゃ!」
僕は慌てて椅子を降りて、魔王様を見た。
魔王様は口を閉じてアナベルくんを見つめてから、銀の長い髪を揺らして頷いた。
「――そうか」
魔王様は、言葉とともに指を鳴らす。すると、今までお庭だった場所がまた部屋に戻った。
「魔王様、僕、頑張ってきます!」
むふー! とやる気を見せつければ、魔王様は微笑んでくれた。僕は魔王様にお辞儀をして、そして扉の方へと駆け出して――つんのめって足を止める。
――クリエさんの伝言! 忘れるところだった!
僕は慌てて魔王様に向き直る。
「魔王様!」
「ん? どうした、トレントよ」
「あのね、クリエさんから伝言を預かってるんです! 魔王城に行ったら『はーちゃん』さんに、クリエさんが会いたがってるって伝えてほしいって。今度お茶でもしようって伝えてくれって!」
魔王様は目をぱちくりさせている。
「魔王様、もし『はーちゃん』さんがこのお城にいたら、教えてあげてください。会いたいって言ってたよって! クリエさんはね、王都の向こうのお山に住んでます!」
「そうかそうか――……いやぁ、確かに何年も会っとらんからな。うむ、トレントよ。伝言は確かに受け取った。ありがとう」
気をつけてゆくのだぞ、と見送ってくれている魔王様に手を振り返して、僕は今度こそ、魔王城の扉から飛び出した。
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